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烙印の子  作者: あねむん
《第三章》
20/50

[EP.3-3]迷い子と風の羽音

ノルヴァン山岳地帯。

風が唸るように尾根を渡り、岩肌を削るその音はまるで天が怒っているかのようだった。


レイヴンたちはアレッタ村を離れ、風の国ウィンダへと続く険しい山道を慎重に進んでいた。

道なき道を行く一行の先頭に立つのはシレイ。

彼は鋭い視線で足元の岩場を見極め、一歩ずつ踏みしめていく。


そんな中、ギーグが呟いた。


「この地帯に入ってからというもの、風がビュービューと吹き込んどるわい……」

「ギーグさん、体が小さいから飛ばされちゃいそうですね」


セレンが心配そうに笑いながら言うと、ギーグはしたり顔で言った。


「そうじゃのう。飛ばされてしまうから、セレン嬢の手を掴んでもよいかの?」

「えぇ、構いませんよ」

「お主の手、ツルスベじゃのぉ〜」


それを聞いたシレイが、横から茶々を入れる。


「爺、なんなら俺の手を握れば絶対に離さねぇぜ?」

「嫌じゃ! お主のは鱗でガサガサしちょるわ!」


「……全員でつないでいけば、飛ばされる心配もなさそうだな」

レイヴンが無表情に言い放つ。


「そしたら誰が先頭でこの危険な山登れってんだよ、坊……」


言葉を継ごうとしたそのときだった。

——ヒュゥゥ……ッ!


突風に混じって、かすかな嗚咽が耳に届いた。


「ん……?」

セレンが立ち止まり、音のする方向——茂みの影をじっと見つめる。

その先から、小さな声が震えるように漏れてきた。


「うぅ……お母さん……?」

セレンが茂みに近づき、そっと枝葉を押し分ける。

そこにいたのは小さな羽根を持つ少女だった。

羽は汚れて白く濁り、衣服は破れ、膝には擦り傷がにじんでいる。

何より、その大きな黄色の瞳は、恐怖と不安に濡れていた。


「おい、大丈夫か……怪我をしているのか?」

シレイが身を屈めて声をかける。


「ひっ……! こ、こないで……っ!」

少女は怯え、さらに身を縮めた。


「……俺の顔、そんな怖くないだろう……」

「シレイさんは少し下がっててください」

セレンが諭すように言い、彼をやんわりと下がらせる。


シレイが身を引く。

少女は身を縮めるが、セレンはゆっくりとしゃがみこみ、優しく諭す


「私はセレン。ケガ、治してあげるからね。……お名前、聞かせてくれる?」


少女は少しだけ躊躇いながら、か細い声で答えた。


「……ミラ……」

「ミラちゃんね。安心して。ゆっくりしててね」


セレンは静かに両手を掲げ、癒しの法力を流し込んだ。

淡く柔らかな光がミラの膝に集まり、じわりと傷口を閉じていく。

痛みが和らいだのか、ミラの表情にほんの僅かな安堵の色が浮かんだ。


それを見たレイヴンが眉をひそめて言う。


「なぜこんなところにハーピィ族の子どもが……?母親とはぐれたのか?」


ミラは小さく頷いたあと、ぽつりとつぶやく。


「ううん……お母さんを探してて……このあたりでいなくなったって聞いて……」

「一人で探しに来たのか? こんな危険な山に、そんな小さな体で……」

シレイが険しい顔で言う。


「……一緒に探してやろうぜ、坊」

「……俺たちは急いでいる。こんなところで足止めを食らうわけにはいかない 」


レイヴンが即座に反論する。

「それに、よその国の事情など知る由もない」

「ならせめて、ウィンダまで一緒に連れてこうぜ。その方がここにいるより安全だ」


その時、突如として風の音が変わった。

切り裂くような気流が一行の頭上を駆け抜け、鋭い羽ばたきが近づいてくる。


「……なんじゃ?上から人の姿の影が落ちてくるぞ!」


切り裂くような強風が頭上を駆け抜け、空から鋭い羽ばたきが迫ってくる。

ギーグが指さしたその瞬間、ひときわ強い風が地を叩き、空から一人の女性が舞い降りた。


その背には銀灰色の巨大な翼。腰には冷たい輝きを宿したレイピア。

彼女は風をまといながら一行を鋭く睨み据える。


「そこまでよ、異邦の者ども!」


その声は威圧と怒気を含み、空気を一変させた。

彼女の背後では、複数のハーピィ兵たちが円を描いて飛翔し、包囲の体勢を取っていた。


レイヴンが一歩前に出て、落ち着いた口調で応じる。

「待て、誤解だ。この子は山中で傷を負っていた。我々が保護したに過ぎない」


セーナの目が細められ、声に冷たさが滲む。

「傷を負わせた……の違いではなくて? ……聞くだけ野暮だったわね」


彼女は腰のレイピアに手をかけ、鋭く言い放った。

「売人よ、ウィンダの風に——切り裂かれよ!」


セーナの号令とともに、空に展開していたハーピィ兵たちが一斉に羽ばたいた。

彼女らの翼は風の流れを操るように空気を裂き、

その体は矢のように地上の一行へと突き刺さるかのように舞い降りてくる。


「チッ……やるしかねぇってのかよ!」


シレイが素早く槍を抜き放ち、迫り来る羽の影を迎え撃つ。

空中から襲いかかるハーピィたちの動きはしなやかで素早く、

地上での戦いに慣れた者でも視線で捉えるのが難しい。


「お主ら、殺す気か!? ならばこっちも容赦せんぞぉ!」


ギーグは小さな体に似合わぬ火球を放ち、空中の一点を撃ち抜いた。

爆ぜる炎に驚いたハーピィの一人が体勢を崩し、羽ばたきながら距離を取る。


セレンはミラを庇うようにして立ち、後衛から支援の法術を唱える。

淡く光る風の盾が仲間たちを包み、急降下してきたハーピィたちの斬撃をわずかに逸らす。


「全員、殺すな! 説得の余地はまだあるはずだ!」

レイヴンが鋭く叫ぶ。


「説得ですって……?そんな余地はないわ!」

翼を広げたまま空中で鋭くホバリングしながら、怒りのこもった目でセーナは地上を見下ろしている。


「大いにある!……弁明を受けずに剣を抜くのはやめて頂こう!」


レイヴンは迫り来るセーナの突きを冷静に見極め、左腕のガントレットを滑らせるように動かす。

鋼鉄の音が鳴り、刃が逸れる。

その隙を突き、一気に間合いを詰めると、レイヴンの瞳が真っ直ぐにセーナを射抜いた。


「……レイピアの弱点は、その攻撃で突き出した腕を引くことにある。……俺たちに、戦闘の意思はない」


セーナは剣先を止めた。空中で一拍の間を置き、彼女の眉間に皺が寄る。


「……分かった」

ようやく、セーナの声から敵意が薄れた。

「みんな、剣を引いて!」


その号令に従い、空を舞っていたハーピィたちは旋回し、滑るように風を切って高度を下げていった。

次々に武器が収められ、張り詰めていた空気がようやく緩んでいく。


荒ぶる風の中、静けさが訪れた。

セーナが翼を畳み地に降り立つと、鋭かった瞳を和らげてレイヴンを見つめた。


「……あなたたちは売人などではなかったようね。一方的な敵意で申し訳なかった」

「いや、君たちの立場上、仕方のないことだと思う」


レイヴンは冷静に答える。

「……ハーピィ族の人身売買。疑われても仕方ない現実だ」


セーナは小さく頷き、ひとつ息を吐く。

「理解が早くて助かる。あなたたちは一体……?」


レイヴンは前へ一歩出ると、堂々と言った。

「俺はレイヴン、レイヴン・F・アリア。……訳あって女王アリセラに謁見し、助けを求めに来た」

「アリア……?」


セーナの目がわずかに見開かれる。

「……アリア領の領主がなぜ? ……貴方は今、指名手配中のはずだ」


一瞬、レイヴンの顔が強ばった。思わぬ危険を孕んでいることを彼は理解し始めていた。


「ウィンダにも通達がされていたのか?……俺たちを拘束するのか?」

「……いいえ、ウィンダは厄介事は歓迎しないの。この山岳から離れてくれるなら私は何も問わない」

「あぁ、分かった。……無用な争いは、俺たちも望んでいない」


セーナはしばらくレイヴンを見つめたのち、小さくうなずいた。

「ありがとう。それが賢明な判断よ。風は、他国の争いを運ばないでほしいの」


ふたりの間に再び沈黙が落ちた。しかし、その静けさを破ったのはセーナのやや鋭い声だった。


「それに……なぜミラがここにいるんだ?」


視線の先では、ミラがセレンの後ろに隠れるように立っていた。

小さな手がセレンの服をぎゅっと掴んでいる。


「お母さんを……探しに来たの……」

ミラがか細く、だがはっきりと答える。


セーナの唇が震え、声が詰まった。

彼女は何かを言いかけたが、その言葉を飲み込み、代わりにそっと膝をついてミラの目線に合わせた。


「ミラ、この山はあなたには危険なの。お母さんはウィンダにいるわ。

 だから一緒に——お母さんに会いに帰りましょう」


ミラは一瞬、目を潤ませたが、こくんと小さくうなずいた。

「……そうなの?……分かった」


セーナは立ち上がり、ミラの手を取りながら仲間たちのもとへ戻っていった。

そして翼を広げ、風をはらんで宙へ舞い上がる。

残るハーピィたちも後に続き、やがて一陣の風のように山の稜線の彼方へと消えていった。


再び、山には静寂が戻る。


「……他の国や街でも手配が出てるだろうな。これからどうする、坊?」

シレイが肩をすくめながら訊いた。


「エルナードへ向かう」

レイヴンは迷いなく言った。


「は? あの技術屋の巣か? まぁ、ウィンダよりは安全かもしれんが」

「あそこはアリアと交易がある。船の資材や修理用の鋼材はエルナードから輸入していた。

 ……タル爺になら、頼れるはずだ」

「だな。タル様に頼んで匿ってもらおうぜ」


「ほう……」

ギーグが意味深に発言する。


風が唸るノルヴァン山岳の稜線を越え、彼らは険しい崖を伝い古い交易路の残滓を辿ってゆく。

2025/6/8 すみません、今後の話で詰んだので後半書き直しました。

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