[EP.3-10]大蛇は眠りにつく
轟音とともに、ガルメロスの巨体が地面へと崩れ落ちた。
岩を砕き、大地を震わせ、怒号のような重圧が周囲を吹き飛ばす。
続いて、トロルの膝が音を立てて砕けた。
肩を落としたその異形も静かに、だが確かに地へと沈んでいく。
風が止み、粉塵が舞い、沈黙が訪れる。
——そして。
「……やった……やったぞォ!!」
「倒した、あのガルメロスを!!」
歓声が沸き起こる。
安堵と興奮、涙と震えが混じり合い、仲間たちは互いの無事を抱き合って確かめあった。
苦難を乗り越えた証が、眼前に横たわっている。
だがその熱狂を切り裂くように、クレイアイドルの隊長、アルマが鋭く叫んだ。
「喜ぶのは後にしろ! タル様のマギコアを回収するぞ!!」
「そうだ! まだトロルの中にタル様がいるんだ!」
その一声で、即座に数名が駆け出す。
戦士であり技師でもある彼らは、すぐさまトロルの骸へ取り付き、巨大な胸郭を解体し始めた。
一秒でも早く、タルの心臓核——マギコアを安全に取り出すために。
そのトロルの影のすぐそばで、小さな身体が地面にうつ伏せに倒れていた。
「セレン……! しっかりせぇ……目を開けるんじゃ……!」
ギーグが真っ先に駆け寄り、膝をついて彼女を抱き起こした。
頬に触れ、名を呼ぶ。血色はある。脈は弱いが、確かに鼓動はあった。
だが、目を覚ます様子はない。
その瞼の裏に何を見たのか。精神は限界を超えていた。
無理もない。
あの巨人と大蛇の激突を前にして、平静でいられる者などいるはずがない。
これまでの旅路にも、命の危機は幾度となくあった。
獣に襲われ、崖を渡り、闇に迷いながら進んできた——
だが、そこには常に仲間がいた。誰かが支えになってくれた。
けれど今回は違った。
自分の身体すら呑み込むほどの巨体が、目前で暴れ狂い、
振るわれた尾の一撃で命がいくつも奪われていく現実。
その恐怖を、あの娘は一人で受け止めたのだ。
震えて当然だ。動けなくて当然だ。
それでも、生き延びた。
あの一瞬、彼女の“祈り”は、確かに精霊に届いた。
生きたい、守りたいと願ったその想いが、今この場にいる皆の命を救ったのだ。
(……ようやった、セレン……ようやったよ……)
ギーグはその小さな背を見下ろしながら、心の中でそっと呟いた。
そこへ、走る足音。
「セレン! ギーグ! 無事か!?」
焦燥に満ちた声と共にレイヴンが現れた。
彼もまた膝をつき、セレンの容態を確かめる。
「大丈夫じゃ。……生きておる。気を失ってるだけじゃ」
ギーグが言うと、レイヴンは大きく安堵の息をついた。
「そうか……よかった……。 ははっ、一気に疲れが出てきたよ。お前の一撃が効いたな、シレイ」
「いや、あの一瞬がなきゃまだひと波乱はあったろうよ。
……それより、あの木は何だ? 突然生えてきやがったが」
「……この子の力じゃ。 地のセイレイ様の加護により、この子を守ってくださったのじゃろう」
レイヴンは、まだ眠り続ける少女に顔を向ける。
「……そうか。精霊の力はここまでのものなのか……」
「……悪用されれば、あの大蛇100匹いても足りないくらいの地獄ができあがる。何があっても——」
その時だった。
——ガン、ガン、ガン……。
低く、重い鉄の足音が、崖の尾根から静かに響いてくる。
地面を踏み鳴らすように、着実に。
威圧的でも急き立てるでもなく、それは規律のある整った行軍のリズム。
風にたなびくのは、鋲打ちの外套。無骨な白銀の甲冑に身を包んだ一団。
その先頭に立つ黒い甲冑の騎士が一歩、また一歩と進み出てきた。
「うわぁ……こりゃまたでっけぇ残骸だな。聞いてたより派手に暴れたみてぇだぜ。
……お前らが仕留めたのか? 領主サマよ?」
レイヴンが立ち上がり、構える。
「……キーラ」
「おっ、覚えててくれたか。嬉しいねぇ。こんなとこでまた会えるなんて、運命感じちゃうな〜?」
だがその口調とは裏腹に、キーラは背中の大剣に手をかけた。
周囲の盾兵たちも一斉に武器を構える。
レイヴン、ギーグ、シレイも反射的に警戒の構えを取る。
「教会の前で消えたと思ったら……次は大蛇と並んで崖の下?
あんた、色んな意味で目立ちすぎだぜ、領主サマよぉ」
「……身を隠すのが特技でね。特に、有事の際は敏感だ」
「ははっ! あんた中々だぜ!
……さて。通報があったんでね、我々は“大蛇鎮圧”に来たわけだが——お前は何をしに?」
「……アリアに戻れない以上、エルナードのタル殿に協力を求め、この場に至った」
「そんな話、信用できるか! キーラ様、すぐに拘束を!」
背後の兵が叫ぶ。
「わーっとっと、待て待て。 こいつを倒したってんなら、それなりに筋は通ってんじゃねぇか?」
そのとき、クレイアイドルのアルマが、鼻息荒く割り込んできた。
「てめぇらが来る前に、こちとらさっきまで命張ってたんだ!
このヒュムの連中と一緒によ! 文句あるか、黒鉄!」
キーラはしばしアルマを見据えたあと、ふっと肩をすくめる。
「……なるほどな。証言つきか。よし、全員、武器を収めろ。我々の任務は“鎮圧”だ。
敵はもういねぇ。争う理由もねぇ」
「ですが……指名手配中の男です! この機に——!」
「まぁまぁ落ち着けって。気持ちはわかるけどよぉ、……今は分が悪いぜ?」
渋々ながらも兵たちは武器を収めていく。
キーラは最後に、レイヴンの瞳をじっと見据え、沈黙したガルメロスを見ながら言った。
「話は概ね理解した。我々はこの場の現場検証、並びに目標の封印に取り掛かるぞ。
エルナードの民たちにも協力してもらおう。 何度もこの大蛇を封印してきただろうからな」
シレイがぽつりと尋ねた。
「……見逃してくれるのか?」
「さあね? そもそもそんな奴らいたかな? 部外者はとっとと引っ込んでろ。こっちは忙しいんでな」
一拍の沈黙のあと、レイヴンは短く、だが真っ直ぐに礼を返した。
「……ありがとう」
彼は振り返り、仲間たちへ目配せする。
「みんな、この場はもう俺たちがいていい場所じゃない。……行こう。離れるぞ」
彼らの向かう先は、遠くに見えるエルナードが見渡せる展望地。
高台に佇むその地には簡素ながら宿泊所があると聞いていた。
体を休め、セレンの回復を待つにはうってつけの場所だ。
誰ともなく歩き出し、夕暮れに沈みゆく戦場を後にする。
背後では、再び静かに動き出す「日常」が、ゆっくりと戦いの痕を覆いはじめていた。




