表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
烙印の子  作者: あねむん
《第三章》
26/50

[EP.3-9]希望は大地より起つ

大地が、呻き声をあげて軋んだ。

熱と灰を含んだ風がセレンの頬を容赦なく打ちつける。

焼け焦げた空気が肌にまとわりつき、視界をじりじりと灼いた。


崖の上から見下ろすその先――

鋼鉄の大蛇は、その焼け爛れた装甲から黒煙と瘴気を吐き散らしていた。


「……っ」


遠くで仲間たちの怒声が交錯する。

爆音、剣と鉄がぶつかる鋭い音、炸裂する魔法——

レイヴンたちは、命を削って怪物の注意を引きつけていた。


セレンはただ、その場に立ち尽くしていた。

足の裏から冷たい感覚が這い上がり、手足がかじかんでいる。

息が浅く、喉の奥が焼けつくように苦しい。


(怖い……怖い……私、何もできない)

(精霊と契約したところで……ただ、ここに立ってるだけ……)


精霊と契約したはずなのに。

今の彼女は、ただの足手まといだった。


指を握ろうとしても震えが止まらない。

なのに、その目には――崩れずに戦う仲間たちの姿が焼きついて離れなかった。


(あの人たちのほうが……きっと、私よりずっと怖いはずなのに)


それでも前に出る。

恐怖を振り切って、大蛇に向かっていく。


(私は、何もできないの……?)


答えの出ぬまま、膝がわずかに揺れた。だが倒れはしなかった。

その頃、崖の上に設けられた仮設の指令台では、別の緊張が走っていた。


「“トロル”は、俺が動かす! あの大蛇は俺たちに任せてくれりゃいい!」


若いクレイアイドルが叫んだ。

一瞬の沈黙のあと、タルがその顔をじっと見つめ、やがてふっと鼻で笑った。


「ふむ……よう言った。骨のある奴じゃ。だがな……“動かす”のと、“使いこなす”のは話が違う」

「トロルはワシが造った。設計も魔導回路も、全部じゃ。

 その動きに最も馴染むのは、ワシのコアだけよ。

 同調率も反応速度も段違い。お前らじゃ、“こいつ”を活かすことはできんよ」


そう言って、タルは自らの胸を拳で叩いた。


「それにな――死ぬ気なんぞ、さらさら持ち合わせちゃおらん。 だからワシに任せろい。

 ……お前らは、あの大蛇を仕留める準備をしておれ」


「……ったく、頑固ジジイが……!」


若いクレイアイドルが舌打ちしながらも、歯を食いしばる。

「よし、聞いたなみんな! タル様が出る! 俺たちは全力でサポートするぞ!」


怒号が飛び交い、部隊が一斉に動き出す。

その背を見届けながら、ギーグがぽつりとつぶやいた。


「……変わらんな、お主は。昔から無茶しかせん。 ……バックアップはワシが引き受ける。

 あの大蛇に取りつきさえすれば、ワシの魔法で拘束を強めることができる」


「……ふん、頼もしいのう。ギーグ!」

「?!……お主、記憶が……?」


言い終えるより早く、タルは自らの胸へ指を差し入れた。

ずぶり――肉を裂く音。

取り出されたのは、タル自身のマギコア。


「ギーグ。お主の魔法に、ワシの命を預けるぞぉ!」


その言葉とともに、タルの身体がゆっくりと崩れ始める。

硬質な陶器のように砕け、破片となって地に散った。

コアだけが、ぽとり、と静かに地面へ落ち――そして、沈んでいく。


……次の瞬間。 ズンッ――!


大地が鳴動した。


「な、何……!?」


セレンが崖の上でよろめく。

崖全体が、呻き声のような振動をあげてうねりだす。

亀裂が走り、土埃が吹き上がり、地中で何かが動いている音がする。

それはまるで、崖そのものが“目を覚ました”かのようだった。


崖の中腹――土を押しのけるように、巨躯がゆっくりと起き上がってきた。

岩盤を砕き、瓦礫をまとい、魔力を込めた土の鎧を抱いた巨兵。


「退けーっ! 全員、離れろォ! 崖が崩れるぞ! トロルが動き出したぞォ!」


指令台のクレイアイドルが絶叫する。

地響き。爆風。崩落。


そして――大地を割って現れた、“希望”。

それはタルの意志が宿った、土と魔法の巨人だった。


「――あれは……!? タル爺の……“切り札”か!?」

レイヴンが目を見開く。


「……デカッ! ガルメロスよりひと回りはあるぞ!」

シレイが息を呑む。


「って、こっちに来てないか?! 危ねぇぞ!」


「全員退避ーっ! トロルが動き出した―っ! 踏まれるな、散らばれーっ!」

クレイアイドルの指示が飛ぶ。


「シレイ! 一旦ここから離れるぞ!」


トロルはその巨体を揺らしながら、ゆっくりと歩を進める。

鋼鉄の大蛇へと、無言のまま迫っていく。


その肩に――人影があった。


「あれは……セレン!? ギーグまで! なんであんなところに!?」

「はァ!? 嬢ちゃんと爺さんが、あの上にいんのかよ!?」


トロルの肩――その高所で、セレンは腹這いのまま土にしがみついていた。

指の間に、小さな金属片が食い込んで血がにじんでいる。だが、握る手を離せない。


「……やだ……やだ……!」

(落ちたら……死ぬ。いやだ。死にたくない。死にたくない――!)


恐怖で頭が真っ白になっていた。

全身がこわばり、呼吸もできず、意識の端でギーグが叫ぶ声が聞こえるが意味を成さない。


そのとき――ガルメロスが咆哮を上げた。


ガギャァアアアァァ――ッ!


爆音のような咆哮とともに、鋼鉄の大蛇の身体がねじれ、

その顎がトロルの左腕に喰らいついた。


その様子を、セレンは恐怖と絶望の入り混じった目で見つめていた。

(なにも……できない。……足が、動かない)


息が詰まる。肺が悲鳴をあげているのに吸うことを忘れていた。

心臓が脈を打つたび、手足がどんどん冷えていく。


(いや……死にたくない……! こんなところで……!)


その時、セレンの体から緑光が広がる――


「っ……! これは……」

ギーグが目を見開く。


なにかが芽吹いた。

トロルの肩に、一本の若木が突如として伸び始める。

それはセレンの体からあふれた光に呼応するように、みるみるうちに成長し――

枝を広げ、まるで生き物のようにガルメロスの首元へと絡みついていく。


幹は太く硬質で、しなやかな筋肉のように締め上げ、

鋼鉄の大蛇を、じわじわと絞め殺すように締めつけていた。


「セレン……おぬし……!」

ギーグが唖然としたように呟く。


「これは……地のセイレイ様の……“加護”なのか……?」


ガルメロスが呻く。

全身を痙攣させながら、もがくように暴れるが――

首を縛られたその巨体は、もはや思うように動けなかった。


「今だァァ――ッ!!」


誰よりも早くその隙を見逃さなかったのは、シレイだった。

身を屈め、弾けるように跳躍。一直線に、ガルメロスの背へと舞い降りる。


可動コアを見つけるシレイ

「これだな! ぶっ倒れろぉ!」


ガギィッ――ッ!


鈍く重い音が響き、ガルメロスの全身がびくりと跳ねる。

わずかに数秒の沈黙。


そして。


崩れるように、ガルメロスは地面へ倒れ込んだ。


赤黒い瘴気を散らしながら、鋼鉄の咆哮を止め――

鋼鉄の咆哮は、ついに沈黙したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ