[EP.5-0] フィオレンティア
レスター夫婦の元から離れ、月日を跨いだ夜にラムサスは語った。
レスターが私たちに与えた“名前”という概念――
それがどれほど根源的な力を持つのかを静かに、けれど深く語り始めた。
名前とは世界を渡るための“橋”と彼は考える。
ヒトは未知の土地に名を置き、生き物に呼び名を与え、
花にも星にも、まだ形の定まらぬ事象にさえ言葉を編む。
そうして個人の世界を越え、認識を分かち合い育む。
では、名を与えられる前はどうだろうか?
そこに“在る”ことは確かだろうが、誰の世界にも属さない。
誰の記憶にも結ばれない。
ただ、無名のまま世界の底に揺蕩う影にすぎない。
「名を持つということは存在を許されるということだろう」
ラムサスはそう言った。
私たちはあの出会いまで名を必要としなかった。
生まれるより前の概念のように、ただ世界の理を見つめるだけの存在だった。
だが、レスターは私たちを“呼んだ”。
呼ばれた瞬間、私たちは世界に位置を与えられた。
名前は、私たちを彼らの世界へ招き入れる鍵だったのだ。
――誰かに呼ばれること。
――誰かに認められること。
――その声を受け取り、関わりを結ぶこと。
それらが揃って初めて、存在は輪郭を得る。
その言葉を聞きながら私は夜空を見上げた。
雲の狭間で、一つの星が深く脈打つように輝いていた。
私はラムサスに聞いた。
「あの星にも名前があるのだろうか」
彼はしばし星を見つめ、ゆっくりと息を吸った。
「知らん。俺は全知じゃないからな。
今ここで君が名付ければ、それは君と俺だけが知る名前になるだろう。
——その前に、まず我々の六つの魂にも名を授けよう」
地――テラ
水――セレーネ
火――ヴァル
風――フェイルーン
光――ソラウス
闇――シャドウ
「お前たちは今宵、生まれた。
お前たちは今、生きているんだ」
その言葉が胸の奥に静かに染み込んだ。
私たちはただの“概念”ではなく、呼ばれ、迎えられた“存在”として――
フェイルーンは嬉しそうにはしゃいでいた。
ならば、私も――あの星に名を与えてみよう。
明星 フィオレンティア。
私とラムサスだけが知る新しい星の名。
だが、それはもう孤独ではない。
私がその名を忘れないことで、あの星はこの世界で"存在"していく。
願わくば、このフィオレンティアがいつか誰かの夜を照らす光となることを。
AC.0514 著:フィーネ




