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烙印の子  作者: あねむん
《第三章》
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[EP.3-11]緑光の烙印

エルナードの平野ーー過去の戦場跡を見渡せる展望の地。

夕暮れの風は、遠くの騒乱の名残をいまだ纏っていた。


どこか焦げたような匂いが鼻をかすめ、

風の向こうに、さきほどまでの戦いが確かにあったことを告げてくる。


ようやく辿り着いた展望地の宿は、ひっそりと、しかしどこか張り詰めた空気をまとっていた。

戦闘の衝撃が、この場所にまで届いていたのだろう。


玄関先では一人のクレイアイドルの女将が、掃き掃除の手を止めることなくこちらを見やった。

年季の入ったエプロンに、頑丈そうな筐体の腕がちらりとのぞく。


「……あんたたち、あの騒ぎのほうから来たんだろ。顔見りゃわかるさ、煤けて真っ黒じゃないか」


ぶっきらぼうな物言いではあるが、その目にはどこか安心した色があった。


「まったく、こっちは看板飛んじゃうし、客は逃げ出すしでえらい目にあったよ。

 商売どころじゃないけどね。まぁ……命があっただけマシってもんさ」


ぼやきながらも、彼女はせっせと瓦礫をかき分け土埃を払い、宿の形を保とうとしていた。


「部屋は空いてるよ。傷物でよけりゃだけどね。泊まってくかい?」


女将の申し出に、レイヴンは小さくうなずいた。


「……お願いします」

「今夜の客はあんたらだけさ。自由に使ってちょうだいな」


ふと後ろを振り返れば、シレイがセレンを背負い、慎重に階段を一段ずつ登っていた。

背中に負った少女はまだ意識を取り戻していなかった。


「……その子、大丈夫なのかい?」

「たぶん……大丈夫だ。まだ目は覚まさないが、命に別状はないと思う。……ずいぶん怖い思いをさせた」

「なら一番奥の部屋を使いな。風通しがいいし、ここじゃ一番静かだよ。

 医者はいないけど……ゆっくり休ませてやりな」


やがてセレンは、2階の1室にそっと寝かされた。

窓際の布団に包まれ、淡く灯った明かりがその寝顔を照らす。


窓の外には、赤く染まる夕景。

その地平の彼方に、わずかに見える。——あの、巨大な大蛇が倒れた地。

——戦いは終わったが、終わっただけだった。


―――


食堂に集まったレイヴンたちは、疲れた身体に温かい食事を流し込んでいた。


「くあぁーっ……この一杯のために生きてんだよなァ! ……おっ、この飯もいけるな!」


シレイが豪快に笑い、焼いた肉にかぶりつく。

シレイが齧ったのは、黄金色に燻されたミツブタの塊肉だった。

脂が滴り、焼き目のついた皮からはユカリの木の芳香と、蜜のような甘さが立ちのぼる。


「燻製ミツブタだよ。数はないけど、味だけは保証するよ」


女将がそっけなく言いながら、どこか誇らしげに厨房を覗いた。


「女将さん!これすげぇ美味しいぞ! 坊も爺さんも、しっかり食っとけよ! 体が資本だ!」

「……ああ」


レイヴンは汁物を一口すすり、湯気の向こうで目を伏せる。


「みんな、食べ終わったら……この後のことを話したい」


ギーグが箸を置いた。


「そうじゃな……頼みのエルナードがあの様では、次を考えねばなるまい」

「けどよ、嬢ちゃんは起こさなくていいのか? 話、聞いとくべきなんじゃねぇか?」

「……いや。セレンには……今は聞かせたくない話だ」


その言葉に、ギーグがちらと横目でレイヴンを見やる。

「……ほう?」


「ま、坊に考えがあるってんなら、それでいいさ。

 なら俺はとことん飲むぞぉ! 勝った夜の酒を飲まねぇなんて罰当たりだろ!」

「この竜人、酒が入るといつもこうなのかの?」

「ああ。……だが今日は、特にいい飲みっぷりだな」


レイヴンが微笑を浮かべる。


「当然だろ? 俺たちと、エルナードの皆で勝ち取った勝利だぜ。

 あいつらと飲み交わしたかったが……」


その言葉に、しばしの静寂が流れた。


「……俺もだ。あの人たちがいたから、生き延びることができた。……今日、生き残った俺たちに」


レイヴンは杯を取り、ゆっくりと掲げた。


「——乾杯だ」


ギーグが目を細め、シレイがそれに続いた。


―――


背後には宿の明かりが一つ、ぽつりと灯り、静かに彼らの背を照らしている。

視線の先、闇に包まれた平野には数本の松明がまだ燃えていた。

その揺れる灯の向こうに、トロルとガルメロスの巨大な亡骸が、地に伏したまま沈黙している。


頬を撫でる夜風が心地よく吹き抜ける。

それでも、どこか緊張の糸が解けきらない。

レイヴンが静かに口を開いた。


「……みんな、疲れてるところすまない。けど、明日のことを話しておきたい」

「エルナードのこの惨状……タル爺の救出作業で、今は頼める状況じゃない。 

 もう一度ウィンダに行こうと思っている」


ギーグが眉を寄せ、遠くを見るように目を細める。


「……ウィンダか。だが、あそこは門前払いを食らった場所じゃ。

 それに、お主の“指名手配”も通達されている。無謀と言っても過言じゃない」


しかしギーグはすぐに、レイヴンの上着の内ポケットを軽く叩く。


「……じゃが、タルが託してくれた“銀笛”がある。女王アリセラに通じる鍵になると言っておったな」


レイヴンはゆっくりと笛を取り出し、月明かりにかざす。

冷たい銀色の光が彼の瞳に揺れ、ほんのわずかに希望の火が灯るようだった。


「ああ。タル爺が託してくれた希望だ。きっと道は開ける。

 ……もしそれでダメだったら、近くにある第三フィーネ教会に立ち寄ろう。

 そこでもう一度、考えよう」


シレイが肩をすくめ、いつもの調子で言う。

「だったら、アルシェンに話を通すってのはどうだ?

 反体制の奴らなら、厄介者の俺たちも歓迎されるかもしれんぞ。

 エンデ相手に真っ向から敵対することになるが……」


レイヴンは苦笑して首を振る。

「俺たちは“厄介者”どころか、“火種”そのものだぞ? そう簡単に受け入れてはくれない」


「けどさ、こうして他の国に頼り歩いても、また門前払いになるだけじゃねぇか?」


「……そうかもしれない。正直、今の俺にはどれが“正解”なのか分からない。

 ただ、まだ希望があるなら……俺は、アリセラと話をしてみたい」


「……分かったよ、坊。お前の選んだ道を信じるさ。 一緒に帰ろう、アリアへ。何があっても」


ギーグが一歩前に出て、改まったように言った。

「当面の動きが決まった様じゃな。 して。もう一つの“本題”があるのじゃろう?」


レイヴンは答えず、しばらく黙ったまま平野の闇を見つめていた。

夜風がまた一度、頬をかすめる。

そしてようやく、低い声で口を開いた。


「……ギーグ。セレンは、精霊と契約した者は、あんな力を得るものなのか?」


ギーグは小さく頷き、静かに言った。

「精霊の力とは、つまるところ——“願いや呪い”の具現よ。

 祖国を守りたい者、家族を救いたい者、憎しみで敵を討ちたい者。

 ……思いは様々でも、その意思に精霊は応えよう」


「先の戦いじゃが、酷く精神的に参っていた部分もあろう……

 制御どころか、自分が何をしていたのかさえ、わかっておらんはずじゃ」


「けれど、それは魔法も同じことじゃよ。

 たとえ小さな火種でも、使い方を誤れば山ひとつ燃やす大火になる。

 どんな力も、持つ者がそれに呑まれれば、いずれ破滅を招く」


レイヴンは、黙ってギーグの言葉を噛み締めていた。

まぶたの裏に、あの光景が蘇る。


セレンの身体からあふれ出した、あの緑の光。

それはまるで、生命そのものが暴れ出すような異質な輝きだった。

“生きたい”という願いか。それとも“恐怖”が媒介となり、精霊が応えた結果なのか。


だが、その力は——ただの魔法とは、明らかに違っていた。


触れてはならない“何か”。 人の身で抱えてはいけない、自然の根源に近い力。


セレンは、そこに手を伸ばしてしまった。

そしてその力は、もう彼女の中に深く根を下ろしている。


レイヴンは、ふと夜空を見上げた。

月が静かに、全てを見下ろしている。


そのまま、誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやく。


「……彼女は、大丈夫なんだろうか」


その問いに、答える者はいなかった。

ただ夜の風だけが、遠く、草を揺らして通り過ぎていった。

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