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烙印の子  作者: あねむん
《第四章》
34/50

[EP.4-5]風牢

謁見の間に足を踏み入れると、ひやりとした空気が肌を撫でた。

天へ伸びる白銀の柱が幾重にも連なり、冷たい光が間を満たす。

天井の膜の向こうには淡い青空が広がり、風が旗を揺らすたび乾いた金属音が響く。

まるで空間そのものが呼吸しているかのようだった。


中央の高座に女王アリセラが座す。

翼をたたみ玉座に身を預けながらも、その瞳は冷たく光り、虚偽や揺らぎすら映し出す鏡のようだ。


「……長旅、お疲れのようね、レイヴン・F・アリア」


柔らかくも威厳ある声に、レイヴンはフードを外し静かに答える。


「お久しぶりです、アリセラ女王。突然の訪問、無礼をお許しください」


アリセラは唇をわずかに吊り上げる。

微笑に伴う温度は一切なく、まるで駒を見定める棋士のようだった。


「ふふ……構わないわ。神都から通達が届いていたもの。――貴方の指名手配になったと」

「では、貴方自身の口から聞かせてもらえる? どうしてそうなったのかを」


レイヴンは簡潔に経緯を語った。

教会での事件。救国の盾との衝突。濡れ衣の責任。そして匿ってほしいという願い。


アリセラは眉ひとつ動かさず聞いていた。

ただ、その瞳だけが、まるで彼の言葉を裏返して読み取るかのようにわずかに揺れていた。


アリセラは手元の銀笛を手に取る。


「……なるほど、タルに会ってこれを託されたのね」

「はい」

「レイヴン、この笛が何か分かる?」

「いえ……特には」


アリセラは小さく笑った。


「この銀笛はね、代々の女王就任の際にタルが献上してきたものよ。私の時も同じ。

 その就任した女王に合わせて装飾を変えて……ね」

「……それが、なぜ彼の手元に?」


レイヴンは疑念を抱くが、アリセラは静かに笛を玉座に戻した。


「……忘れて頂戴。今は重要ではないわ」


そして――


「話を戻しましょう。私は貴方を保護するつもりよ」

「……え?」


思わぬ返事にレイヴンは目を見開く。


「但し、保護するのは貴方一人。……お連れの方々には帰ってもらうわ」

「なっ――!」


玉座の両脇から兵が現れ、セレンとギーグの腕を掴む。


「女王! 何故です!」


レイヴンの声が謁見の間に響く。


アリセラの表情は微動だにしない。


「説明が必要かしら? 彼らは指名手配でもない、罪人でもなければ真っ当な人たちだわ。

 ……故に、この国にとっても私にとっても不要なの」


その冷徹な言葉は、まるで刃で断ち切るように響いた。

レイヴンは言葉を詰まらせる。確かに理屈は通っている――それだけに反論ができない。


アリセラは視線を落とし、静かに問いかける。


「レイヴン、貴方も“人の上に立つ者”であれば理解できるでしょう?

 国を守るために、統治者は常に何を考えねばならないかしら?」


レイヴンは唇を噛みしめ、答えを絞り出す。


「……民の生活を守り、安心を補う。 それが私の統治者の務めと思います。

 ですが――私自身も、ウィンダの民を害する存在ではないのでしょうか?」


アリセラの瞳が僅かに笑った。


「貴方はアリアの領主。その立場だけで十分に価値がある」


レイヴンは悟る。


彼女は人を人として見てはいない。盤上の駒としてのみ、価値を測っているのだ。


「何故だ……貴方は私を政治の道具として利用しようというのか。以前の貴方は――」

「……私たちはね、この星で生きていくことに疲れたの。だから、“彗翼計画”のために――」

「彗翼計画?」


その時、扉が鈍い音を立てて開かれた。


「話はそこまで、だよ」


光を裂くように、漆黒の鎧に包まれた二つの影が石畳を踏みしめながら現れる。

重厚な足音は、秩序そのものが到来したことを告げるかのようだった。


「救国の盾……!」セレンの声が震える。

「黒甲冑……しかも二人か」ギーグも唸り声を漏らした。


一人は黒兜を被った――第一位執政官、《ユノス》。

神都エンデで教皇と対面した際に共にあった、表情を完全に覆う黒甲冑の人物。


もう一人は口元をマスクで覆った女性――第四位執政官、《クワルク》。

長い赤髪をポニーテールで束ね、鋭い眼光を放つ。


二人の存在が、謁見の間の空気をさらに冷やす。

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