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烙印の子  作者: あねむん
《第五章》
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[EP.5-4]帰る場所

冷気を含んだ山風が教会の裏庭へと抜ける獣道を吹き抜ける。

レイヴンは外套の襟を軽く正し、裏庭へ足を向けた。


(……子のため、か)


アルマの言葉が、胸の奥で静かに残響している。


生まれたときから“家族”と呼べるものはいなかった。

あったのは烙印と闇の精霊シャドウ。

そして港町アリアという、幼子にはあまりに重すぎる居場所。


父――マリクの蒸発。

不運な事故ならまだ理解できたかもしれない。

だが理由も分からないまま、家族が消えた事実だけが今も澱のように胸に残っている。


親に対しては恨んでいる。

だが、それ以上に恨みきれない自分に腹が立っている。


それでも――空席となった領主の椅子を埋めるため、

幼いころから外交を学び、各国の会合の場に立ち、国民の“今”を守るために生きてきた。


それが家族がレイヴンに遺した唯一のもの。

そして断ち切れない“手がかり”だった。


自信が強くならなければ民はついてこない。

アリアの民こそが、レイヴンにとっての“子”だった。


「……さて」


過去が今を切り拓いてくれるわけじゃない。

レイヴンは小さく息を吐き、思考を切り替えた。


裏庭の奥――薪置き場から乾いた音が響いてくる。

薪が割れる規則正しい音。


(先客か……)


そう思った、次の瞬間だった。

赤い鱗に首から下げられた、不格好な手製のお守り。


――見間違えるはずがない。


胸の奥から安堵と熱いものが同時に込み上げた。


「……シレイ!」


その声に振り上げられていた斧が止まる。

振り返ったシレイの顔に、懐かしい笑みが浮かんだ。


「坊! 坊じゃねぇか! やっと起きたかこのやろー! ……って、なんだ? 目ぇ赤くねぇか?」

「そんなことより……どうして、ここにいる」


「ウィンダの入口で待てど暮らせど帰ってこねぇ。

 様子見に行こうにも中には入れねぇしよ。

 さすがに野宿は勘弁だと思ってたら、案内された休息場がここだったってわけだ」


斧を地面に立てかけ、少し声を落とす。


「夜中にお前らが物置部屋に現れた時は正直肝が冷えたぜ。

 ……状況は嬢ちゃんや爺さんから大体聞いたぜ、とんでもねぇことやっちまったみたいだな」


「知ってるなら話が早い。 ここにいるのも長くはない、今夜中にでも離れたい」

「だな、早いことに越したことはねぇぜ!」


その瞬間、背後から甲高い声が飛んできた。


「お前たち! なにサボってるんだね! 仕事しないやつはここから叩き出すよ!」


振り返ると、腕を組んだマザーが仁王立ちしている。

その視線は明確にレイヴンへ向けられていた。


シレイが即座に身をすくめる。


「げっ……。 あのおばちゃん、怒らすとマジで何するかわかんねぇからな」


慌てて薪を抱え直し妙に明るい声を出す。


「はいはーい! 今から割ってちゃんと届けますよー!」


―――


レイヴンとシレイは並んで薪を割り続けた。


利き腕ではない方で斧を何度振り下ろしたのか――

乾いた音だけが規則正しく響き、時間の感覚を削っていく。

太陽が山影に沈み、ノルヴァンの空が深い藍に染まる頃、ようやく手を止めた。


教会は昼間の喧騒をすっかり失っていた。


あれほど心地よく流れていた音楽も今はない。

ジョニーという男が去ったのだろうか。


アルマの姿ももう見えない。

おそらくアルシェンへ向かったのだろう。


薪割りをしながらレイヴンは彼女の言葉と、シレイの助言を何度も反芻していた。


アルシェン。

通称――反乱分子の集い、世間ではそう扱われている。

ルーヴェリア世界において事情を抱え、社会からはじき出された者たちが流れ着く“受け皿”。


神都エンデの教皇の圧政に反旗を翻したものの、救国の盾によって鎮圧された――

そんな記録がまだ人々の記憶に生々しく残っている。


罪人、異端者、亡命者――名を捨て、過去を捨て、それでも"今"を繋ぐための場所。

つまり――レイヴン・F・アリアという名を捨て、この世界から抹消するという選択。


極端だが理にかなった選択だ。

名前を変え、素性を隠して生き延びた人間の話をレイヴンは知らないわけではなかった。

だが、それを“自分が選ぶ”想像だけはしてこなかった。


下手な辺境の村で息を潜めてもいずれ見つかる。

逃げ延びることと生き続けることは別なのだ。


だがそれは――帰る場所を自分の手でなくす。


それだけはどうしても受け入れられなかった。

たとえ戻れなくとも「帰れるかもしれない場所」があること。

それがレイヴンをここまで歩かせてきた。


反対したい。 だが、他に道がない。


シレイは薪を積みながら、ぶっきらぼうに言った。


「この方法が、坊にとって一番安全だと思う。 決めるのは坊自身だ」

「けどよ、レイヴン。 俺がお前だったらそんな選択はしねぇ。

 竜人は抗う!

 納得できる結果を得るためならどんなことでもする。

 ……まぁその結果、祖国に踏めねぇ人間が言うセリフじゃねぇけどな」


力こそ正義を信条とする竜人族らしい、率直で不器用な言葉だった。


「調子いいやつめ。 お前、最初にアルシェンに行くのを勧めてただろ」

「否定しねぇよ。 どんなに辛くても命あっての世界だ、俺は坊に生きていてほしい。

 ……どんな選択をしようが、俺はお前と共にいるさ」

「……シレイには家族がいるだろう。 ……まだ、迎え入れた恩を根に持っているのか?」

「友達だから言っているんだ。 言わせんなよ恥ずかしい」


夜が更け、教会は完全な静けさに包まれた。

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