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烙印の子  作者: あねむん
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[EP1-1] アリアの朝

港町アリア。

 穏やかな海風が吹く朝、漁船の帆がいっせいに広がり、魚の匂いと潮の気配が街中に溶けていく。


アリア邸で目覚めたレイヴン・F・アリアは、

冷たい海風が流れ込む窓から光を差し込ませながら静かに起き上がる。普段と変わらぬ平穏な朝。

だが、今日もまた彼の肩には重い責任がのしかかっている。

身支度を整えた後に、いつものノック音が一日の始まりである。


「おはようございます、レイヴン様」


長い白髪を後ろで一つに束ね、顎には短く整えられた白髭——

老執事ゴードンがいつものように朝の挨拶を交わす。

長年、アリア家に仕える忠臣であり、レイヴンが物心つく前から側にいる。


「おはよう、ゴードン」


レイヴンは軽く頷きながら、書類が並べられた机に視線を向ける。


「昨日挙げた報告書についてですが、確認されましたか?」


ゴードンが静かに問いかける。


「あぁ、見させてもらったよ。漁業の件が気になるな」


レイヴンは報告書の一枚を手に取りながら言った。


「漁は好調とのことですが、最近は未成熟な魚が目立ち始めております」

「……未成熟な魚か。漁師なら、そんなものを獲るのは避けるはずだが」

「ええ。常識ではございますが――生活が、それを許さないのです」


ゴードンの声音がわずかに沈む。


「市場が“量”を重視し始めておりまして。商人たちは小ぶりな魚でも、数が揃えば買い取ります。

 生活が苦しい者にとっては、背に腹は代えられぬ状況かと」

「魚も、この街の暮らしも、どちらも両立できないものか……」


レイヴンはしばらく黙って考える。


「まずは市場側と話をしよう。買い手の意識が変わらねば、漁のやり方も変えようがない。

 ……啓蒙だけでは限界がある」

「なるほど。それでは交易組合との面会を手配いたしましょうか?」

「頼む。住民には現場で動く者なりの知恵がある。俺たちはそれを潰さぬよう、場を設けよう」


大まかな方針を示すとゴードンは小さく頷いた。


「では、具体策については追って相談ということで」

「あぁ。……俺は少し教室へ行ってくるよ。昼までには戻る」


そう言ってレイヴンは立ち上がりマントを羽織った。


「気分転換、ですか?」

ゴードンが口元を緩める。


「そのつもりだったが――もう言い訳に聞こえるな」


レイヴンは自嘲気味に笑いながら、執務室を後にした。

書類の山に疲れたというのも本音だったが、何より今、無垢な声に触れたかった。

――政治と数字だけでは、この街の温度は測れない。

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