4.鑑定
「え、探索者?」
冷静に返しているが、俺は動揺していた。まさかバレたか!?さっきまでの浮かれ気分が嘘のように、緊張で喉が渇く。ゲームのシステム上、そんなものは無いはずなのに。というか、さっきまでらっきょさんて呼ばれてたよな?何故に突然の呼び捨て。
「そうだ、らっきょ。あんたの動きは一朝一夕に出来るものじゃないだろう。探索者だからじゃないのか?」
「あー、タリさん、あのー」
「どうした?フレンドになったんだ。私のこともタリと呼んでくれていいぞ?」
なるほど、友達になった瞬間距離感がバグるタイプの人らしい。敵意があるのかと勘違いしてしまった。
「それじゃあ、タリと呼ばせてもらうが……どうしてそう思ったか、聞いてもいいかな?」
「動きに連動性があった。あれは普段スキルを使い慣れている人間の動きだ」
「そうなると探索者しかいないってなるわけか」
「そうだ。ちなみに私も探索者だ」
「うーん。隠すつもりも無かったが、確かに俺は探索者だ」
それを聞くと、タリの顔が明るくなる。なんだ、思ってたよりも表情豊かじゃないか、タリ氏。
「そうかそうか!いや、実のところ、このゲームを始めて探索者らしい人に出会わなかったから、ちょっと遠慮していたんだ。遊びに本職が本気になったりして大人気ないんじゃないかとね。しかし、らっきょを見て気が変わったよ。私も少し本気で遊んでみようと思えた」
「それは何より」
「なぁ、今度またパーティーに誘ってもいいか?」
「勿論だ。同業だしな。リアルの話とかも、そのうちしたいもんだな」
「!そうだな。それじゃあ、定期連絡に遅れるから、このへんで」
「ああ、またな」
手を上げて、お互いログアウトする。と、その前に確認。スキルストアを開いて、所持スキルがしっかりと並んでいるのを確かめる。流石に互換性だけは無いか……ログアウト。
白い天井。自宅だ。
キッチンに行き、マシンでコーヒーを淹れた。ドリップを待つ間、椅子に腰掛けながら暫くぼぅとする。手を掲げて力を入れる。うーん、普段との違いが分からない。手っ取り早いのは……じっと目の前のマグカップを見つめながら、呟いた。
「鑑定」
▶空のマグカップ
まるで一昔前に流行ったARのようにマグカップに表記が出てきた。視点を動かしても、表記はマグカップで固定されている。試しに携帯端末で撮影してみる。そこには何も写っていない。俺にしか見えない表記。
「もう一度、鑑定」
今度は自分を目標に鑑定を行う。
▶倉松 匡太郎 23歳 男
ジョブ 探索者
筋力 不明
頑強 不明
知恵 不明
器用さ 不明
敏捷 不明
魔法抵抗 不明
運 不明
スキル
互換性 重心移動Lv1 天柱落Lv1
身体能力向上Lv3 健康Lv1
頑強Lv2 健脚Lv1 体力増強Lv2
棒術Lv4 挑発Lv2 鑑定Lv1
アビリティ
不明
「マジか……」
不明箇所が多いのは鑑定のレベルによるものだろう。それにしてもである。まさか互換性スキルが示すのが、現実と幻想の互換だとは思わなかった。スキルは成長しない。これは全探索者の共通認識である。スキルを育てたければ、売りに出されたスキルメダルを買って、重ねる必要がある。しかもレベルが上がるごとに要求量が増えていくのだ。レベル二ならば二つ、レベル三ならば四つ。レベル四ともなれば、十六のメダルが必要になる。その上のレベル五にいたっては最早、実現不可能に近い。それを集めきった猛者だけが主に挑む権利を持つのである。しかし、俺だけがその軛を外れた。レベルアップで成長も期待出来るし、手っ取り早く上げたいのならば、ゲーム内のスキルストアで購入すればいいのだ。まてよ?俺は、携帯端末から出来るソーシャルゲームを一つ適当にダウンロードして見た。簡易的なMMORPGで、レベルもスキルもあるやつだ。キャラクターを作成して、ステータスを開く。そこに互換性は……無い。つまりFutures Onlineが特別なのだ。ふむ、そう都合良くはいかないか。コーヒーを飲みながら、今後の予定を組み立てる。
「優先順位を決めなきゃな」
探索者として成功するのは勿論、横浜魔境の攻略に参加出来るだけの力を示さなければいけない。山北攻略はチャンスだろう。そこで実力を見せて、上位の分隊への転属を目指す。しかし、忙しくなりすぎれば、FOLNにログイン出来なくなる。ジレンマだが、解決法を見つけなければ。まずはこの連休中に出来るだけレベルを上げる。その為には攻略組と呼ばれる連中に接触する必要があるだろう。端末から攻略掲示板等を参考にトップスリーと思われるクランをピックアップした。ゲームを開始した当初はクランなんて入る予定は無かったが、現実に影響を与えるともなれば、話は変わってくる。
ログインし、それぞれのクランに連絡を取ってみることにした。まず最大手、百名以上のメンバーが所属しているらしいクラン。トラットリア。窓口になっているプレイヤーに問い合わせた結果、レベルが二十を超えてから出直してこいとの事。それはそうか、誰でもというわけにはいかないよな。
次は少数精鋭。僅か十名で構成されているらしいクラン。勝鬨橋。クランマスター絶対中央区に住んでるだろ。連絡を取ろうとしたが、どこに連絡すればいいのかさえ分からなかった。掲示板上の噂では、クランメンバーを決闘で倒さねば入れないらしい。それなんて蜘蛛。どちらにせよ今の自分には難しいな。
最後はしらないこと研究会。このクランはとあるアイドルグループのファンで構成されているらしい。物は試しと連絡を取ったら、アイドルクイズで帰ってきた。分からないと答えたところ、お祈りメールが届いた。知るわけないだろ、なんだ加湿機事件て。
というわけで全滅である。俺は頭を悩ませた。
「無難にレベルを上げて、トラットリアに入れてもらうべきか……」
レベル上げの方法を考えていると、フレンド欄が点滅しだした。どうやらフレンドコールが入ると点滅するらしい。
「はいはい」
「お久しぶりです。ダイモンです。今お暇ですか?」
「暇になりました。残念ながら」
「……何かありましたか?」
「実は……」
トップクランに入ろうとして門前払いを受けた事を話す。理由は流石に言えないが。
「それは、残念でしたね。しかし、攻略ですか……あの少し会ってお話できませんか?」
「いいですが、今どちらに?」
「ハンドランドという森の中の街にいます。ポータルでガーラに戻りますから、そこで落ち合いましょう」
「分かりました」
ガーラは最初の街だ。俺は急いで街道を戻ることにする。今回は突発イベントも起きなかった。三十分程でガーラに着く。
街の広場に行ってみると、身長のせいで非常に目立つ牧師服の男が立っている。
「お待たせしました。ダイモンさん」
「すぐ来てくれて助かりました。思ったよりも目立つみたいで、針の筵です」
ダイモンさんの装備はかなり変わっていた。白に黒のラインが入った牧師服に腰に本を仕舞うホルダーを着けている。
「こちらで話しましょう」
広場の隅にある、小さなカフェに二人で入る。このゲームの食事にはあまり意味が無いが、味はしっかりと再現されており、軽食なんかは人気だ。壁際の席に座り、お互いの近況を語った。周りから見たら、巨大な男とクール系美女のデートみたいに見えるかもしれない。実際は逆だが。
「結構進んでるんですね。休みが多い所属なんですか?」
話によれば、ダイモンさんは三つ先のエリアまで進んでいるらしい。かなり先行されたな。
「そういう訳じゃないんですけど、最近大きな仕事が終わったので、調整期間なんですよ」
「それは羨ましいな。こちらは今から山場といった感じで」
「えっと……ゲームしてて大丈夫なんですか?」
「自分にやれる事はやりましたから、捜索待ちと言うか……」
「なるほど、大体理解しました」
探索者同士、言わなくてもいいのは助かる所だ。
「それで、お話と仰ってましたが、狩りのお誘いではないんですね?」
「はい、それなんですが。クランを作ろうと思っていまして。らっきょさんもどうかな、と」
「クランですか?」
「探索者の集まるクランを作りたいんです」
「それは、また」
「探索者はログインが安定しませんから、そういった事情を分かってくれる人を集めたくて」
「探索者のクラン……」
俺はメリットとデメリットを考える。メリットはダイモンさんの言った通り、融通が効く事と、元々のプレイヤースキルが保証されている事だろう。デメリットは俺のスキルが露見する可能性がある事か。もし、万が一現実で同じスキルを使用している場面を見られた場合、かなり不味いことになる。
「今勧誘してるのは自分だけですか?」
「実は同僚がやってまして、彼女も誘いました」
彼女、つまりリアルでも女性の人か。うーん。どうするか。かなり魅力的なお誘いだ。それにダイモンさんとは気が合う予感がするのだ。きっと楽しいクランになるだろう。しかし、女性が二人……うーん。
「あの、お受けしたいとは思うんですが、一つ条件と言うか、お願いがあるんですが」
「本当ですか!良かった。何でも言って下さい。私に出来ることなら何でもしますよ」
「そのですね、フレンドを一人誘ってもいいですか?」
「フレンドさんですか?その方は探索者なんですか?」
「ええ、あの動きは間違い無いと思います。本人もそう言っていましたし」
「それは是非誘いましょう!」
「それじゃあ呼んでみますね」
丁度、ログインしてきたタリ氏にチャットを送る。二つ返事でこちらに向かう旨を返してくれた。
「話は分かった。是非私も入れて欲しい」
「よろしくお願いします。タリさん」
「タリでいい。ダイモン、らっきょ。よろしく頼む」
タリ氏の返事は早かった。どうも彼は仲間を探していた節がある。そこに上手く合致したんだろう。
「ああ、よろしく。それで……最後の一人は呼んだんですか?」
「はい。もう来ると思うんですが……」
その時、店の入り口にギャルが現れた。そうギャルである。褐色の肌に、煌めく金髪。耳ピアス。ダボッとした服。分厚いリップ。正にギャルとしか言いようの無い人物だった。キャラクタークリエイトはあそこまで出来るのかと、一周回って感心していたら、そのギャルがこちらに近付いて来た。
「おっす、ダイモン」
「急に呼んでごめんね、ぽぷら」
まさか、この人が最後の一人!?
「ダイモンから聞いてるよ。あんたがらっきょでしょ。あーしはぽぷら。よろしく」
しかも、パリピギャルじゃない。ダウナー系ギャルだ!すかさず、フレンド申請が飛んでくる。早い、即断即決タイプのギャルだ。
「ところであんたは?」
一人不思議な物を見る目でぽぷらを見つめていたタリ氏にぽぷらが問う。
「私はサルバトール=タリだ。剣士をやっている」
「タリさんも入ってくれるんだよ。ぽぷら仲良くしてね」
「ふーん。じゃあまぁよろしくタリっち」
「タリっち!?」
全く性格が真逆の二人だが、大丈夫なのだろうか。こうして初顔合わせが済み。その流れでクラン登録に行く事になった。クラン名については、まだ保留だ。そのうちこれだ!と言うものが出てきたら、変えるつもりだ。それまでは【探索者協会電脳方面軍(仮)】となった。
「一先ず、形は出来ました。これから私がマスターとして皆さんを引っ張っていきたいと思ってます。目指すはトップクランです。共に頑張りましょう!」
「おう!」
「いえーい」
「はい!」
ダイモンさんの力強い宣言に三者三様の答えを返し、俺達は歩み出した。