[EP2-0] 烙印と精霊
彼らには“名前”がないことが分かった。
言葉は通じるのに、呼び名がないというのは妙な話で、少し戸惑った。
何かと声をかけるにも、「お前」「君」「そっちの人」みたいな曖昧な呼び方になるし、妙に落ち着かない。
でも、本人たちはまったく気にしていない様子で――いや、もしかしたら、名前なんて最初から必要だと思っていなかったのかもしれない。
本来なら、誰かに強く望まれてこの世に生まれた者に、名は贈られるものだ。
だが彼らは、生まれたときから名を持たず、誰からも与えられなかったのだろうか?
そう考えたら……なんだか、胸の奥がチクリと痛んだ。
ある日、ふと思い立って、彼らに名前を贈ることにした。
男性の方には「ラムサス」、女性の方には「フィーネ」。
理由なんてない。ただ、そう呼びたいと思ったからだ。
彼らはしばらく黙って、それから――微笑んだ。
まるでその名前が、最初から自分の一部だったかのように、自然に受け入れてくれた。
あれが、「名を持つ」ということの意味だったのだろうか。
あるいは、彼ら自身が本当の名を忘れているだけで、別の名があったのかもしれない。
そう思うと、少し申し訳ない気もする。
彼らの体には、不思議な文様が刻まれている。
最初は民族的な刺青か何かだと思ったが、どうやらそうではないらしい。
本人たちいわく、「創造主に近づくための印」だとか、「罪と祝福の痕」だとか……。
意味はよく分からないが、真剣な顔で語っていた。
その模様は、二人でまったく異なるのも興味深い。
ラムサスの文様は、渦巻きや枝分かれのある不規則な線が絡み合っていて、自然の力を象徴しているように見える。
一方でフィーネのそれは、幾何学的な模様が正確に繰り返されていて、どこか神聖な儀式を思わせた。
長年、炭鉱で働いてきたが、こんな文様を持つ人間なんて見たことがない。
だからこそ、彼らが「人とは異なる存在」であることが、強く印象づけられた。
……ただ、それでも不思議と意思疎通はできたし、何より最初に出会ったとき――
ラムサスに水の魔法で服をびしょ濡れにされたのを、私は忘れていない。まったく、子どもかと思ったよ。
彼らは“精霊”の存在についても話してくれた。
この世界における自然が、意思を持った存在として形をとったもの――
火、水、風、土、光、闇の六つの属性に分かれているらしい。
最初は信じがたかったが、フィーネを通じて精霊たちと“会話”する機会を得た。
言葉があるわけじゃない。でも、ちゃんと伝わってくる。
嬉しいとか、怒ってるとか、泣いてるとか――まるで心があるみたいだった。
……その代わりというわけじゃないが、食糧調達は専ら私の仕事になってしまった。
けれど、不思議と苦じゃない。
こんな記録を残せるのなら、パンと干し肉の数袋くらい、安いものだと思える。
AC.0508 著:レスター