表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
烙印の子  作者: あねむん
6/35

[EP1-5] 宵闇の精霊

夜の静けさがアリア邸を包み込み、外からは遠く波の音が微かに響き、眠りへと誘うようなゆるやかな空気が流れている。


一人、ベッドの端に腰を下ろし、じっと考えを巡らせていた。

今日の会議のやり取り、明日に控える会合──次々と頭をよぎっては消えていく。


そんな思考の渦の中、不意に心の奥に染み込むような馴染みのある声が響いた。


《……また眉間に皺だぞ。寝る前くらい気を抜け》


男とも女ともつかぬ、不安定で低く、澱んだ声。

その響きに優しさはない。

ただ掘り返すように問いかけ、心の奥底をさらってくる。


この声にレイヴンは慣れていた。

物心ついたときから、彼は己の内に“何か”がいると感じていた。


彼の左腕に刻まれた烙印と共に現れるその声の主こそ、「精霊——シャドウ」。

ゴードンが語ったところによれば、レイヴンが生まれたその夜、セントラル橋付近の地下神殿の崩落と共に、アリア家の者たちは姿を消し、彼だけが残されたという。


残されたのは、赤子一人。

その左腕に刻まれた忌まわしき印と――そして、他の誰にも聞こえない、この声だけだった。


「……放っとけ。お前が喋ると余計に頭が働く」

《そうやって、なんでも私のせいにするのだな。まったく、幼い頃から変わらんな》

「お前が出しゃばらなければ、もう少しまともに育ったさ」

《ほう……それも一理あるな。だが現に君の心に私はいる。過去に起きた事象など消せぬものよ》


この声は、いつだってそうだ。

突き放すように、茶化すように言いながら、けして離れず、気づけば傍にいる。


「過去は変えられない、父さんや母さん、姉さんは……もう戻らない」

ぽつりとこぼれた言葉は、夜の静けさに溶けていくようだった。

胸の奥にわずかな痛みが浮かんでは、何も言わずに沈んでいく。


《……おぉ、それでこそ陰気坊や。しんみり語る姿も様になってきたな。》

「……からかうな。」

《だがまあ、心配はしている。

 君の顔が引きつったまま会議に出ては、他の国の長が逃げ出すやもしれんぞ》

「それは助かるな。議論する必要がなくなる」

《はは、それも一つの戦略というやつか? おそろしい陰気外交だな》


レイヴンは口の端をわずかに動かし、ふっと短く息を吐いた。

それは笑いとも溜息ともつかない、ごく小さなものだった。


《明日は明日の風が吹くというしな。明日は君の観劇、楽しみにしているぞ》

「観劇……お前、本当に趣味が悪いな」

《ふむ。ならば今夜は、何も言わず黙っていてやろう。

 眠れ、レイヴン。……その身体が保たねば、幕も開かぬ》


それきり、声は静かに途切れた。

重くもなく、あっけなくもなく──まるで灯りがふっと消えるような静けさだった。


レイヴンは目を閉じ、ゆっくりと、深く暗い眠りへと落ちていった。

家族の消息は不明のまま──アリア家の長子として、幼きレイヴンに残されたものは家の責務と、

そしてもう一つ内なる“声”の主である『精霊』だけでした。


おそらく彼の幼少期は、誰にも頼れぬ孤独な日々だったのでしょう。

けれど、執事ゴードンの献身や、稽古仲間シレイとの縁、

そして領主として様々な人と関わる日々の中で、

彼は少しずつ「今」を生きる術を得ていったのだと思います。


次回はEP2に移ります。

記録の著者、レスターの記録を切り抜いた形でお届けします。

最初の人類と呼ぶ彼らを、レスターはどう感じたのか。

どうぞ、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ