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烙印の子  作者: あねむん
《第四章》
33/50

[EP.4-4]無謀なる覚悟

港に舟が滑り込むと、甲高い風笛の音が澄んだ空気を裂いた。

浮遊舟はゆっくりと速度を落とし、まるで風に抱かれるように静かに停まる。

桟橋の先には、槍を構えた番兵たちが等間隔に並び、鋭い視線をこちらに向けていた。

レイヴンたちはその列の中を通り、城へと続く道へ促される。


そのとき――

細い路地の影から、ひょっこりと小さな影が姿を現した。


「……あ、お姉ちゃん……」


囁くような声にセレンが振り返る。

そこには薄い羽を畳み、怯えたように立ち尽くす少女――ミラの姿があった。

大きな瞳は翳りを帯び、今にも泣き出しそうなほど弱々しい。


「あの子は……あの時の……」

セレンは足を止め、呟きに気づいたミラはためらうように小さくうなずいた。


「……助けてくれて……ありがとう。お礼、まだ……言えてなかったから」


その声は、風に消え入りそうなほどか細い。

セレンはそっと微笑みかけた。


「そんなの、気にしないで。困ってる人を助けるのは当たり前だから」


少女の肩がかすかに揺れる。

「……あの、ドラゴンのおじちゃんは……」

「ドラゴン? ……あぁ、シレイのことか」


レイヴンが眉を上げる。


「おっかなドラゴンなら山に置いてきたわい! お嬢ちゃんを怖がらせとったからのう!」

ギーグが朗らかに笑って見せた。


「ギーグ、適当なことを言うな」

レイヴンがため息をつく。


「……そう……なんだ……」

ミラは小さく呟き、それでもまだ、影を引きずるような表情のままだ。


「ねぇ……お姉ちゃんたちはお母さんに――」

「おい、何をしている! さっさと来るんだ!」


番兵の鋭い声が割り込んだ。

ミラがびくりと肩をすくめる。

レイヴンは膝を折り、目線を合わせて静かに言った。


「すまない。俺たちはこの国の……偉い人に会いに来ているんだ」

「……えらい、ひと……」

「そう。だから、急がなきゃいけないんだ。でも、話が終わったら……君に会いに来るよ」


そう言って立ち上がると、レイヴンはセレンに視線を送る。

セレンも小さく笑みを浮かべる。


「また、お話しましょうね」

「……うん」


小さな声は風に紛れてすぐに消えた。


―――


城門前に立った瞬間、白銀の壁と尖塔が空を切り裂くようにそびえ立ち、圧倒的な威容を放っていた。

その前に待つのは、蒼い羽を背に畳んだ一人のハーピィ――騎士隊長セーナ。

鉄兜の奥から覗く金の双眸が、獲物を値踏みする鷹のようにレイヴンを射抜く。


「……また会ったな、アリアの領主」

低く響く声には、冷ややかさと共に、知る者ゆえのわずかな棘が混じっていた。


レイヴンはわずかに目を細め、静かに頭を垂れる。

「……山での手ほどき、感謝します」


セーナの肩が一瞬、微かに揺れた。

剣を交えたあの日の記憶が、鮮烈に脳裏を過る。

自らの刺剣を封じ、知識と技術で圧倒した男――屈辱ではなく、警戒と敬意が胸に残っている。


「女王アリセラ様に謁見を願います」

レイヴンの言葉に、セーナは一拍置いてから視線を細め背を向けた。


「……女王がお待ちだ。ついて来い」


その声音に歓迎の色はない。だが、そこに揺るぎない忠義と誇りが漂う。

整列した番兵たちが一斉に槍を掲げ、城門への道を開く。


レイヴンたちは無言でその背中を追い、白銀の門をくぐった。

鉄兜の奥の金の瞳には、冷徹さの奥に刻まれた戦士の矜持が確かに宿っていた――。


―――


石畳を踏みしめ、謁見の間へ続く道をゆっくりと進む。

冷たい風が旗を揺らし、鋭い金属の匂いが鼻をかすめる。

その耳に冷ややかな声が割り込んだ。


《……ようやくウィンダに辿り着いたな。長い遠回りだった》

(……あぁ、……お前がこうして声をかけてくるのも久しぶりだな)

《なに、君はこれから女王と謁見する。話が順調に進むかどうか……な》


シャドウの声には、嘲笑と揶揄、冷静な観察が入り混じっていた。

レイヴンは答えず、前方の白銀の城に視線を向ける。

手のひらに冷や汗がにじみ、胸の奥が微かに締めつけられる。


《教皇の動向、指名手配中における君の保護、そして精霊との契約……》

《この国の排他的思想は根強い、匿ってはくれないだろうな》

(……聞いてみなければ分からないだろう)


《そして、風の精霊……お尋ね者がこの国の命と呼べるものに、

 はいどうぞと紹介してもらえるものかどうか》

(……それも、聞いてみなければ分からないだろう)


《そして本命である教皇の動向……少しでも情報が欲しいところだな?坊や》

《くっくっく……君は無謀だな、無策だ。いや、慎重さすら裏目に出るかもしれん》


レイヴンは拳を軽く握る。

(無謀でも、ここで退くわけにはいかない――女王アリセラに会うためだ)


石畳の冷たさが足裏に伝わり、城門の重厚な扉が目前に迫る。

シャドウの声は、視界の端に潜む影のようにまとわりつき、微かに耳元で囁いた。

《君よ、無謀さと覚悟の境目を見極めるがいい……》


番兵の列が視界を塞ぐ。警戒と好奇の混じった視線が静かに三人を測る。

深く息を吸い、レイヴンは小さく呟いた。


「……行こう」


三人は歩みを進め、重厚な扉を押し開く。

内部の光が迎え、白銀の城の謁見の間に足を踏み入れる。


奥、女王アリセラの玉座が光を受け輝く。

その眼差しがレイヴンとセレンを貫く。

空気が張り詰め、訪問者の一挙手一投足をすべて見通すかのようだった。

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