[EP.4-7]烙印の葛藤
鐘が三度、氷を裂くように城内を震わせた。
乾いた振動が石造りの回廊を駆け抜け、空気は一瞬で硬質な冷気に変わった。
呼吸のたびに肺の中まで凍りつくようだ。
遠くから、突風のような羽音が近づく。
槍先が陽光を受けてきらめき、壁に鋭い影を落とす。
ハーピィ兵たちが回廊の奥から滑り込んできたのだ。
羽が石壁を擦るざらついた音、革鎧の軋み、金属の擦れ合う高音――
それらが混ざり合い、回廊は戦場の交響曲のように鳴り響く。
背後でもハーピィ兵の影が迫る。
その後方に赤い髪がちらりと見えた。クワルクだ。
ハーピィ兵の鋭い声が轟く。
「そいつを捕らえろ!」
号令と同時に、二列、三列に整列した兵たちが一斉に襲いかかる。
翼が広がり、回廊全体が白銀の刃で覆われた。
レイヴンの心臓が跳ねる。
羽音が耳を振るわせ、戦場の鼓動となる。
「くっ――!」
迫りくる群れに、脳裏で囁きが裂くように響く。
《レイヴン! 私の力を使え! この場を抜けるんだ!》
"元凶"の声。
こいつと出会わなければ……こんなもの――“烙印”など……!
憎悪が胸を焦がし、喉から怒りの叫びがほとばしる。
「くそっ……くそおぉッ!」
左腕を前に突き出す。
装甲の継ぎ目から黒煙が滲む。
火薬の香り、硫黄の匂いが鼻腔を刺す。
掌の中で煤色の球体が渦を巻き、暗く光る弾となって吐き出された。
複数の球体は弧を描き、命中して落下する。
鈍い爆裂音が響き、羽毛が焦げて宙を舞う。
兵士たちはバランスを崩し、床に叩きつけられる。
悲鳴と羽の焼ける匂いが回廊を満たし、空気は熱を帯びた。
「ぐあぁっ!」
「奴の左腕を切り落とせ!」
叫び声が重なり、迫る波が押し寄せる。
追撃の一体が跳躍し、刃を振り下ろした。
冷たい鋼が側面を撫でる――だが刃先は虚を斬った。
「くっ――!」
剣を抜き体を捻じる。
刃は敵の翼根に深く切り込む。
鋭い金属音が裂け、羽がばさりと散る。
白い羽粉と血が飛び散り、廊下に赤い斑をつくる。
兵の一人が手摺に突き刺さるように落ち、空気を切る息が聞こえた。
「なんだ?! 奴は目が後ろにもついているのか?!」
「たった一人だ! 一斉に攻めれば!」
回廊を埋め尽くす羽音が次の波を運ぶ。
敵の叫びが痛みとなって胸に突き刺さる
――このままでは押し潰される。
「君たちじゃせっかくの廊下が赤く染まっちゃうから、引っ込んでて」
「はぁ、はぁ……クワルク――」
赤髪が疾風のように迫る。瀕死の兵を下がらせ、拳を突き出す。
武器はないが、鋼のガントレットが光を反射し、衝撃を宿す。
「領主サマって剣を扱えるんだね! ただのお飾りだと思ってたけど」
「——執政官様が処刑を行うことや、前に出ることの方が不思議でならないよ」
「ふふ、確かにね!」
「だからこそ――あたしは神の庇護の下で正義を執行する」
「これは正当防衛だ!」
「うん、あたしが君の立ち位置だったら、その言い分もわかるけどね」
「でも、君は普通じゃない。その烙印がある限り――
貴方はただ捕まって、大人しくしてくれればいいんだけど」
「有無も言わさずにか!」
「そう。だから大人しく――捕まって!」
瞬間、風のように距離を詰める。
拳が疾風を裂き、鋼のガントレットが光を弾く。
鉄塊が空気を切り裂き、肩に衝撃が伝わる。
左腕が震える。
反撃の剣を振るうが、痛みで力が入らない。
「ぐあぁっ…!」
「鉄拳制裁!」
顔に迫る鉄拳――その瞬間、左腕から黒い霧が立ち上がり、廊下全体を覆った。
闇が光を飲み込み、視界を消し去る。
回廊は黒いヴェールに包まれ、羽粉と焦げた匂いが漂う。
《ここは退け!》
シャドウの声が脳裏を裂き、レイヴンは煙に身を沈める。
一瞬の隙間をついて駆け抜け、闇に溶け込む。
「逃げるな、卑怯者がぁ! あたしから逃げるなぁ!」
後ろでクワルクの怒声とハーピィ兵の叫びが闇に消え、冷たい空気だけが残った。
床に散る羽粉、焦げた匂い、回廊を撫でる冷気――
闇に包まれた回廊を駆ける足音が、城内の静寂を鋭く裂いた。
その足音は、惨めにも回廊に響き渡る。
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