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烙印の子  作者: あねむん
《第五章》
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[EP.5-3]片翼の鳥

セレンたちを後にし、礼拝堂から裏庭へ抜けるため側廊へ足を向けた――はずだった。

だがその途中で足が止まる。


(さっきからずっと――まだ誰かが弾いている?)


途切れることのない弦の音。

礼拝堂全体に薄く染み込んでいたそれがここに来て輪郭を持ちはじめる。

気づけば音に引かれるように歩いている。


側廊の奥。 石壁に背を預けるようにして二人が腰を下ろしている。

一人はギーグ。 もう一人は見覚えのないヒュムの男だった。


年頃はレイヴンより少し上だろうか。

旅人とも町人ともつかない、どこにでもいそうな身なり。

だが――佇まいだけが場に馴染みすぎている。


(ギーグとあの男、知り合いなのか?)


二人の膝の上にはそれぞれ見慣れぬ楽器がある。


男の楽器は丸みを帯びた木の胴に細長い棹。

張り巡らされた弦を指先で爪弾くたび澄んだ音が石壁を伝い、柔らかく反射した。


旋律は単純だ。高低も激しくない。

だが、一音一音が祈りの言葉のように、間を大切に置かれている。


対してギーグは小さな魔法陣が刻まれた金属の盤を構えている。

指を滑らせるごとに低く澄んだ音が空気を震わせ、男の旋律に重なった。


二つの音は絡み合うというより、呼吸を合わせて同じ場所を巡っていた。

最初からそうなると知っていたかのような調和。


(……教会中に響いていたのは、これか)


不思議なことに右腕の奥で脈打っていた疼きが、いつの間にか遠のいていく気がする。

気づけば二人のすぐ近く――数歩の距離で立ち尽くしていた。


弦が最後の音を引き延ばし、金属の低音が静かに沈んでいく。


「……いい曲だ」


思わず声が零れた。

先に振り向いたのはギーグだった。


「おぉ起きたか! 大事無くてよかったわい」

「あぁ、なんとか」


男が穏やかに口を開く。

「《ノル・ヴェニレアトル》。 ノルヴァンの山を祀るための曲さ。

 ま、歌い鳥もいればもっと映えるんだがな」


曲名なのだろうがレイヴンは初耳だった。


「あなたは……?」

「ただの遊び人さ。 これぐらいしか食っていけなくてね」


そう言って楽器を軽く掲げる。


「いえそんな……つかぬ事お聞きするが、貴方とギーグは……その、知り合いなのか?」

「あー、そうじゃのぉ~」


ギーグは歯切れ悪く唸り、男は肩をすくめる。

男は自分の楽器を軽く撫でる。


「俺たちは音楽好き同士!  ……じゃ、だめかい?」

「いや、その、彼は……」

「お主、ワシを魔物と言いたそうな目じゃな? そうじゃろ?!」

「まだ何も言ってない! だからその杖を下ろせ!」


男は腹を抱えて笑った。


「あっはっは!! まぁ楽器が弾けて喋れる魔物なんざ珍しいわな」

「そんな殺生なぁ……」


男はレイヴンを見る。


「お兄さんは、この魔物とは連れかい?」

「旅の道連れってやつだが。 ……野暮なことを聞いたな」

「いいさいいさ! 吟遊詩人をやってるとね、こういう理屈は序の口さ」


レイヴンは小さく首を振り革袋からチップを取り出す。


「それじゃ、今日の素晴らしい演奏とその屁理屈に。えっと……」

「名前かい?」


男は一瞬だけ考える素振りを見せ、すぐに笑った。


「生憎、名乗らない主義でね。 ――そよ風ジョニーで通わせてもらっている」

「……変わった名だな」

「思い付きで考えたからな! 明日には名前が変わってるかもな」


チップを受け取ると、男は軽く手を振った。


「またどこかで会おう」

「あぁ、ジョニー。またどこかで」

「よし、久しぶりに伴奏できるんだ。それじゃぁ~……」


男はギーグの隣へ戻り再び弦に触れる。

風が通り抜けるような音が、側廊に広がった。


―――


教会の外に出た途端、ノルヴァンの空気が肺を打った。

乾いた冷気とともに山を越えてきた風が容赦なく肌を撫でる。


石段の先。

風除けの低い石壁に寄りかかるように、ひとりのハーピィが立っていた。


アルマ。――あの祠で、風の精霊の傍にいた女。


近くで見ると、年の頃は三十を少し越えたほどだろう。

鋭さを残した輪郭に無駄のない筋肉。

羽毛はところどころ擦り切れているが、雑に扱われた形跡はない。


戦う者の身体だった。

そして何より――片方の翼が根元から失われていた。


根元から失われた痕跡は布で丁寧に覆われている。

隠そうとしているわけではない。

むしろ――失った事実を、そのまま受け入れている佇まいだった。


アルマはレイヴンに気づくと、穏やかに口元を緩めた。


「君、起きたんだね」

「あぁ……あなたはアルマさん、ですよね。

 フェイルーンの時は助けてくれてありがとうございました」

「礼はいいよ。 私も祠から抜け出せた。 こちらこそありがとう。」


自分からアルマの名を口にした瞬間、記憶の奥で何かが噛み合う。

レイヴンは息を整え、彼女を見る。


「貴方は世界会合の時に見た、アリセラ女王の親衛隊!」

「覚えてるんだね、"アリア侯爵"。 "元"親衛隊だけどね」

「そんなあなたが何故フェイルーンと」

「それを、ここで長々語る余裕はないよ」


アルマは山の向こうを一瞥する。

風が布を揺らす。


「私たちは追われている。 それに――ヒュムのあなたがあの祠にいたこと自体が異常。

 そうでしょう?」

「……えぇ。ですが、あなたも?」


「……ウィンダとフィレーナ。拮抗状況なのは知っている?」


レイヴンは黙って頷いた。

アルマはゆっくりと言葉を選ぶ。


「私はね――血生臭い世界に子どもが巻き込まれてほしくないだけ。

 だから――アルシェンを頼ったの。 そして逃げた、国から……女王からも」


「親の命令は絶対。 それを拒んだ私は罪を作った。……女王の判断よ」


沈黙。

レイヴンの視線が無意識に彼女の翼へ向かう。

アルマは、それを咎めなかった。


「……その時にこの翼を失った。 “飛べない鳥は価値がない”ってね」

「なるほど、アルシェンに繋がっていることがばれて捕まったということか。

 ……俺たちの行動は、貴方に余計に罪づくりなことをしてしまったのではないだろうか」

「誤解しないでアリア侯爵。 私にはまだ足がある。 子のために動ける足がある」


「また、そのアルシェンに戻るというのですか? 

 そんなことをしても何も変わらなかったじゃないですか」


「そうね、何も変わらないかもしれない。 けどね、助けを求めることは悪いことじゃないのよ」


アルマは静かに背を向けた。


「……私は夜になったら動くわ。 貴方も達者でね」


風が吹き、彼女の残された翼がかすかに揺れた。

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