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13.晴




 魔境現出後、首都東京はその機能を失った。二十三区の大半が魔境に没し、首都機能を比較的安全な名古屋に移管せざるを得なくなったのだ。しかし、人の希望もここから生まれた。最初に攻略された魔境、奥多摩だ。最初期の探索者達は知恵を持ち寄り、奥多摩魔境を攻略してみせた。そんな奥多摩攻略のベースキャンプが八王子に設置されていた事から、探索者協会の本部が八王子にある。ベースキャンプ跡地はアカデミーとなり、今もその偉業を伝え続けている。


「ここは変わらないな」


 俺はバックパックを背負い直しながら、第十七協会寮と書かれた門をくぐる。アカデミーに在籍した二年間、この場所でお世話になった。懐かしい場所だ。寮長室のベルを鳴らす。暫くすると、恰幅の良い女性が出て来た。


「はいはい。どちらさま……匡太郎!匡太郎じゃないか!」


 こちらに気付くと、その大らかな体で目一杯ハグをされる。寮長の川ちゃんだ。それ以外の名前で呼ぶと、叩かれるので注意。


「お久しぶりです。寮長」

「川ちゃんと呼びな!」


 背中を叩かれる。


「聞いたよあんた。山北を攻略したんだって!?」

「はい、お陰様で」

「私も鼻が高いよ。我が寮から攻略者が出るなんてね。それにしても大荷物だね」

「ちょっと二、三日滞在させてもらえないですか?」

「あー部屋探してる最中かい。分かったよ。あんたが使ってた部屋今空いてるから、使いな」

「ありがとう川ちゃん」

「気にしなさんな」


 そんな会話をしていると、誰かが階段を下りてくる音が響いた。この時間は講義があるはずだ、アカデミー生は出払ってると思っていたが。


「川ちゃーん。オレの服どこー?」


 十六歳くらいか、短髪を刈り上げた、如何にもヤンチャな少年といった感じの男の子だ。半袖短パンである。


「いつまでも洗わないから、洗濯機に突っ込んだよ。もう洗い終わってる頃だから、自分で干しにいきな」

「うへー、マジか。ん?もしかして新人さん?」


 俺に気付いて興味深そうに近づいてくる。


「違うよ、挨拶しな、ここの大先輩だよ」

「ちわっす」

「よろしく。倉松だ。二、三日世話になるよ」

「大代っす」

「この子、こう見えて優秀でね。残った課程分、部屋でゲームばっかやってるんだよ。テル、あんたゲームばっかやったって、匡太郎みたいな立派な探索者にはなれないよ!」


 優秀で、課程終了してて、ゲームばかりやっていて、名前がテル。とても聞いた事のある内容だ。


「にーちゃん、凄い人なん?」

「主討伐者だよ。もっと敬いな」

「え、マジか!にーちゃん話聞かせてよ!」


 時間が無いからまた今度な、と落ち着かせて、その場を後にする。なるほど、あれがテルテル君か。世の中狭いもんだ。そんな偶然に驚きながら荷解きする。愛器のケースを取り出し、そっと置いた。中は空だ。主戦で砕け散ったまま、補充もしていない。


「川ちゃん。ちょっと出て来ます」

「はいよ」


 寮長に一言断って、外出する。向かうのは立川だ。バスに乗って旧駅前へと向かう。この時代、主な交通手段はバスやタクシー等に限られている。鉄道は各地に現れた秘境に分断され、限定的なものしか残っていない。これも、攻略が進めば改善していくのだろうが……。旧立川駅から歩いて五分程の場所に目的の工房があった。


 堂本武具製造所


 看板を眺めながら、店に入らずに裏の工房へと回る。工房内は静かなもので、人の気配が無い。


「すいません」


 声を掛けるが返答が無い。店の方かと踵を返そうとした所、肩を掴まれた。


「よう、倉松。久しぶりだな。修理か?それともまさか、貸した金返しに来たのか?」


 俺の肩を掴んでいたのは髭を生やしたむさ苦しいおっさんだ。相変わらず無精髭はそのままか。


「そのまさかですよ。ガンさん」


 堂本巌、探索者の間ではガンさんで通っている。武器を製造するスキルを持っており、界隈では有名な人だ。俺は茶封筒に入った札束を差し出す。


「なんだ冗談だったのに、本当に返しに来たのか」


 ガンさんは中身も見ずに、茶封筒を受け取り懐にいれた。昔、駆け出しの頃、なけなしの二十万を抱えてガンさんに武器の依頼をお願いしたのだ。実際は百二十万の仕事だったが、ガンさんは黙って二十万を受け取り、武器を拵えてくれた。後で気付いたのだが、ケースの蓋裏に本当の請求書が貼り付けてあった。残り百万は貸しといてやる。出世したら払いに来い。そう書き付けてあった。やっとその恩を返せる。


「相棒はどうした。見せてみろ、メンテナンスしてやる」

「それが……」


 主討伐戦で砕け散ってしまった事を素直に話す。


「そうか、武器としての本懐を遂げたな」

「それで、新しい物をお願いしたいと思いまして」

「無理だな」

「え?」

「俺にはアレ以上の物は造れん」

「そこを何とか」

「無茶を言うな。俺はあくまで汎用の武器を造る職人だ。お前程の腕前になった探索者は専門の職人を探すべきだ」


 ガンさんは強い口調では無く、俺を諭すように優しく話してくれた。彼自身も残念なのだろう。


「新しい棍を造ったところで、同じ末路を辿るだけだ。壊れると分かっているのに、造る阿呆がどこにいる」

「そうですか……分かりました。あの時の恩、一生忘れません。ありがとう御座いました」

「おう。今度は後輩でも連れてこい」

「はい」


 店を出た俺は立川を歩きながら、武器について考えた。上級の職人に依頼を出すなら軽く数千万の仕事だ。この前まで一兵卒をやっていた俺の貯えでは、手どころか足も出る金額である。しかも、依頼後、半年掛かるなんてのはザラにある。実戦に間に合う訳が無い。これはやはり……。


 おかえりなさい。らっきょ様。


 寮に帰り、取るものも取らずログインする。イベント特設ストアに潜り、目的のアイテムが出されるまでじっと待つ。一時間を要したが何とかアイテムを確保。特設ストアのアイコンから、イベント武器の作製を行う。そうして、一本の棍が手元に現れた。朱色の棍体に金雲のレリーフ。


▶如意金箍棒 (レプリカ)

 初回イベント武器。自在に伸びる訳では無いが、二倍程の長さに伸ばすことが出来る。不壊。


 これは中々派手だ。これを職人に作らせたと思われたら嫌だな。まぁ、武器を壊したのは俺だ。甘んじて受けるしかあるまい。すぐさまログアウトし、イベントリから取り出した。部屋の中で可能な範囲で振ってみる。重さは……結構あるな、面白い事に重心が三つある。伸びた時に移動させる為のようだ。しかし、これは俺のスキルと相性が良さそう。何より壊れないのは助かる。不壊と言う概念を持った俺だけが持つ武器。

 

「あ、倉松のにーちゃんなんだそれ!」


 しまった。部屋の扉を見ると、テル君が如意棒を指差して目を輝かせていた。幸い伸ばしているところは見ていないようだが、テル君に見られたのがまずい。ゲーム内ではもう取り出せないな。


「俺の武器だよ。ほら」


 掲げてよく見えるようにしてやる。


「すげー。なぁ持ってみていいか?」

「駄目だ。男の仕事道具は他人に触らせないもんだ」

「うっ、悪かったよ。そんなに睨まないでよ」

「そう言えば、まだちゃんと聞いてなかったな。俺は倉松匡太郎だ。君は?」

「大代晴。晴れって書いてテルだ」

「なるほど、テルテルだな」

「ちょっとやめてよきょうにぃ。その呼び方怖い人思い出すから」

「きょうにぃ……まぁいいが……」


 人懐っこい犬みたいなやつだな。姉に可愛がられるのも分かる。そしてぽぷらよ、お前怖がられてるぞ。


「あ、ヤバ。姉貴と約束してるんだった!きょうにぃ明日暇?」

「あー、協会に行く用事があるかな」

「オレも協会から呼び出しされてるから、一緒に行こうよ。主討伐の話聞かせて」

「まぁいいぞ。明日八時に寮前な。遅れたら置いてく」

「よっしゃ。じゃあね!また明日!」


 そう言うなり、部屋を飛び出して行く。なんか弟がいたらこんな感じなのだろうか。案外悪くないな。そう思いながら、ゲーム用のヘッドギアを装着する。


「ゲーム内では知らない振りしないとな」


 おかえりなさい。らっきょ様。


 集合時間まではまだ少しあった。クリカラで装飾品を物色する。装飾品自体、まだ購入した事が無かったので、果たして現実世界で効能が発揮されるのか、確かめる術が無かったのだ。装備欄はイベントリとは別枠扱いの為、現在の装備を外してイベントリに収納、向こう側で取り出すといった行為が面倒臭かったのもある。武器の機能が使えたのだから、多分機能するはず。何軒か見たところ、装飾品には異常耐性しか付かないみたいだ。となると試す事の出来る耐性じゃなきゃいけないな。毒は怖いし、麻痺は難しい、恐慌なんて論外だし、睡眠は……睡眠薬でも飲むか?いや、危険だな。そうしていると、シルバーの指輪が目に入る。亀の装飾がされている。珍しい柄だな。


「すいません。これなんの指輪ですか?」

「これかい?これはノックバック耐性だね」

「ノックバック」

「ほら付けてごらん」


 そう言われて、人差し指に嵌める。突然、店主に胸を押された。何すると言おうとしたが、自分の体幹が全く揺らがなかった事に驚く。


「仰け反らないだろ?それがノックバック耐性だ」

「凄い、これ下さい!」

「まいどー」


 指輪を外し、丁寧にイベントリに仕舞い込む。掘り出し物を見つけた気分だ。

 集合場所はクリカラの南出口だった。合流して先に進む予定である。既にタリとぽぷらが待機していた。


「来たな」

「うぇーい、ラッキー」

「おっす」

「ラッキーに良いもの見せたげる」


 ぽぷらは徐に一メートル四方程度の箱を取り出した。ぱっと見、ジュラルミンケースみたいな素材で出来ている。蓋を開くと、中にはフラスコや土瓶等が基材に固定されていた。


「なんだこれ、デカいな」

「鑑定持ってる?」

「あるよ」

「してみ?」

「鑑定」


▶簡易錬金台


 初回イベントアイテム。簡易的な錬金術を扱う事が出来る。持ち運び可能。


「錬金台?錬金術師になったのか?」

「なったんよー。マジ大変だったし」


 サブジョブの二次職へのクラスチェンジには要求される各スキルレベルが必要になるらしく、純粋に時間がかかるらしい。


「でも持ち運べるのはいいな」

「そうでしょー。カタログ見て、これしかないじゃーんてなったわー」

「ぽぷらはかなりマメなタイプだな」

「俺もそう思うわ」


 タリの言う通り、外見や言動を抜きにすれば、非常に真面目なタイプだ。


「やめろし、あーしはギャルだし」

「オーケーオーケー」


 詰め寄って来たので、落ち着かせる。そんな風に戯れていると、ダイモンが弟を連れてやって来た。


「お待たせしました」

「こんちわ」


 ダイモンの後ろから、軽い調子で挨拶したのは、茶色のポンチョにブーツを履いた、短髪のプレイヤー。


「皆さん、うっす。テルって呼んで下さい」

「「そのままなんかい」」

「うぇ!?」


 思わず叫んでしまった。テルの見た目は大代晴のまんまだ。こいつパーソナルスキャンしてそのまま使ったな?しかも名前までテルだと?


「え、ぽぷらは分かりますが、らっきょさん?」

「あ、いや、聞いてた名前そのままだから……」

「ああ、なるほど。えっと改めて紹介します。実の弟で、我がクランの五人目の、テルです。てっちゃん、ぽぷらは話しておいたから分かるよね?」

「ういーテルテル、よろー。リアルバラシタラコロス」

「はい、よろしくお願い致します」


 テルの反応がおかしい。ぽぷらには逆らえない関係性なのかな。


「陰陽師の格好してる人がサルバドール=タリさん」

「タリと呼んでくれ」

「タリさん、よろしくっす」


 タリはクールに挨拶する。


「最後にこの人がらっきょさん」

「らっきょだ。よろしく」

「綺麗な人っすね。よろしくお願いしまっす!」

「ちなみに男性だから、間違えないでね」

「うぇ!?」


 いちいち反応が面白い。


「テル君のジョブは何なんだ?」

「テルでいいっす。あと自分敬語苦手なんで、そのうち消えるっす。バードテイマーっす」

「また珍しい」


 テイマーは魔物を使役するジョブだ。バードと付いてるからには鳥系の魔物を使役するのだろう。しかも既に二次職だ。


「テイマーって魔物を捕まえるのか?」

「違うっす。最初に卵ガチャがあって、それを育てるっす。リセマラする人多いっす」

「一匹だけか」

「テルテルー、相棒見せてよー」

「うっす、ちょっと待つっす」


 テルは待つように指示し、街に戻っていった。サモナーと違って、即座に呼び出す事は出来ないらしい。その代わり、育て方によっては、召喚獣を凌駕するとダイモンが教えてくれた。暫くすると、ドシッドシッと足音が聞こえてくる。


「デッッカ」

「とり?」


 ぽぷらが思わず叫んだように、テルの相棒は巨大だった。ピンと伸びた二本の脚に羽毛の生えた丸っこい体。短めのトサカとクリクリした目。巨大な嘴。その背中にテルがライドオンしている。立派な鞍付きだ。体高が二メートル半くらいある。


「どうっすか!ファーニーって名前っす!」

「スウェー」


 テルが勧めるので、交代で背中に乗せてもらった。ゲームの中とは言え、こんな体験中々無いので、かなり興奮した。三メートル近い高さから見る景色は最高だ。最初は驚いたが、よくよく見ると、愛嬌があって可愛いなこいつ。俺達はすっかりファーニーの虜になった。


「ファーニーは飛べるのか?」

「無理っす。でも走りは速いっす」


 ファーニーはダチョウやエミューみたいな飛べない鳥のようだ。主な攻撃は脚撃とブレスが可能だと、テルが教えてくれた。

 自己紹介も済み、いよいよ次のエリアに進む事になる。


「では先ず、キラマ山脈を抜けましょう」

「また坑道を抜けるのか?」

「それはですね……あれを使います」


 ダイモンが指差したのは、出入り口の先にある柱のようなもの。


「魔導エレベーターです」

「魔導……」

「エレベーター?」


 テルと声が重なる。ダイモンの説明だと、クリカラには各方面に四つ、山頂付近に繋がるエレベーターが有り、そこから川下りで物を運搬出来るのだそうだ。急な傾斜がつくのでは無いかと疑ったが、人為的に蛇行させて、急流を作らないようにしているのだとか。ポータルの存在は?と思ったが、そこはゲーム的な要素なのだろう。巨大なエレベーターにファーニーが驚いていたが、テルが見事に落ち着かせていた。川下り?俺はジェットコースターが嫌いなタイプだ。語ることは無い。ぽぷらとテルがはしゃいでいた事だけ記しておこう。

 こうして俺達は大陸南部、クライフ王国へと歩みを進めた。



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