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烙印の子  作者: あねむん
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[EP.2-2]セレンとの再会

朝陽が斜めに差し込む頃、馬車は石畳の道を軋ませながら第二フィーネ教会の前で静かに止まった。


石造りの外壁は風雨に晒されながらも堂々と立ち、庭には季節の花々が揺れている。

教会全体が時間の流れから切り離されたような静けさに包まれていた。


衛兵たちは合図もなく慣れた様子で動き出す。

馬の給水、交代での軽い食事。彼らなりの「休憩」に入った。


レイヴンは、車中に揺られながら膝の上の手帳に視線を落とす。

急場のメモ――それでも筆は止まらない。


「補強優先。通行止めの措置も検討……」


文字は揺れに引きずられ、かすかに滲むように乱れていたが内容さえ伝わればよかった。


ふいに教会の大扉が軋む音がして、老いた女性が一人、庭の方へと歩み出る。

白銀の髪を束ね、深緑のローブを纏った姿――ここの教会の長、マザーである。


「……ご無沙汰ですね、領主様」


柔らかく、だが芯のある声だった。

レイヴンは筆を止めて立ち上がり、馬車からゆっくりと地に降りる。


「急な立ち寄り、失礼します。会議の道中で立ち寄らせていただきました」

「構いませんよ。神都での会議の時期でしょう? 顔を見られてほっとしました。それに……」


マザーはふと微笑み、庭の奥を指さす。


「セレンなら、今朝も花に水をやっていますよ」

「ありがとうございます」


礼を告げて彼は石畳を踏みしめる。

教会の裏庭は朝露を宿した花々がひっそりと咲き、淡い香りが風に運ばれてくる静かな場所だった。


その中心に、ひときわ静かな気配を纏うひとりの若い女性――セレンがいた。

小さなじょうろを手に、花弁にそっと水を落とす姿は、言葉もなく美しかった。


「セレン、元気そうだな」

「お久しぶりです、レイヴン様。……お変わりありませんか?」


その笑みは柔らかく、だがどこか遠くを見ているようでもあった。


「いつも通り振り回されてばかりさ。セレンの方こそ、調子はどうだ?」

「ふふ、教会の暮らしは穏やかですから。おかげさまで体調も崩さずに過ごせております」


飾らない言葉だったが、どこかで、無理に整えられた響きがあるようにも思えた。


セレン――教会に身を寄せ、マザーとともに奉仕を続ける女性。

日々を静かに積み重ね、訪れる者すべてに等しく微笑みを向ける。

彼女の存在は派手さとは無縁だが、その丁寧な在り方に、レイヴンはいつも目を引かれていた。


けれど、何度こうして顔を合わせても、背に漂う影は消えない。

それが何であるのか彼女は語ろうとしないし、レイヴンもまた踏み込むことはなかった。

ただ、少しでもその荷が軽くあればと心のどこかで願っていた。


セレンはふと、レイヴンの顔を見つめ、静かに言葉を紡ぐ。


「……どうかお気をつけて。エンデでの会議は毎年物騒な話ばかり聞きますから」


その声には、心配というよりも、祈りにも似た静かな思いが滲んでいた。

見守るようなその眼差しに、レイヴンは短くうなずく。


「今年も帰りはここを通る予定だ。終わったら、また一泊させてもらうよ」

「はい。お部屋はいつでも用意しております」


変わらぬやり取り。だが、その言葉の一つ一つが、今はなぜか胸に沁みた。

セレンの声が、庭の花々とともにそっと馬車へ向かう背中を見送っていた。

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