表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
烙印の子  作者: あねむん
《第四章》
37/50

[EP.4-8]ほころび

荒い呼吸が胸を押し潰す。

レイヴンは石壁に背を預け、震える手で冷たい岩肌を掴んだ。

どこをどう駆け、どう逃げてきたのか――もう思い出せない。

ただひたすら、“地下”という言葉だけを頼りに、足を前へ運んできた。


体がずきずきと痛む。

左腕のガントレットで受けたクワルクの拳の衝撃が、まだ筋肉の奥に残っている。

震えを抑えきれず、剣を握る指先に力が入らない。


心臓がぎゅっと縮み、鉄の味が喉を逆流する。

―――初めて、人を――ヒトを――斬ってしまった。


倒れた相手の血は想像していたよりずっと冷たく、重たかった。

鼻をつく血の匂い、断末魔の叫び、焼き付いた感触――それらが混ざり合い、心を締め付ける。


頭の中で繰り返し自分を守る様に言い聞かせる。

(……これは正当防衛だ。仕方なかった……)


だが、罪悪感はどんどん濃く滲み出してくる。

正義と罪の境界は霧のように曖昧で、心が軋む。


それでも、それ以上に巻き込んでしまった二人を救い出さなければ。

救わなければならないのだ。

それだけが、今のレイヴンを動かす唯一の理由だった。


腐食した木の扉に手をかける。

ぎしり、と軋む音が暗闇に吸い込まれ、体が一瞬硬直する。

湿った空気、鉄と埃の混じった匂いが鼻を刺した。


目を凝らすと、鎖に繋がれた二つの影。

セレンとギーグ――疲弊し、息も絶え絶えの二人がこちらを見上げる。


「……レイヴン……?」


セレンの震える声が、静寂を破った。


その一言で胸の奥が熱くなる。

安堵と焦燥が入り混じり、言葉が震える。


「セレン……ギーグ……」


ギーグが眉をひそめる。


「お主、その姿は一体……?」


二人の目には、自分はどう映っているのだろうか。


「大丈夫だ、すぐに助ける……! 姿勢を低くしてくれ!」


レイヴンは剣を握り直す。左腕にわずかに感覚が戻った。


刃を振るい、鎖を断ち切る。

鈍い金属音が湿った空間に響く。


「……すまない。二人を危険に晒してしまった」


低く落とした声が震える。

ギーグが静かに目を見開く。


「一体、何が起きたというんじゃ?」


「女王は……俺たちを守ってくれない。むしろ、俺を“計画の器”として利用しようとした」

レイヴンの声が荒くなる。

「この烙印を……“器”として――」


セレンが息を呑む。


「計画……? 器って……どういう意味なの……?」


レイヴンは一瞬言葉を詰まらせた。


「詳しいことは分からない……。

 でも、俺の中にある“烙印”が、この国の何かを完成させるための核らしい。

 女王は……そのために俺を、利用しようとしていた」


肩を落とし、床を見つめる。


「こんなはずじゃなかった……俺は、一体どこへ逃げればいいんだ……」


荒い息の合間に、苦い声が漏れる。


「ここは“空の国”だ……逃げ場なんて、どこにもない……」


沈黙が降りる。胸の奥で、自責が重く沈む。


「……俺のせいだ。俺がこの国に来なければ、誰も傷つかなかった……」


その呟きに、セレンが一歩踏み出す。

そして、彼の顔を真正面から見据えた。


「それは違います、レイヴン」


その声は震えていながらも、芯の通った鋼のようだった。


「あなたがいたから、私たちはここまで来られた。

 ……少なくとも私は、自分の意思であなたと共に来たのです」


レイヴンはかすかに顔を上げる。


「……でも、結果がこれでは……」


セレンは首を振り、彼の震える手を掴んだ。


「まだ終わってません! 私たちは生きている。

 そしてあなたは、助けに来てくれたじゃない!」


ギーグが苦笑し、低く呟く。

「お主ひとりの頭じゃ、脱出の道も見出せんじゃろう。

 じゃが、三人の知恵を合わせれば――道が見えるやもしれん」


レイヴンは息を詰める。


「……セレン、ギーグ……」


「私たちは、あなたにとって“枷”かもしれないけど……」

セレンの言葉にレイヴンがかぶせる。


「……いや、そんなことない。むしろ巻き込んでしまっている」


レイヴンが遮るように言うと、ギーグが軽く鼻を鳴らした。


「勘違いするでないぞ、レイヴン。ワシらは自らの意思で行動しておる。

 互いの利害が一致しているから、共に旅をしておる。

 それを枷と思うか絆と思うかは――お主次第じゃ」


一呼吸置き、笑みを深める。

「旅は道づれ世は情け! 互いの痛みを知れば、それはもう仲間じゃ!」


レイヴンの瞳に微かな光が戻る。

セレンを見やる。

「……仲間、か」


その言葉は、暗い地下に灯る小さな光のように、静かに広がっていった。


―――


「……これからどうすれば……」


ギーグは床を見やり、唸るように答えた。


「とにかく、外に出んことには始まらんな」

「外に出れたとしても、この国の脱出ができなければ……」


レイヴンの声は、誰にともなく呟くように弱々しかった。


そのとき、セレンが小さな声で口を開く。


「あの……風精石を頼ってみるのはどうです? 

 お船に乗ったとき、風精石があちこちに宙に浮かんでいるのを見かけたので」


レイヴンは肩をすくめ、眉をひそめる。


「そうか……俺とギーグは……」


ギーグは床を見つめたまま鼻を鳴らした。


「むむ、床ばかり眺めてたから知らんかったぞ!」

「だけど、その石を使うとどうなるか分かりませんね……」


セレンの声に、緊張が滲む。

ギーグは小さく頷き、低く説明する。


「風精石を動力に、あの船は移動できた……いわば、風のエネルギー体じゃ」


レイヴンの指先が自然に剣の柄に触れる。


「エネルギー体……一歩間違えれば、俺たちの体が切り刻まれる、だろうな……」


その目が地下の暗闇を鋭く見据える。


「その風精石を制御できれば……あるいは……」


沈黙を破る足音が、地下の空気を震わせた。

セレンが顔を強張らせ、耳を澄ます。


「! 足音が聞こえます!」


ギーグが素早く判断する。


「とにかく、ここは離れないと!」


レイヴンは仲間の顔を見渡し、震える声で誓う。


「あぁ、必ず全員脱出するんだ!」


三人の視線が地下の闇の向こうへ向けられる。

その先には、まだ見ぬ出口――そして、希望が待っているかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ