表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
烙印の子  作者: あねむん
《第三章》
22/50

[EP.3-5]大地の精霊の目覚め

エルナードの市場通り。

軒を連ねる露店のざわめきを背に、レイヴンは静かに腰を下ろし、手元のガントレットを研いでいた。


手にした研磨石は、この地の名産――“硬精岩”。

粒子が極めて細かく、刃物でさえ滑るほどの硬度を持つその石は、

金属の表面を撫でるだけでまるで鏡のように磨き上げてくれる。


ガントレットの表面にかすかに自分の顔が映る。

ひと撫でするたびに小さな傷が消え、光が揺らぐたびに、金属がまるで呼吸しているかのようだった。


やがて、その静かな所作に惹かれるようにぽつりぽつりとクレイアイドルたちが集まってくる。

「おめぇ、ヒュムのくせに妙に手馴れてんな?」

「なんで硬精岩の扱いに慣れてるんだ―??」


レイヴンは手を止めず、口元だけでふっと笑った。

「昔、ここに来たときに教えてもらった。最初は手加減が分からなくていくつ無駄にしたか……

 でも、何度も繰り返してるうちにだんだん分かってきた」


「分かるって、何がだよ?」


レイヴンは少しだけ目を細めた。

「……心を通わすこと、かな。武具ってのは、ただの鉄の塊じゃない。

 手をかけて、気持ちを込めれば少しずつ応えてくれるようになるんだ」


「……?? 何言ってんだこいつ??」

「でもまあ、雑に扱う奴よりはマシだな」

「なあ! おめぇ、うちの工房来ねぇか? ヒュムでも腕が立ちゃ歓迎するぜ!」


冗談めかした声と、どこか本気の視線が交錯する。


レイヴンは何も言わず、軽く笑いながら、もうひと磨きだけ手を動かした。

その瞳は静かに、目の前の武具を見つめていた。


まるで、語らずともすべてを理解しようとするかのように。

その仕草の奥には"アリアの領主"のもう一つの顔である、ひとりの“武具好き”の確かな熱が宿っていた。


―――


一方その頃、セレンが目を輝かせながら店先の棚を見つめていた。

色とりどりのマギライト細工や、奇抜な仕掛けの工芸品が並ぶ様子は、まるで動く宝石箱のようだ。


「……そんなに珍しいか?」

ふと隣から声がする。シレイだった。


セレンはぱっと振り向き、まるで跳ねるように答えた。

「はいっ! 教会の外に出たの、これが初めてなんです。

 クレイアイドルの方たちや、こんなににぎやかな市場も……全部、はじめてで」


「そうか。そりゃ新鮮だろうな。……これなんか、なかなかの細工だぞ」

「シレイ様も、こういうのにご興味が?」


セレンが不思議そうに聞くと、彼はわずかに顔をそむけて苦笑した。

「俺ってより……カミさんがな」


「そういえば、アレッタ村でご飯を食べてるときも、奥様のこと話されてましたよね。

 ほほえましいです」


シレイはふっと目を細め、どこか照れくさそうに笑った。


「アリアについてきてくれたのも、娘を産んでくれたのも、みんなあいつの覚悟だ。

 俺がいない間、娘も寂しがってるだろうし、土産のひとつでもなきゃ怒られちまうよ。ガッハッハ!」


豪快に笑い飛ばす背中には、どこか照れたような優しさがあった。

セレンはその様子に、そっと目を細めた。


「……きっと、喜ばれますよ。だから早く戻って、元気なお顔を見せてあげないとですね」

「だな。だからこそ――お前ら二人の“旅”を、ちゃんと終わらせてやんねぇと。

 ……それが、今の俺の役目だからな」


その言葉には、軽さの裏に重みがあった。

戦う理由。歩む理由。その先に、守るべきものがあるという確かな想いがそこにはあった。


―――


エルナードの奥、岩肌を削ったような静かな回廊をタルの案内で進む一行。


「この先が目的の部屋じゃ。特別な転送紋がある。ワシとアリセラ嬢くらいしか使わんがな……」


立ち止まりながら、タルの声にはどこか敬意がにじむ。

扉が静かに開くと、空間の空気が一変した。


金属と魔力の気配に満ちた室内――かと思えば、奥には自然石を積み上げた巨大な祭壇が鎮座していた。


表面には精緻な紋様。

その中央に刻まれた意匠は、まるで大地の心臓部を模しているかのようだった。


「……あれって、祭壇?」


セレンが呟いた、その瞬間。

紋様の奥から、金色の光がゆっくりと脈動を始める。

まるで、何かが眠りから目覚めるように――


「な、なんだ……?」

シレイが身構える。


《……ほう。目覚めるか、テラよ》

シャドウの低い声が空間に溶ける。


「目覚める?テラ??」

レイヴンが思わず口にする。


空気が変わる。大地のにおい。湿った緑の香り。岩の重みが空間に充満する。


やがて、祭壇の中心――

そこに、ひとりの女性の姿が現れた。


その体は琥珀のように透明で、どこか神秘的。

長く流れる髪は苔と鉱石を思わせる深い緑に染まり、

表情には母なるものの優しさと、どこか時を超えた威厳があった。


《……こんにちは、お嬢さん。あなた、美しいわね》


部屋全体に響く、静かで温かい声。

それは、土の中で永い眠りから目覚めた何かが、ようやく言葉を紡ぎ出したかのようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ