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10.成し得る者達




「きゃああああ」


 悲鳴にそちらを向くと、腰を抜かして後退りする秋さんの姿があった。三角方陣に取り込めなかったのか!


「渡井!張り直しを!」

「駄目よ!今解除したら全滅だわ!」


 山城班長を保奈美さんが制止する。

 悲鳴を聞いて八魔狗がそちらを向いた。


「俺が行きます!何とか時間を稼ぎますから!」

「駄目!」

「見捨てるんですか!」


 思わず保奈美さんを睨んでしまう。しかし彼女の瞳は真っ直ぐ俺を見つめて動かなかった。


「うおぉおお!」


 俺達が睨み合いの合間に八魔狗に襲い掛かる影があった。大八さんだ!彼も外にいたのか!


「儂の山を奪いおって!この時をずっと待ってたんじゃ!」


 八魔狗が飛び退るのを追って、大八さんが追撃にかかる。その顔は鬼の形相だった。八魔狗もその気迫に数歩後退する。


「この命に代えても、狩ってやる!」


 八魔狗の爪と大八さんの斧がかち合う。盛大に火花が散った。


「今だ!秋さんを取り込め!」

「っ!はい!三角方陣!」


 その瞬間、俺は外に飛び出した。それを見てメンバーが驚愕する。


「倉松!何をやってる!?」

「班長すいません。俺行きます」

「倉松さん、無理です!あれはエリアボスとは全くの別物です!倉松さんがどれだけ優秀なタンクだって、歯が立ちません!」

「大丈夫だよ。渡井さん。ありがとうね」


 方陣の中で保奈美さんが静かに俺を見ていた。


「死ぬわよ?」

「安心してくれ。俺思いの外強いから」


 溜め息を吐くと、杖を掲げた。


「エンチャントして上げる。属性は何がいいかしら」

「それはありがたい。雷出来る?」

「サンダーエンチャント」


 俺の棍に紫電が走る。かっけぇじゃねぇか。


「皆さんは周りの支援お願いします。包囲されたら終わりですから。それじゃ」


 俺が急いで駆け付けると、大八さんはボロボロになりながら戦っていた。


「変わります!今は引いて下さい!」

「何おう!儂はまだいける!ぐあっ」


 そう言いながら吹き飛ばされ、倒れ伏す。慌てて駆けよって息を確認する。


「死んでは……いないな。良かった」


 立ち上がりながら、八魔狗に向き合った。


「さて、思わぬ所で出番が回って来たが、相手にとって不足無し、だな」


 棍を構え、一つ息を吐く。八魔狗がノーモーションで爪撃を飛ばして来た。


「打ち払い!」


 爪撃を弾き、次弾を回避する。ここでも体捌きは良い仕事をする。


「はっ、そんなもん効かねぇよ。本気で掛かって来い」


 八魔狗は挑発されたと分かったのか、低く唸ると、飛び込んで来た。今度は爪本体の攻撃だ。一撃、二撃と棍で受ける。底上げされたステータスは容易にそれを成した。動きも見えるし、力負けをしていない。これはいける。噛みつきをしてくるが、雷のエンチャントされた棍先を喉奥に突きこんでやったら嫌がって遠距離攻撃に切り替えてきた。


「そんなものが効くか!上段突き!」


 ぎゃうぐううう


 左眼を突き潰す。八魔狗はたたらを踏んで後退する。そこへ背後から影が迫った。


「もらった!大岩斬り!」


 沢潟さんだ。巨大なハルバードが八魔狗の腰を深く抉り斬る。八魔狗は倒れた。これで一つ。


「すまん。遅れた」

「ありがとう御座います。三十六分隊、倉松です。沢潟隊長、こいつ命が八つあるんで注意して下さい」

「なんだと?うお!」


 倒れ伏したはずの八魔狗が何事も無かったかのように立ち上がる。


「傷が回復してやがる」

「あと七回です」

「しょうがねぇ、俺が命を断つ。隙を作ってくれ、出来るか?」

「了解」


 そこからは命の削り合いだった。俺の頑強ならば、一撃で致命傷になる事は無い。しかし、沢潟さんは違う。そこで接近戦に持ち込んだ。打ち払いを軸に重心移動で虚実を混ぜながら、奴の目を釘付けにする。数発被弾もあったが、タンクを舐めてはいけない。いや、実はかなり痛いが。


「大丈夫なのか?倉松君」

「大丈夫です!死角を狙い続けて下さい!」


 命が追加で三つも消されると、流石に対応をしてくる。そうなれば、今度はこちらの出番である。


「クワトロスイング!」


 体重ののった後ろ脚をスイングで引っかける。


 ぎゃううん


 すっ転んだ八魔狗にとどめが刺される。これで五つ。残り三つ。このままいけるか!?


 暫くして、俺と沢潟さんの連携が決まり、最後の命になった。あと一つ、あと一つだ。俺も沢潟さんも疲労困憊だ。かれこれ一時間近く戦っている。しかし、奴も同じはず、これが最期。そう思いながら、立ち上がった奴の眼を見る。なんだ?赤く光った?すぐさま鑑定を飛ばす。


▶山北魔境の主 八魔狗

 八つの命を持つモンスター。鋭い牙と爪から飛ぶ斬撃が強力。魔法抵抗が非常に高い。

 狂化状態。最後の命を守る為の形態。ステータスが三割増しとなる。


「しゃらくさいな、大技行くぞ!これで終われ!」

「駄目です!沢潟隊長!」

「ドライブクロー!」


 止める声も届かず、沢潟さんの振りかぶったハルバードが一回転して叩きつけられる。だが、眼を光らせた八魔狗はそのハルバードに喰らいつき、砕いた。


「なんだと!?」


 己の武器が砕け散り、沢潟さんが呆然とする。その隙は不味い!後ろ脚で蹴り飛ばされ、遥か後方へと吹き飛んで行った。


「ああああぁー」


 声が聞こえなくなるほど飛ばされたようだ。これは復帰は無理だな。インカムの回線を緊急通信にして全周波数に合わせる。


〘報告します。第一分隊隊長が戦線を離脱。自分はこれより吶喊を掛けます。この通信より四十秒後、目標の撃破が成されていない場合、撤退して下さい〙

〘この声、倉松だな!?現状はどうなってる?詳しく報告しろ!〙


 この声は木田隊長だな。申し訳無いが今はその余裕が無い。返答はせず回線を閉じる。今がその時だろう。この場面、この敵。倒せるのは俺だけだ。使うなら、()()


「覚醒」


【覚醒の使用を確認 残り時間二十九秒】


 体表を黄金色のオーラが覆った。全能感が溢れて来る。これが覚醒。


 ぐるるるる


 あれだけイキっていた八魔狗が警戒を表す。すまんが三十秒しか無いんだ。見合ってる時間は無い。


「はっ!」


 一瞬で奴の足元に到達し脚を払う。八魔狗は自分で気付かぬうちに視界が横になったように感じただろう。浮いた体に両手突きをお見舞いする。一発二発……二十四発。堪らなくなったのか、八魔狗が大きく飛び退る。逃がすかよ!


「クワトロスイング!」


 宙に浮いた体を地面へと叩きつけた。しかし、まだ立ち上がる。ちっ、しぶとい!残り十三秒。これは時間が足りないかもしれない。何か手は無いか。再び攻撃を仕掛けながら辺りを見渡すと、発動しなかった罠が見えた。あれだ!


〘工作班の方いますか?罠の爆破は可能ですか!?〙


 くそっ返答が無い。残り十秒。


〘あたしがやる!誘導してくれたら、魔法で爆破するわ!〙


 保奈美さんだ。よし、まだ勝ち目はある。残り八秒。俺は八魔狗へと駆け出した。助走を付けて愛器を脇に構える。さらに加速!八魔狗が避けようと横跳びになった瞬間、そちらへ重心を傾ける。逃がさん。


「コーモラント!」


 体表の黄金色のオーラが鳥の嘴を模した形になった。その勢いのままに八魔狗を突き刺し、後方へ押し出す。残り三秒。


「おらあああ!〘今!〙」


 上空から円状に火の玉が大量に降り注ぐ。着弾する寸前に上方に跳び上がった。罠が爆破され、八魔狗が落下していく。空中でそれを確認しながら、確信にも近い予感がした。奴はまだ生きてる。残り零秒。

 覚醒が終了し、ステータスがマイナスされる。物凄い脱力感に苛まれるが、まだ終わってない。重心移動。この高さなら、ステータスが下がっていようが関係無い。


「あばよ。八魔狗。山北は返して貰うぜ」


振りかぶり、投げ下ろす。


「天柱落!!」


 俺が投擲した棍は正確に八魔狗を貫き、それ自体も破砕してしまう。しかし、十分だろう。


【山北魔境の主を倒しました】

【互換性がグレードアップしました】

【レベルが上がりました】


「へ……?」


 アナウンスの声と共に意識が遠退いていく。ああ、この高さ、流石にまずいかなぁ……。




「あ、気が付いたわね」


 体が重い、首を軽く振ると保奈美さんがいた。周りは……知らない場所だが、多分病室かな。


「ここは?」

「小田原の病院よ。あたしだけ付き添いで来たの。皆は残って後始末」


 話を聞くところによれば、あの後落下する俺を保奈美さんが助けてくれたらしい。正しく命の恩人だ。


「ありがとう御座います。助かりました」

「いいのよ。あーしもあなたに助けられたんだから」

「それで、班の皆は……」


 聞きたくないが聞かなければいけない事だ。


「春日五位は殉職。大八七位は片目を失ったものの、一命を取り留めたわ。他の皆は無事よ。それから、第二分隊と第三分隊はほぼ全滅。今分かっているだけで、殉職者は四十二名」

「そうですか。ぐっ」


 無理矢理体を起こす、全身の筋肉が悲鳴を上げている。これが覚醒の反動なのだろう。保奈美さんが助けてくれる。


「英雄達に」

「英雄達に」


 俺達は胸に手を当て、黙祷を捧げた。

 英雄達の亡骸はその場で、荼毘に付される。これは魔境で亡くなった者がアンデッドになった事例があるからだ。家族の元には遺灰だけが届けられる。悲しい現実は目の前にある。春日さんの顔が思い浮かぶ。陽気な人だった。どうか安らかに。



 三日が経った。俺の元には班の皆や軍団長が見舞いに来た。命令違反や独断専行について散々言われた後、一階への特進を言い渡された。どうやら主を倒した探索者が位階級では示しがつかないとの判断らしい。また、山北は攻略され、山北方面軍は別隊に逐次編入される予定であり、音沙汰を待てと言い残し、帰っていった。そうか俺達の手で取り戻したんだな。


 さらに二日後、退院に山城班長が車で迎えに来てくれた。そのまま山北のベースキャンプ跡地まで向かう。そこは合同慰霊簿として、山北を奪還した象徴として整備される予定だ。二人で仮設の献花台に花を手向ける。その後、川まで歩いて暫く山を眺めた。


「俺はもう行くよ。倉松はどうする?」

「もう暫くいて、臨時バスで帰ります」

「そうか……あまり思い悩むなよ」

「……分かりますか?」

「分かりやすいからな、お前は。どうせ自分なら助けられた、とか思ってんだろ」

「……」

「倉松。良かった事を数えろよ。お前の御蔭で山北が帰って来たんだ」

「そう、ですね」

「はぁ、しょうがねぇな。後で驚かせてやろうと思ったけど、今教えてやるよ」


 山城班長が苦笑しながら、俺の隣に座る。


「なんです?」

「大八さん引退するってよ」


 俺はショックを受けた。


「え……やはり目の負傷が」

「でもって秋さんと結婚するらしい」

「はい?」

「なんでも助けられて惚れちまったらしい。大八さんは山北に家建てて、秋さんと暮らす算段までつけてるらしいぞ」

「それは、えっと」

「な!目出度いだろ。悪い事もあれば、良い事もあるのさ世の中そんなもんだ」

「は、はは」


 もう一度、山を見ると不思議な事にそこは悲しい場所では無くなっていた。人がその手に奪い返した希望の場所だ。山城さんが笑いながら帰って行った。俺は周りに誰もいないのを確認して、イベントリから初級ポーションを取り出して飲む。病院では検査があるから飲めなかった。そう、互換性がグレードアップし、イベントリが生えてきた。しかも、中身はらっきょの所持品と同じだ。随分体が軽くなった。悪い事もあれば良い事もある。確かにその通りなのかもしれない。


「鑑定」


▶倉松 匡太郎 Lv19 23歳 男


ジョブ 探索者


筋力   35→40


頑強   31→36


知恵   18→21


器用さ  31→36


敏捷   28→31


魔法抵抗 18→21


運    8→10


スキル 


互換性Ⅱ


空歩Lv1←new


重心移動Lv3 覚醒Lv1 天柱落Lv2


身体能力向上Lv4 健康Lv2


頑強Lv4 健脚Lv2 体力増強Lv4 体捌きLv2


槍術Lv4 棒術Lv4 挑発Lv3 鑑定Lv3


アビリティ


両手突き 打ち払い 投槍 上段突き 


クワトロスイング 


 八魔狗を倒した際、エピックメダルを手に入れていた。律儀に保奈美さんが持ってきてくれたのだ。手に入れたスキルは空歩。一歩だけ空中を踏みしめることが出来る。非常に有用なスキルだ。そして何より重要なのは、現実でもレベルが上がるという事実。俺はまだまだ強くなれる。

 山北の自然を眺めながら、やっと実感が湧いてきた。そうか俺がこの手で主を倒したんだ。それは秋の始め。まだ葉が色付く前。一人感慨に耽りながら、山並みを眺める。


「よし、頑張ろう」


 その力を手に入れたのだから。






 着信が入った。大代(おおしろ) 紋芽(あやめ)は携帯端末を手に取り、画面を見る。


「保奈美から、電話?」


 普段、メッセージだけ送ってくる友人が電話をしてきた。珍しいなと思いながら電話に出る。


「はいはい」

「お久しぶりね。あたしよ」

「珍しいね。保奈美が電話してくるなんて」

「ちょっとメッセージじゃ伝えきれない内容だからね」

「なになに、彼氏でも出来た?」

「うるさい。違うわよ。ちょっととある人をうちに推薦したくてね」

「あーやっぱり惚れた男でしょう」

「だから違うって。まぁ、惚れた男と言うか、馴染みの深い男と言うか」

「何それ。どんな人?」

「ふっふー、それは会ってからのお楽しみ」

「ちょっと」

「取り敢えず、詳細は送っておくから、推薦よろしくね」


 それだけ言って電話を切られる。


「どういう事?」


 送られて来たデータを見る。

 倉松 匡太郎 一階 男 23歳

 画像を見てもピンと来ない。知らない人だ。全く、こちらはやっと陣地構築が終わったばかりだと言うのに。それにしても久しぶりの連休だ。やっとゲームが出来る。紋芽はウキウキしながら帰路を急いだ。




 

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