[EP.4-6]狂気の玉座
扉の軋む音が、白銀の間に低く響いた。
石畳を踏みしめる重厚な足音が、空気そのものを凍りつかせていく。
現れたのは――黒甲冑に全身を覆った二つの影。
一人は黒のバイザーで素顔すら窺えない、《第一位執政官ユノス》。
もう一人は赤髪を束ね、口元をマスクで覆った女性、《第四位執政官クワルク》。
その名が意味するものを、この場の誰もが知っていた。
――神都エンデ直属、女王すら軽んじられぬ権限を持つ「救国の盾」の上位存在。
五人構成の内の二人が今、この場にいる。
セーナが思わず声を荒げる。
「騎士殿! 謁見中に困ります!」
だがアリセラは、玉座に座したままわずかに微笑み、落ち着いた声で応じた。
「よいのです、セーナ。 ……騎士殿、お待たせして申し訳ございません」
その落ち着きに反して、兵たちの喉がごくりと鳴る。
部外者であるセレンとギーグの存在を確認すると、アリセラは軽く手を振った。
その仕草に従い、番兵が二人を静かに別室へ移す。
――レイヴンの胸は、焦りと覚悟で満たされていた。
仲間が視界から遠ざかる。もしこのまま隔絶されれば……。
(セレン、ギーグ……無事でいてくれ……)
その祈りを裂くように、クワルクが軽やかに声を放った。
「いやぁ、待っても迎えが来ないから、こちらからお邪魔しちゃいました!
まさか私たちを“使いっ走り”なんて思ってませんよねぇ? 予定がぎっしり詰まってるんですから!」
わざとらしい調子。だが、その眼差しは笑っていなかった。
赤い瞳は氷のように冷たく、声との落差がむしろ不気味さを強調する。
女王は小さく微笑むのみ。
だがクワルクの声音は次の瞬間、低く沈んだ。
「……それじゃ早速ですが、セーナ殿。
命じられた七名の“大罪人”の件ですが……処刑の準備、整っております」
「……!」
レイヴンの胸に冷たい刃が突き刺さる。
処刑――その言葉は重く、未来の自分をも暗示するかのようだった。
セーナが逡巡ののち、玉座の女王に視線を送る。
アリセラは小さく頷き、承認を与える。
「……えぇ。お願いいたします」
ユノスが短く告げる。
「クワルク、あとは任せた」
重い足音と共に、彼は去っていく。
その鉄靴は、まるで運命の鐘を打ち鳴らすように響いた。
残されたクワルクが小さく俯き、震える声で呟く。
「……ユノス様、ごめんなさい……」
――嫌な予感が、背筋を這い上がる。
レイヴンは堪えきれず、女王へ問う。
「女王……処刑とは、一体……?」
クワルクが顔を上げ、鋭い瞳を向けた。
「――気になる? なら、教えてあげる」
だがアリセラが手を上げ、その言葉を遮った。
「……救国の盾がお二人で来られたのは意外でしたわ。普段ならユノス様が常でしたから」
「あぁ、あたしがこの国に来た理由、まだお伝えしてませんでしたね」
クワルクの赤髪が揺れ、その声色は一層冷ややかになる。
「この場にいる“忌憑き”を捕え、神都へ収監するためです」
「……忌憑き?」
「正しくは、”烙印憑き”……君でしょ? レイヴン・F・アリア」
「な……!」
アリセラが息を呑み、レイヴンの視線が揺らぐ。
「なぜ……俺が烙印を持つと知っている?」
レイヴンは問いただすが、答えはおおよそ予想できていた。
自身の体に烙印が刻まれていることを知っている人物——恐らく、教皇だ。
だが何故——? あの人は精霊に会えと命じ、契約の旅を強いたはず。それなのに今は“捕らえよ”と。
矛盾が頭を締めつける。
その混乱を断ち切るように、アリセラが低く笑った。
最初はかすかに、しかし確実に震えを孕んで。
「ふふ……なるほどね……そういうこと」
笑みは深まり、声が震えから狂気へと変わっていく。
「……あぁ、そうか……! やっと……やっと来たのね!」
セーナが慌てて進み出る。
「女王!? 何を……!」
「ずっと待っていたのよ、この時を!」
アリセラの指が白い玉座を掴み、節が浮かぶほどに震えている。
「“彗翼計画”はただの夢物語じゃなかった……貴方こそが鍵だったのよ!」
ついに高らかな笑い声が玉座に響く。
「あはははは! 飛んで火に入る夏の虫! いいえ……あなたは私の渡り鳥だったのね、レイヴン!」
「アリセラ様……!? お気を確かに!」
セーナが叫ぶが、女王は恍惚の瞳で告げた。
「あなたは忌憑きなんかじゃない……。我らの悲願を成就させる“器”なのよ!」
レイヴンは拳を握り、叫ぶ。
「俺は誰のものでもない! 器でも道具でもない!
女王、その計画の全貌は知らないが、俺にあなたの夢に助力する力はない!」
レイヴンの叫びを、クワルクが冷ややかに切り捨てる。
「……惨めね。心を惑わす烙印——力なんて、消えてしまえばいい」
「セーナ!」女王が鋭く命じる。
「彼を拘束なさい!」
「しかし、アリセラ様――!」
「私の命令に逆らうつもりか!」
セーナが歯を食いしばる刹那、レイヴンの脳裏に声が囁く。
《この場は逃げた方が賢明だな。 ……彼女はあの扉の方へ連れていかれたな》
(くそ……くそっ……!)
事の元凶が、脳裏に囁く。
烙印とは……精霊とは……何なんだ……。
シャドウの存在すら、今や遠い幻のように感じる。
だがレイヴンは身を翻し、謁見の間を駆けた。
考えるのを止め、目指すは――仲間が連れ去られた部屋。
胸に燃えるのはただひとつ――仲間を必ず守るという覚悟。
そのためなら、どんな狂気の渦にも抗ってみせる――。




