[EP.3-7]語られざる戦火
契約の余韻がまだ空気に残るなか、祭壇の間には静かな時間が流れていた。
セレンの肩が上下し、ようやくその呼吸が落ち着いてきたころ――
「タル爺、大丈夫か?」
「……あぁ……レイヴン。ワシは……一体……」
呆然としたまま呟くタルの言葉に、レイヴンは軽く頷いた。
「気絶してたようだ。無理もない。……突然のことだったからな」
「そう、か……」
タルが膝に手をついてゆっくりと立ち上がろうとした、そのとき――
「タルよ、立てるか?」
ギーグが近づき、手を差し伸べる。
「あ、あぁ……すまんな」
「……困ったときはお互い様じゃ」
ギーグは微かに笑った
タルは深くうなずくと、視線を祭壇の脇へと向けた。
そこには、淡く光を帯びた円形の紋章が浮かび上がっている。
「……ウィンダへ向かうなら、その紋章の前に立っていろ。
向こうと繋がっておる……行き来ができるようになっているはずじゃ」
セレンが一歩近づき、心配そうに彼を見つめる。
「大丈夫ですか? 顔色が……」
「ワシのことは、気にするな……ワシに構わず、先に進め。
お前たちには、やり遂げなければならないことがあるだろう?」
しかし、レイヴンは静かに首を横に振った。
「……あぁ。だが今は、タル爺の回復が優先だ」
「な、なにを馬鹿なことを言っておる! お前たちには時間が限られているだろう?」
レイヴンは一呼吸置いて、かすかにうつむいた。
「それでも、今ここでタル爺を見捨てて進むわけにはいかない。
……このガントレットを作ってくれた時も、今も、何度も助けられた。だから今度は、俺が返す番だ」
その言葉に、空気が静まり返る。
シレイが軽く肩をすくめる。
「……ま、急いだところで何かが変わるわけでもねぇしな。 こういうのは、“ケジメ”ってやつだろ?」
タルは目を閉じ、しばし沈黙した後、少しだけ肩を落とし――やがて、小さく笑った。
「……まったく、お前たちは……面倒くさい若者じゃ…… ――ワシの工房まで、手を貸してくれんか?」
「もちろんだ」
レイヴンのその言葉に、微かな安堵が宿る。
―――
タルは椅子に腰かけ、深く息を吐いた。
その瞳はどこか遠くを見つめているようで、記憶の断片が入り乱れていた。
「レイヴン……昔のことじゃが、忘れてはならん話を一つしておきたい」
レイヴンがそっと頷くと、タルは語りはじめた。
「かつて、この大地は幾度も血に染まった。
全てを思い通りにしようとするフィレーナと、孤高を貫こうとしたウィンダ。
その間に挟まれたワシらの国は、ただ巻き込まれるしかなかった……」
「思想の違い、という言葉では済まされぬほどの溝……利害も、信仰も、どこまでも相容れんかった。
戦の口火が切られたときには、もはや誰にも止められなんだ」
「そして、その果てに残ったのは……地上にあったワシらの国が、
今こうして地下に身を寄せるという現実だけじゃ。
……その戦争を可能にしたのは、精霊という“力”じゃった。
人は、大いなる力を手にすれば“正義”を振りかざし、自らの過ちに気づけなかった」
しばしの沈黙。タルはかすかに揺れる声で、ぽつりと呟く。
「……のう、レイヴン。この星に住むワシらは、本当に分かり合うことなどできぬのだろうか。
ただ、自分たちの暮らしを守りたいだけのはずじゃろうに……」
そしてタルはまっすぐにレイヴンの目を見た。
「お前たちは精霊との契約を果たし力を手にした。ならば問う――その先に、何を成そうとしている?」
「それは……」
すぐには答えられなかった。
胸の奥に、答えきれない問いが渦を巻く。
精霊との契約を結んだのはセレンであり、自分はただ、その言葉を「伝える」者にすぎない。
精霊の力は、自分にはない。あるのは、精霊・シャドウがこの身に宿るのみ。
(……俺に、力はない)
それでも、今こうして歩いている。
救国の盾に追われ、故郷に戻ることも叶わず、それでも――ここにいる。
人は分かり合えるのか。答えは、あるのかもしれない。
「分かり合えない」という、それもまた答えとして。
けれど、願いはあった。
かつて守ろうとした民の暮らし、命の重さ。
そして今、傍にいる者たち――セレンやシレイ、タルやギーグ。
その想いを裏切らずに歩き続けること。
それが、今の自分のかたちではないかと、どこかで感じていた。
(分かろうとしても、すれ違うこともある。 言葉が届かず、争いが生まれることもある。
それでも、心を通わせようとすることに意味はあるはずだ……)
――自分の歩みを止めたくはなかった。
この世界で、まだ答えを出せない問いに対して、それでも考え続ける者でありたいとそう思っていた。
(……俺は……)
内なる思考が深く潜り込むそのとき――
――ズズ……ッ……。
地の底を這うような、低く唸る震動が、空気を震わせた。
天井の岩がかすかに揺れ、誰かの怒声が洞の奥から響いてくる。
「な、なんだ?」
「大変だ――! ガルメロスが地上に現れたー!!」
遠くから、クレイアイドルの叫び声がエルナードに響く。
途端に、警報の様な音が街を覆いつくす。
レイヴンの思考は現実に引き戻された。
レイヴンは言葉を失ったまま、揺れる空気の向こうに耳をすませた。
今はまだ答えが出せない。けれど、立ち止まってはいけない――そんな声が、また胸の奥で囁いていた。




