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烙印の子  作者: あねむん
《第四章》
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[EP.4-12]母と子

冷たい風が洞窟の中を縦横無尽に舞う。

それは無邪気な衝動か、あるいは怒りに任せたかのように不規則に乱れていた。


《――切り刻んでやる》


少年の声と同時に、洞窟の空気が悲鳴をあげて裂けた。

風刃が床石をえぐり、削れた岩片が雨のように飛び散る。

その軌道は真っ直ぐ――セレンへ。


「っ――!」


危機を察知するよりも早く、殺意が到達する瞬間。

銀色の軌跡が、風の奔流に割り込み――アルマが立っていた。


片翼を失った身体でなお、剣を掲げる。

レイピアが風に煌めき、朽ちかけた肉体の上に、守る意思の影を落とす。


「伏せてなさい!!」


声が洞窟を震わせ、風と金属がぶつかる。

圧縮された空気の塊が壁に叩きつけられ、閃光が洞窟内を塗りつぶす。


キィィィィィィンッ――!


世界が白に塗り潰され、空間の輪郭が一瞬消える。

その白の中を――さらに風刃が襲いかかる。


アルマはよろめきながらも剣の角度を変え、次の風を受け止める。

金属を弾くような音が響き、跳ね返された風刃がフェイルーンの足元に返っていく。

しかし、少年の瞳は微塵も揺れない。


《さすがお母さん、強いね。 でも邪魔しないでよ、そんなボロボロな体で》


怒りでも悲しみでもない。

感情と呼べる熱はなく、ただ自分の遊びを阻まれた苛立ちだけが、氷のように冷たく響く。


アルマは荒い息を整えず、剣先をわずかに上げて立ち向かう。


「……私は……まだ動ける……!」


その強がりを、フェイルーンは楽しげに足蹴にする。


《あははっ! まだそんな強がり言えるんだ! じゃあ――黙らせてあげる》


フェイルーンの掌で風が渦を巻き、圧縮され、形を持ち始め――透明の槍へと変貌した。

レイヴンは何が起きるのか理解するより早く、世界が爆ぜた。


――ドンッ。

「きゃあああっ!!」


吹き飛ばされたアルマが岩壁に叩きつけられる。

洞窟に響く壁の衝撃音、舞い散る羽根と血、そして崩れ落ちる身体。


「アルマさんっ!!」


セレンが駆け寄ろうとするが、フェイルーンの追撃の風がすぐさま迫る。


「お願い、もうこれ以上はやめて! ヒトが死んでしまいます!!」

《いいよ? 別に。どうせまた"替え"がやってくるんだから》

「“替え”……何を言って……?」


レイヴンは言葉を飲み込む。

ギーグは杖を握り直す。


「こやつ……もはや狂っておる! このままじゃ皆、殺されるわい!」


ギーグの体が、瞬間的に戦闘態勢へと変わる。

手にした杖から、地鳴りのような力が指先へと伝わる。


「待って! ちゃんと話し合えればきっと!」

「あれが言葉で伝わるように見えるのか?! 一方的に攻撃してくる奴じゃぞ?!」

「ギーグさん!!」


ギーグは掌を床に押し当て、円環の紋章を描き出す。

静かな決意を口元に宿し、小声で呟く。


「セイレイ様に通用するか……だが、やるしかあるまい」


その瞬間、フェイルーンの瞳が好奇に揺れた。


《……君は、魔法使い? 久しぶりに見たよ。どんな魔法使うか、見せてよ》


子どもじみたまなざしの奥に、どこか冷たい期待が光る。

ギーグは杖を握り直し、低く唸った。


「あいや! ならばしかと見よ! オヌシの体が残っていればの話じゃがの!」


床に描かれた紋章が白く輝き、瞬間、フェイルーンの周囲に透明な球体の膜が立ち上がった。

淡い蒼光を帯びた膜は、まるで空気が実体を得たかのように、少年の身体を取り囲む。


《これは……》

「対精霊用の封縛術——アトラーグラス!」


膜はゆっくり内側へと収縮する。

風の刃すら押し返す圧力が生まれ、球体内の空気は歪み、まるで小さな竜巻のように渦を巻く。

フェイルーンの身体は少しずつ縮み、自由に羽ばたけなくなっていく。


「レイヴン! ワシがこやつを抑えている間に逃げるのじゃ!」

「なっ?! 何を――」


しかし、フェイルーンは微動だにせず、膜に挑むように笑う。

《逃がすわけないじゃん。こんなので僕を縛れると思ってるの?》


次の瞬間、圧縮された風が逆噴射する。

洞窟内の重力陣を粉砕するほどの反動で、三人は吹き飛ばされた。


レイヴンは岩壁に叩きつけられ、セレンは地面に伏し、息を詰まらせる。

ギーグですら、杖を握る手に全力を込めなければ踏ん張れなかった。


「わ、ワシの魔法が……通用せんじゃと?!」

焦りと苛立ちが、洞窟の空気に重く沈む。


だが、フェイルーンの声は冷たく、楽しげに響いた。

《あぁ……その絶望、その叫びが僕にとって唯一の戯曲なんだ。

 だからもっと――“君たち”の叫びを聞かせてよ!》


風が洞窟内で渦を巻き、光と影が揺れる。

圧倒的な力の差を目の前に、三人の胸は恐怖と緊張で張り裂けそうだった。

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