[EP.3-4]工房都市国家 エルナード
幾重にも重なる岩肌を削るような崖道を、数日にわたって歩き続けてきた。
そしてついに、稜線の先――眼下に広がる風景が、視界を大きく開いた。
広大な緑の平野がどこまでも続いていた。
レイヴンたちはその縁に立つ崖上へと辿り着いていた。
かつて、人類同士の大戦を繰り広げたとされる戦場跡。
風化した戦斧、砕けた魔導兵器、折れた旗竿の残骸が所々に転がっている。
けれど今や、その地は穏やかな陽光に包まれ、戦火の名残はほとんど感じられなかった。
足元に広がる岩場はまるで天然の展望台のようで、そこには数人の旅人や観光客の姿もある。
記念碑や露店が並び、ひときわ目を引くのは大地に突き立つクレイアイドルの銅像だった。
レイヴンが眺望を前に、ひとつ息を吐く。
「……ようやく麓まで着いたな」
セレンがその隣で頷く。
「ええ。でも……エルナードという国は見えませんね」
シレイが笑いながら肩をすくめる。
「いや、エルナードという国は地下にある。あの平野の岩の谷底に隠された門があるんだ」
ギーグが重い息をついた。
「ふぅ……また下り道か……ワシの膝よ、もってくれよ……」
レイヴンが口元を緩める。
「ウィンダ方面からはここまで遠回りの道だったからな。
あそこの観光客たちは、アレッタ村の方面から山を越えずに来ているんだ。
それでも無事にここまで来れたんだ。道中、魔物との遭遇もあったが……案外、単純に着けただろ?」
シレイが笑う。
「……『北に行く』って指示だけで、本当に着いちまうとはな」
「観光客がこんなとこで油売ってんじゃねぇ! 迷子か? ああぁん!?」
そんな中、不意に背後からけたたましい声が飛んだ。
一同が振り返ると、そこに立っていたのは──生体機械人形・クレイアイドル。
身長はせいぜい130cmほど。
金属、陶器、粘土を混ぜたような奇妙な質感の体表に、関節部には明らかな可動機構が仕込まれている。
大きなガラス玉のような瞳の奥では、《マギコア》と呼ばれる魔導構造体が淡く脈動していた。
「ここは見晴らしが良くて気持ちいいよな! ……ってちがわぁい! てめーら、何者だコラァ!」
あまりに気性の激しい問いかけに、セレンが後ずさる。
「ど、どうかお気を確かに……」
それでもレイヴンは冷静に一歩踏み出し、さらりと言った。
「あぁそうなんだ。俺たちは迷子でな。すまないが、エルナードのタル爺って方に会わせてくれないか」
「……おいおいおい、なんでお前がタル様の名前を知ってんだ!?
情報管理はどうなってんだよ! プライバシーィィ!!」
シレイがぼやくように呟く。
「やっぱ駄目だ坊。クレイアイドルは会話が噛み合わねぇ……」
だが、レイヴンは動じず左腕をぐっと前に差し出す。
「俺とタル爺は友達なんだ。それがこの証拠だ」
披露されたのは、精緻な彫刻と複雑な刻印を纏ったガントレット。
一見すると無骨な武装だが、その素材は紛れもない――
「……っ、それは……特上モンのエルト鉱石!? しかもその彫り……くっそ、本物じゃねぇか!」
クレイは目をぎらりと光らせ、ぐるりとレイヴンの周囲を回るようにしてから大きく頷いた。
「チッ、しゃーねぇ。タル様んとこに案内してやるよ、迷子ども! ついてきやがれ!」
「……誰が迷子だっての」
シレイが呟いたが、もはや誰の耳にも届いていなかった。
レイヴンたちは、エルナードへの地下道へと案内されていく――。
―――
やがて一行は、斜面にぽっかりと開いた巨大な岩扉の前にたどり着いた。
地表からエルナードへと通じる、ただ一つの出入口。
数メートルの厚みを持つその門は、金属と魔力障壁で強化され、山肌に溶け込むようにそびえ立つ。
クレイアイドルが胸元から小さな音叉のような鍵を取り出し、空中にかざした。
「へいへい、タル様のお友達ご一行様ご到着だよっと!」
キィィン──。
高音が空気を震わせた瞬間、門に刻まれた無数の魔紋が起動。
地を揺らすような音と共に、門がゆっくりと開いていく。
漏れ出したのは、高温と金属の匂い、そして絶え間なく響く地鳴りのような騒音。
「ようこそ、地下の工房都市国家へ!」
―――
門を抜けたレイヴンたちは、岩盤斜面を降下する特殊なリフトに乗せられた。
石と金属と炎の街──幾重にも重なる地下の構造物。
天井からは無数のマギライトが吊るされ、昼夜の区別なく都市を照らしている。
蒸気、火花、金属音が至る所から鳴り響き、静けさとは無縁の空間だった。
「……これじゃあ、夜も静かに寝られないな」
シレイが思わずつぶやいた。
「寝る? なにそれ?」
案内役のクレイアイドルが、心底不思議そうに振り返る。
「俺たちクレイアイドルに休息は不要だぜ? 寝る暇あるなら手を動かしてた方が楽しいぜ!」
「……そりゃまた、だいぶ世界が違うな……」
騒音渦巻く中央工房棟の最奥。
分厚い金属扉の奥に、目的の人物はいた。
「タル様ぁー! 変な奴ら連れてきたぜぇー!」
「変なって言うな……!」
レイヴンが思わず肩をすくめる間に、扉の向こうから渋い声が響く。
「バカやろぉー!誰がヒュム入れろって言ったぁ?!」
奥から現れたのは、深い皺と長い白髭を湛えた老職人――クレイアイドルのタルだった。
魔導技術においてエルナード随一の権威にして、
レイヴンのガントレットを制作してくれた人物である。
「ん? レイヴンか? お前さんはレイヴンか?!」
「ご無沙汰してます。髭、さらに立派になりましたね」
「バカ言え、こっちは伸びるばっかりで切る暇もないわ!……して、どうした?
この国にくるなんて珍しいなぁ!」
「実は……」
レイヴンは頭を下げ、簡潔に状況を説明した。
ウィンダでの交渉失敗、そして現在自分たちが指名手配中であることを。
タルは黙って頷くと、作業台の隅に積まれた書状の一枚を取り上げて広げた。。
「……これのことじゃろ」
そこには、レイヴンの似顔絵と教会への反逆についての罪状、救国の盾の紋章と共に記されていた。
「お前さんの顔は久しく見てなかったが、ワシはすぐにピンときたわ!これはレイヴンのことじゃと!」
「タル爺は神都の会合には一度も出てこなかったからな。顔を合わせたのも久しぶりだ」
「難しい話は性に合わん。ワシはここで金属や鉱石を加工し、モノづくりできることが幸せよ!
がっはっは!!……して、レイヴン坊やは追われているのだな」
タルはその場で書状をくしゃりと丸め、火の魔導灯にかざして燃やした。
「ワシらクレイアイドルは文字は読めんが、事情は分かった。お前さんを捕らえる気はないよ」
「ありがとう……タル爺」
だが、老職人はかすかに眉をひそめた。
「お前さんたちを匿ってやりたいところだが――」
視線を仲間たちに巡らせる。
「竜人族、ヒュム、……あとなぜか娘さん。
お前ら騒音の中で眠れるか? 飯もまともなものは期待できんぞ?
ワシらは鉱石と魔力だけで平気じゃからのう」
「……それは……確かに無理があるか」
「それにな、ここも安全とは言えん。
この指名手配がここまで届いとるってことは、やがてその“盾”とやらの目も向くじゃろう。
だからこそ、ワシは一つお前さんに助言する」
そう言うとタルは、首から提げていた金属製の棒をレイヴンに手渡した。
素材は翡翠と銀、繊細な装飾が施されている。
「これは……?」
「この笛はワシとアリセラ嬢を結ぶ――魂の鍵じゃ。これをアリセラ嬢に見せよ。
ワシの意思も、あの子にも届くだろうて」
「女王アリセラに……?だが、ウィンダは俺の指名手配の通達が」
「ワーッとるわ! 要は直接アリセラ嬢と話ができればええんじゃろ?
……ワシにとっておきの手がある。準備ができたら声をかけてくれ」
レイヴンはその小さな管を見つめ、深く頷いた。
「タル爺、ありがとう」
タルがニヤリと笑みを浮かべる。
「それといってなんだが、落ち着いたらまた船用の資材も買っていけぃ。
今ならワシ特製のおまけ付きじゃぞ?」
レイヴンも苦笑いしながら頷いた。
「はは、そいつは助かる。うちの船長も、いい船になって喜ぶと思うよ」
―――
それぞれが準備に向かう中、工房の奥ではタルとギーグだけが残されていた。
ギーグが静かに口を開く。
「……久しぶりじゃな、"勇者タリアル"。まだこの街で創作をしておったのだな」
タルが不思議そうに眉をひそめる。
「ん? ワシはお前さんと会ったことはないがの?」
「……“リライト”されておったか。……それでも、お主との冒険は忘れておらん。
こうしてまた会えるとはな。嬉しいぞ」
「?? 用がねぇなら、てめーも準備に行ったらどうだ」
「あぁ……そうしよう」
――またいつか、その笛の音色を聞かせてくれ。
ギーグは誰にも聞こえない声で、そっと呟いた。




