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烙印の子  作者: あねむん
《第三章》
19/50

[EP.3-2]指名手配のレイヴン

陽が天頂を越えた頃、レイヴンたちは神殿跡地を後にした。

シレイのみが同行し、他の衛兵たちはアリアへ帰還していった。


跡地に残されていたボロボロのフードを羽織り、レイヴンはそれを深く被る様に顔を隠す。


「……さて、俺たちも行こう。ウィンダに向かうには途中の検問を越えなきゃいけない」


「お主の顔が割れてないといいがの……」


道中、最初の村——アレッタに着いたのは夕刻前のことだった。

小さな詰め所の掲示板に、彼らはそれを見つける。

——『レイヴン・F・アリア 国家反逆罪により指名手配。目撃情報に賞金100000G』


無骨な筆致と血のように赤い印影。


「……仕事が早いな。さすがは教皇直属の騎士団ってところだな」


視線を逸らしフードをさらに深く被り直す。

隣のギーグが唸るような声で呟いた。


「むう……これでは村の中に入れんのう」


掲示板の周りには既に数人の村人たちが集まり、ざわざわと声を交わしていた。


「……おい、これ本物か?」「どっかで見たことあるような……」「報せたら100000Gだってよ!」


それらの声を背にレイヴンは小さく息を吐き、仲間へと向き直る。


「……ここでは俺とギーグは目立つ。村の中には入らない。俺たちは村外れで野営する。

 セレンとシレイは宿を取って休んでくれ」


シレイが頷き、応じた。


「分かった。検問の情報や坊たちの食糧を揃えてくる」


「いや、旅に必要な分だけ揃えてくれればいい。今夜の食糧は……現地調達してくるさ」


セレンが訝しげに眉をひそめた。


「現地調達……ですか?」


それに代わって、シレイが苦笑しながら口を開いた。


「まぁ、坊なら何とかするだろう。だが、無理はするなよ」


―――


日が傾き始める中、アレッタ村の外れに広がる森へと足を踏み入れた。

その歩みは迷いなく、周囲の地形や風の通りまでを読むように鋭い視線を巡らせている。


この森はかつてアリアの若手兵士たちの訓練地として、使われていた場所だった。

領主となる前のレイヴンもまた、ここでシレイたちと剣を交え、野外演習に明け暮れた。

天幕の張り方、焚き火の火加減、寝床に適した茂みの選定――

一つひとつの動きが過去の記憶に裏打ちされたものだった。


「ふむ……お主は“領主”と言っておったが、野営の知識も備えていたとはのぉ。

 この短時間で獲物を三羽も仕留めてくるとは、ただ者ではないぞ?」


ギーグが丸太に腰を下ろしながら、感心したように呟く。

レイヴンは微かに笑みを浮かべながら毛皮を剥いだトリウサギを串に刺し、焚き火の上へとかざす。


「小さい頃から知っている場所だ。……また訪れることになるとは思わなかったが。

 アリアの者はみな、船と剣と風を恐れない。

 体が強くならなければ海の仕事も務まらないからな。風習みたいなもんさ」


「それに昔から外に出る機会は嫌いじゃない。……それがまさかこんな事態になるとはな」


「……お主の立場上、大きな変化であることは間違いないじゃろう」


ギーグは焚き火の火を見つめながら、静かに言葉を返した。

焚き火の炎がぱちぱちと音を立て、焼けたトリウサギの脂が香ばしい匂いを立ちのぼらせる。

ギーグはさも嬉しそうに串を両手で持ち、豪快にかぶりついていた。


「……む、これはなかなか香ばしいぞ。見た目は小さいが肉付きも悪くない」


「アレッタの森は根菜と小動物には恵まれてるからな。味も悪くないはずだ」


レイヴンが串を傾けると、滴る脂が炎に落ちぱっと火の粉が跳ねた。

その光にギーグの横顔が照らされる。彼はまるで子どものように目を輝かせていた。


「ふふ、肉を食うのは久しぶりじゃのう。

 ワシなど、長らく土の中じゃったからな……陽の香りも懐かしい」


「土の中?……モグラの類だったのか?」


レイヴンが冗談めかして返すと、ギーグは口元に肉をくわえたまま目を細めた。


「ぬはは、違う違う。ワシらはそうじゃな……“地底人”とでも呼んでくれ」


串をくるりと回しながら、ギーグが得意げに続けた。


「この星の地中――深く暗い空洞に広がる世界でワシらは代々暮らしておる。

 見た目はやせ細っとるが、ワシらから見ればお主ら地上人のほうがよほどぶくぶくじゃぞ?」


「……どおりで聞いたことも見たこともないわけだ」


「知られずにいるのが本望なんじゃよ。ワシらは"星と共に生きる民"でもあるからのう。

 地表の営みよりももっと深く、もっと長い時間を見通しておる」


ギーグは遠くを見るような目で、焚き火の奥に何かを見つめるように沈黙した。


「この星の命脈を感じ取り、時に必要な手を打つ。

 ……今回、ワシがこうして動いておるのも星の存続のため。つまり、そういうことじゃよ」


レイヴンは一瞬眉をひそめたが、すぐにその表情を緩めた。


「大それた話だが……あんたが動くときは、世界が静かじゃいられないってことか」


「カカカ! 疫病神扱いとは心外じゃな!

 ……まぁ、うまい肉が食えたのも地上に出てきた甲斐の一つではあるがのう」


焚き火の炎が小さくなり、森のざわめきが静けさに包まれる。

ギーグはごろんと丸太のそばに転がり、すぐに穏やかな寝息を立てはじめた。

レイヴンは最後に焚き火を崩しながら、星空を仰いだ。

「……明日は、どう動くか決めないとな」

森の夜は、静かに更けていった。


―――


鳥のさえずりと冷たい朝霧が森を包み、柔らかな陽光が枝葉の隙間から差し込んでいた。

焚き火の跡からはうっすらと煙が上がり、地面に残された灰に夜の名残を感じさせる。


目を覚ますと、すでにシレイとセレンの姿が森の入り口にいた。

二人は簡素な朝食を手にしており、どうやら先に目を覚まし村まで行って戻ってきたらしい。


「起きたか、坊。朝飯と水は確保した。

 詰め所の様子も見てきたが……まだ騎士団の動きはない」


「ありがたい。こっちも準備は整いつつある」


「だが、あちこちでアルシェンが活動を始めていると聞いたぜ。」


アルシェン――教皇に弓を引いた民衆の連帯。

かつては山奥や荒地に潜み、虐げられた者たちが寄り集まる組織として名を知られていた。

だが近頃では、都市近郊の村や街道沿いでも目撃されるようになってきている。


「なぜ今になって、表立って動き始めた……?」


レイヴンの呟きに、シレイが腕を組みながら答える。


「フィレーナからの戦争逃れ、ウィンダでの孤立的思想の違い、それに武器国家オルダンの奴隷……

 居場所を失った者たちの受け皿がアルシェンってわけだ。

 今の“エンデの統制”を良しとしない奴らは思っているより多い」


「それに、活動と言ってもどうやら構成員の募集みたいだぜ。

 ……アルシェン内で人手不足なんじゃないか?」


レイヴンは口には出さなかったが、アルシェンの動きは偶然とは思えなかった。


「……アルシェンが動こうが、俺たちには関係ない。」


レイヴンがそう呟くとシレイはわずかに頷いた。


「今はこの場から離れるのが最優先だ。何にせよ、救国の盾に捕まったら終わりだからな」


一行は荷を背負い、森の縁へと歩を進める。


日は高く昇り、街道には柔らかな陽光が降り注いでいた。

誰に姿を見られることもなく、彼らは静かに村を後にした。

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