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16.八王子探索者協会本部




「うー眠いー」

「何だテル。寝不足か?」

「ゲームしすぎた」

「だらしないな。シャキッとしろ」

「無茶言わないでよ、きょうにぃ」


 翌朝、テルは待ち合わせの時間に間に合った。だが、間に合っただけで、髪もぼさぼさ、目は半開きだ。顔洗って来いと言うと、寝ぼけ眼で洗面所に向かっていった。


「今日は遅くなるのかい?」

「恐らく。もしかしたら、帰って来て、荷物纏めて出る事もあると思います」

「そうかい。あんたも大変だね。またいつでも頼りなよ」

「ありがとう川ちゃん。本当に助かるよ」


 準備が終わったテルを連れて八王子の協会本部に向かう。探索者協会本部は八王子から高尾山に向かう道中にある。現在は東西南北に道が整備し直され、関東の中心地となっている。取り返される前はこの少し先から既に魔境だったのだ。市街地は消え去り、荒涼とした大地が続くばかりだったと言われる。山北のように原型を残す魔境もあれば、全てが作り変えられてしまう魔境もあるのだ。


「オレ本部なんて見学に来た時以来だよ」

「そんなもんだろ。俺達だって用がなけりゃ来ることは無いよ」


 探索者の免許を発行する時だけ協会本部を訪れて、記念の撮影をするのが通例だ。更新は通信で済ますし、本部に来る事は早々無い。

 バスの窓から正面に幅の広い建物が見えてきた。いつ地震の被害に遭っても大丈夫なように三階建ての建物で、五百メートルは下らない奥行きがある。横幅も同じくらい。これは訓練施設や、退避施設も兼ねている為で、一階は訓練施設、二階が退避施設兼宿泊施設。三階が協会本部となっている。実は二階に泊まる事も出来たのだが、俺はあの寮で川ちゃんの顔を見たかったのだ。元気でやっていて何より。


「じゃあなテル。俺は何時になるか分からないから、一人で帰れよ」

「分かった。またねきょうにぃ!」


 テルと別れ、三階へのエレベーターに乗る。何故かテルも乗って来た。


「あれ、お前一階に用があるんじゃないのか?」

「ううん。本部呼び出しで、C-5会議室に来いって書いてある」


 端末の画面を見せて来るテル。あれ、それって。


「同じ召喚文だな」


 俺も端末を見せて、同じ文面なのを確認した。どうやらテルも奪還屋に呼ばれたらしい。


「やったね。一人だと思ってたから心強いよ!」

「ああ、そうだな。俺も知り合いがいると助かるよ」


 三階の廊下を奥へと進む。C区画はかなり奥だ。途中お偉いさんとすれ違う度に軽い敬礼をする。自衛隊程厳密化されていないが、目上の階級者には基本敬礼をする事になっている。隊の中の挨拶はそこまでの規則は無いが。


 「あ、姉貴!」


 テルがそう叫んで、手を振った。姉貴、と言う事は……。

 C区画の入り口に小柄な女性が立っていた。栗色のセミロングの髪を束ねて結い上げている。知的な瞳が俺を射抜いた。凄い美人だ。着ている協会の制服には八段の階級章が着いている。なんだ、俺は緊張しているのか?彼女は初対面だが中身はよく知っているのに。


「あら、てっちゃん。よく来たね。道に迷わなかった?」

「やめろ。もう子供じゃないから」

「ごめんごめん。それでそちらの方は?」

「あ、紹介するよ。同じ寮の先輩できょうにぃ。えっと……」

「倉松匡太郎です。階級は一階です」

「ああ、貴方が。私はテルの姉で大代紋芽と言います」


 そう言って笑顔で握手をする。想像していたのと違って、ダイモンこと大代紋芽は知的で、柔和な笑顔の似合う、美しい人だった。



「実は私が貴方を推薦したんですよ」

「え、それはどういった……」

「後ろの人から連絡が来たので」

「後ろ?」


 俺が何気無く後ろを振り返ると、頬に指が刺さる。


「引っ掛かったわね」


 古典的な罠に掛かった。指の持ち主は美しい黒髪の女性。保奈美さんだ。


「指避けて下さい」

「貴方、肌綺麗ね」

「どうでもいいです」


 保奈美さんは頬をぷにぷにと押してくる。


「やめなさい保奈美。倉松さんが困ってるでしょ」

「おはよう紋芽。テルは久しぶり」

「おはよう御座います!」


 テルは何故か敬礼している。


「あたしが紋芽に推薦したのよ。それで本推薦を上げてもらったって訳」

「そうだったんですか。それはありがとう御座います大代さん」

「テルもいるから、紋芽って呼んで。保奈美が随分勧めるもんだからね」

「倉松君は期待の探索者だからね。あたしはこの目でその強さを見たから」


 強さ。確かに主を討伐するところを見られている。まずいな。その様子を語られると俺がらっきょである事がバレる。


「えっと失礼ですが、紋芽さんはrecaptureのメンバーなんですか?」


 話を逸らす事にした。ここにいるという事は関係者なのだろう。それに八段なんて階級章は見た事も無い。本隊だろうと当たりを付けた。


「なんですか……て」

「きょうにぃ知らないのか?」

「ん?何を?」


 保奈美さんとテルが変なものを見る目で俺を見てくる。


「一応recaptureの隊長をしています」

「これは失礼しました!」


 慌てて敬礼をし直す。ちゃんと調べてくれば良かった。恥をかいてしまった。


「そうじゃないでしょ。史上最年少で主討伐者になったホルダーで、関東最強の探索者と名高い女傑。世間では玉手箱(ランダム)と呼ばれる天才、それが大代紋芽よ」

「姉貴は強いんだぜ、きょうにぃ」


 どうやらとんでもない人と一緒にゲームをしていたらしい。そんな女傑は、照れ笑いをしながら恥ずかしそうに顔を伏せていた。



「集まってくれてありがとう。recapture副隊長の柏原だ。ここにいるのは関東中から集められた若い精鋭達だ。現在recaptureは五名での攻略を行っているが、運用拡大に伴い増員を考えている。君達は候補生だ。それぞれが主討伐に関わった事のある優秀な探索者である。だが、実際に採用されるのは数名だ。来週から訓練と試験を行う。実地での戦闘も実施する予定である。各自奮闘を期待する」


 会議室には十名程の候補生がいた。何故実戦を経験していないテルがここにいるのかは分からないが、皆、自信に満ちた表情をしている。話をしたのは副隊長の柏原さんだ。筋肉質の巨漢で、顎髭が特徴的だ。


「では解散となる前に隊長に話をしてもらう。私語をした者はその場で失格だ。大代隊長お願いします」


 紋芽さんが壇上に出て来た。背が低いので、台を使っている。


「皆さんこんにちは、大代です。早速ですが、この場を借りて皆さんに問わなければいけない事が御座います」


 紋芽さんの背後、スクリーンに映像が映る。それは三桁の数字だ。八百二十八。


「これは今年魔境攻略で亡くなった探索者の数です。彼ら彼女らは父がいました。母がいました。娘がいました。息子がいました。しかしこの八百二十八人の方達は遺体さえも家族の元に届けられる事はありませんでした。私はこの悲劇を止めたいと思っています。はっきりと言いましょう。私達の世代で日本を完全に取り戻します。その覚悟が皆さんにありますでしょうか。次の招集命令が出た時、その志に命を掛ける事が出来る方だけ集まって下さい。出来る限り多くの方の参加をお待ちしています」


 紋芽さんは短くそれだけを言って壇上を降りた。すぐにミーティングは解散となり、テルと帰る事になる。ミーティングの後に住居について聞いたところ、recaptureの専用住居を候補生に開放してくれるそうだ。俺はすぐ居住許可を貰う事にした。あまり川ちゃんに負担を掛けたく無い。寮はあくまでアカデミー生の為のものだ。


 そうして荷物を取りに戻り、川ちゃんにお礼を言って寮を出た。専用住居は旧八王子駅の近くにある。見た目は高級マンションのようだ。何と地下にスパがあるらしい。管理室で入居の手続きを行い、四階の部屋に案内される。リビングとダイニング、さらに部屋が二つある。何とも贅沢だ。これが家賃タダなのだから、驚きである。夕方になり、試しに地下のスパを試してみる事にした。


「あら、倉松君じゃない」

「奇遇ですね。保奈美さんもここに住んでるんですか?」


 地下に降りると、同じ様に風呂支度をした保奈美さんと鉢合わせになった。男湯と女湯の前で少し立ち話をする。


「そうよ。紋芽も住んでるんだけど、浦和攻略の為に現地に戻ったわ」


 あんな美人と同じマンションに住む。俺は益々recaptureに残りたいと思うようになった。


「倉松君。ちょっと大事な話があるの。この後時間ある?」

「大丈夫ですが、俺の部屋で話しますか?」

「何言ってるの。それとも誘ってる?」

「ああ、いや、えっと」

「ふふ、冗談よ。三階のロビーラウンジ使いましょう。お風呂から出たら待ってるから」

「分かりました」


 保奈美さんに揶揄われた、いや、これは俺が悪いな。風呂に浸かりながら考える。話とは何だろうか、そういえば保奈美さんはrecaptureの一員なんだよな。スキルの話とか聞いてみようかな。


 風呂から上がると髪を乾かして三階に向かう。ロビーラウンジには人影は無く、保奈美さんだけが一人待っていた。風呂上がりの上気した頬にドキッとする。


「はい、これ。ブラックで良かった?」

「ありがとう御座います」


 保奈美さんから缶コーヒー渡される。冷えていて風呂上がりの肌をよく冷ます。保奈美さんは緑茶を飲んでいた。俺は保奈美さんと向き合う形で座る。


「それで話と言うのは」

「それねー。どうしよっかなと思ってねー」

「何ですか?悩み事でもあるんですか?」

「そうだったら紋芽に相談するわよ。貴方の話よ」

「俺の?」

「ねぇ、倉松君。まだ気付かない?」


 保奈美さんの質問に首を傾げる。保奈美さんはしょうがないなと苦笑すると緑茶を一口飲む。


「何の事ですか?」

「んーとね。あたしは紋芽の友達です」

「そう、ですね?」

「テルとも知り合いです」

「はい」

「探索者です」

「はい……?」

「これでも分からない?マジヤバ」

「え……?」


 待てよ。ダイモンのリア友で、テルが態度を改めてて、探索者で……。さぁーと血の気が引いていく。


「ぽぷら、さん」

「正解」


 どうするどうするどうするどうする。保奈美さんがぽぷらで、ぽぷらは保奈美さんで。問題はそこじゃない。俺は、見られた!山北攻略でトドメに使った。天柱落を見られた!


「貴方、らっきょでしょ」

「それは……その……」

「誤魔化さなくていいわ。スキルが一緒だもの。そうねそれが一番の問題。何で同じスキルが使えるのか」


 保奈美さんの質問に、答えに窮する。


「製作側に知り合いがいて、同じスキルを、て可能性の方が高いと最初は思ったけど、違うのでしょう?」

「それは……違います」

「ねぇ、倉松君。あたし言わないわ。誰にも話さない。紋芽にもテルにも」

「……」

「ゲームの中の能力が使える。そうなんでしょう?」


「……そうです」


 遂に俺は秘密を白状してしまった。こうして初鹿野保奈美は初めて互換性を打ち明けた友人となった。




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