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烙印の子  作者: あねむん
《第四章》
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[EP.4-2]フィーネ

レイヴン一行は宿を後にし、風の国ウィンダに向けて足を進める準備に取り掛かる。


「坊、食材の調達は済んだぜ」


「分かった、進路は山岳地帯を超えるか、下道の街道を通って遠回りするか……。

 そういえばセレンは?」


「セレン嬢ならさっき展望台のほうに行ってたな。……どれ、ワシが呼んでこようかの」


ギーグが背を丸めて坂を上る。高台の手すりに寄りかかるように、セレンの背中があった。


風が吹いていた。

彼女は目を閉じ、胸の前で両手を重ねていた。

何かを祈るように、あるいは何かに耳を傾けているように。


やがて静かに目を開け、手をほどく。そこへギーグの声が届いた。


「何をしておるのじゃ?」


ギーグの問いにセレンは一度深く息を吸ってから、ゆっくりと口を開いた。


「ギーグさん。……これは、わたしが子供の頃に教わったフィーネ教の一環です」


「フィーネ教、か、……ふむ、ひとつ教えてくれんか。

 そのフィーネ教とは何を説いておるのじゃ?」


ギーグの問いに、セレンはしばらく沈黙して空を見上げた。

雲ひとつない澄んだ青が、どこまでも広がっている。


「人の可能性、苦しみと痛み、……そして死は終わりではなく根源に還る――」


「……フィーネ様は、“万命の母”と伝えられてます。

 生きとし生けるものは全て彼女から生まれ、そして最後には彼女に還っていくって」


「昨日の戦いで亡くなった人たちが、無事に還れますようにって。

 せめて、安らかであってほしいって……そう願っていました」


ギーグは腕を組み、少し考え込むように唸った。


「……魂に、本当にそんな“帰る場所”があるのかのう。 都合のいい話に聞こえんでもないが……」


セレンは小さく首を振り、ほんのわずかに微笑んだ。


「……わたしにも、本当のことは分かりません。 けれど――あってほしいと願うことはできます」


「もし魂の帰る場所が本当にあるなら……

 それは、きっと家族や、大切な人のそばがいい。……そうであってほしいんです」


風がまたひとしきり吹き抜けた。

セレンの髪が宙を舞い、ギーグのフードも風に撫でられた。


「……じゃな。死んだ後で、その女神という知らん奴の元で愛でられてものぉ……

 ワシもあの世でならせめて、身内のそばにいたいもんじゃ」


セレンはその言葉に少し目を伏せ、ふっと息を吐いた。


「私はマザーが信じているものを、信じたいんです。……たとえ、それが曖昧なものであっても」


ギーグはその横顔をじっと見つめた後、しわの深い目を細めてうなずいた。


「ならばその信念、生きてこそ価値があるもの。ここで立ち止まるわけにはいかんの」


「……はい。行きましょう。皆さんが、待ってますから」


二人は吹き抜ける風の中で、仲間たちの元へと戻っていった。


―――


二人の合流を待ちながら準備を整えたレイヴンが、フードを目深に被る。

「……シレイ、ずっと考えてたんだ。あの教会で泊まった夜、なぜ俺たちは襲われたのか。

 そして、今もアリアに戻れず身を隠すしかないこの状況――背後に何かがある。

 俺はその“何か”を突き止めたい。……黒幕を暴くんだ」


「……それは、俺も同じ気持ちだ」


シレイは肩に背負った荷を重たげに下ろし、うなずいた。


「あの夜を境に、俺たちの日常は完全に壊れた。……"冤罪"を押し付けられてな。

 でもよ、俺たちは追われてる身だ。まずはウィンダに匿ってもらうのが先じゃねぇのか?」


レイヴンは視線をやや伏せ、短く答えた。

その瞳には、長く抱えてきた重みが滲んでいた。

心の奥底で絡み合う疑念と覚悟が、わずかな震えとなって声に乗った。


「女王アリセラへの謁見は、そのためでもある。

 ……そして、“教皇”の動き探ること。……そして風の精霊に話を聞きたい」


「教皇っときたか……。 エンデの会合の時に言われてた事と絡んでるってのか?

 坊、お前もしかして……」


その時、重く響く足音が二人に迫った。

鎧の音。風を切る外套の気配。


現れたのは、白銀の鎧を纏った三人の騎士。――救国の盾。その紋章を纏った騎士たちだった。


レイヴンが小さく吐き捨てる。


「……まったく、旅支度を終えた矢先に面倒事か」

「いっそ、教皇のとこまで押しかけるか?」とシレイが肩をすくめる。

「まさか」


レイヴンはそう返し、目の前の騎士たちに目を据えた。

騎士の一人が声を張る。


「おはようございます、レイヴン殿。あなたにご同行願いたい」

「手配中の人物が間近にいるとなれば、ましてや昨日、目の前で見逃したともなれば我々の名に関わる」

「我々は“世界の秩序”を正す剣。その任を持って、あなたをキーラ様のもとへ連行する」


しばしの沈黙ののち、レイヴンが静かに口を開いた。


「……だが断る」

「人の言葉で納得できるような話なら、俺はここにいない。あの夜が、それほど“単純”なら!」


騎士の目がわずかに細められる。

「……残念です。ですが、手配犯が我々の前で好き勝手できるとお思いか?」


「なら、俺の信念を、お前たちの"秩序"でねじ伏せてみろ!」


「……同行拒否と見た。ここで拘束する!」


騎士たちが剣を抜く。レイヴンとシレイも応戦の構えを取った。

鋼が激しくぶつかり火花が散る。鋼同士がぶつかるたびに、火花が弾ける。

火花の熱さが顔をかすめ、金属の擦れる鋭い音が耳を突く。

レイヴンの呼吸は乱れず、しかし一瞬の迷いも許されない。

シレイの動きは風のように速く、二人は無駄のない連携で攻撃と防御を繰り返した。

人数は不利な三対二だが、二人の動きは無駄がなく俊敏だった。


「な、なんて動きだ……! こっちは三人なのにっ!」

「へっ、俺たちゃ止まらねぇんだよ。こんなところでな!」


シレイの挑発に、騎士が怒りをあらわにする。


「いい気になりやがって、竜人が!」


一人の騎士が、背に負った槍をゆっくりと構える。

シレイを真正面に見据え、狙いを定めた。


そのとき――レイヴンが声を張り上げた。

「シレイ――ッ!」


空気を裂く鋼の閃光が飛んだ。

槍はシレイを狙ったが、直前で突如軌道を変え、地面へと垂直に落ちていった。

ギーグが放った重力魔法の力である。


「危ないとこじゃったのう!」

「うおっ、あっありがとうよ! あんなヒョロヒョロな投擲、俺でも落とせたけどな!」


シレイは苦笑いしながら答えたが、内心は度肝を抜かれていただろう。

騎士は舌打ちして叫んだ。


「くっ、ここは退くぞ!」


退却する騎士たちを見送り、レイヴンは仲間たちに声をかけた。


「ギーグ、シレイを助けてくれてありがとう」

「気にせんでくれ、ワシらは同じ飯を食らった仲じゃ」


「トラブルはあったが、みんな無事に揃った。さあ、ウィンダへ向かおう」


一行は再び歩みを進めた。

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