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烙印の子  作者: あねむん
《第二章》
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[EP.2-9]朝焼けの教会

微かな水の音と岩肌をなでる風の気配だけが空間に残っている。

セレンは岩壁にもたれかかり浅く呼吸をしている。まだ目は覚まさない。


レイヴンは焚き火のそばに腰を下ろし無言で炎を見つめていた。

隣に腰を下ろしたギーグが、ふうと長く息をついた。


「……いやはや、セイレイ様の言葉は圧巻じゃったがな。今はワシには何も頭に響かんわい」

レイヴンは微かに笑った。だがその目は疲れ切っていた。

「……俺とセレンには契約以降も聞こえる。たぶん、この場所の効力がそうさせたんだろう」


今、この神殿はただの建造物に成り果てている。

さっきまで確かに感じた威厳も今は虚ろで空っぽな空間に変わっていた。


ギーグは背中を伸ばしてから、焚き火の光に照らされたセレンをちらりと見た。


「だが、見えたぞ。あの子がどれだけの覚悟を持ってその契約を結んだか……な」

「……」

「お主の言葉を受け止め、受け返し、最後には自分の意志で立った。

 あれはただの修道女では到底できぬ業じゃ」


レイヴンの肩がわずかに震えた。だがそれは怒りではなく迷いにも似た感情の揺らぎだった。


「俺は……彼女を巻き込んだ」

「違うな」


ギーグの声が低く、しかし洞窟の静寂にしっかりと響いた。


「お主が“巻き込んだ”というなら、わしらみんな誰かを巻き込んどるわい。

 だがのう、あの子は違った。自ら進んでその道を選んだのじゃ」

「……」


「契約の儀を見たのは初めてじゃが、あれほどの力が交わされるとは思わんかった。

 光も空気も、時の流れさえ……まるで別の世界じゃった」


ギーグは火に小石をくべながらぽつりと言葉を続ける。


「きっと、あの子もこれから――声に惑わされ、苦しむ時が来るじゃろう。

 じゃがな、傍にお主がおれば……きっと乗り越えられる。ワシにはそう思える」


レイヴンはしばし黙し、目を閉じ深く息を吐いた。


「……ああ。そうであってほしい」


その声にはかすかな希望と、深い覚悟がにじんでいた。

焚き火の炎がぱちりと弾ける。静寂が再び洞窟を包み込む――。


―――


朝日が差し込み洞窟の中にも自然の光が満ち始める。

セレンが目を開けぼんやりとあたりを見回した。


「……レイヴン様……」

「もう平気か?」

「はい……少し、夢を見ていたような。でも、不思議と身体は軽いです」


レイヴンは微笑み、彼女に手を貸して立ち上がらせる。


「そうか。じゃあ、行こう。出口を探す」


やがて一行は洞窟を抜け外の世界へと出た。

そこは、かつて訪れた静かな聖域――第二フィーネ教会のすぐそばだった。


―――


だが、その教会の様子は明らかに異常だった。

周囲は鋼鉄の鎧に身を包んだ騎士たちによって厳重に取り囲まれ、入口は封鎖されている。

その旗印は、神都エンデ直属の近衛騎士団――《救国の盾》。


教皇の命令でしか動かないはずのその部隊が地方の教会を包囲している。

セレンがその異様さに目を見張った


「……まさか……教会が包囲されているなんて……」


セレンは声を失ったように口を開けかけ言葉を飲み込んだ


ギーグは眉をひそめ、低く唸る。


「妙じゃな……まるで敵地のようじゃ……」


兵の中心に立っていたのは全身黒甲冑に身を包んだ一人の騎士だった。

顔は兜に隠され表情は伺えないが、背に携えた大剣の存在感が異彩を放っていた。

刃渡りは騎士の身の丈ほどもあり、片刃の刀身には補助の握り。戦場を知る者の装備だ。


男は首を鳴らし、うんざりしたように口を開いた。


「朝っぱらからご苦労なこった……俺が駆り出されるなんて、そうそうねぇんだがな」


彼の視線の先には、教会の前で拘束されているシレイたちアリアの衛兵の姿があった。


「夜中にドンパチやらかしてくれたらしいな?……しかもここ、教会だぜ?

 場所を弁えなかったな、あんたら」


シレイが叫ぶ。


「ふざけるな!俺たちは襲撃犯じゃない!急に礼拝堂が……坊がいなくなって……」


黒甲冑の騎士が肩をすくめ片手で兜を軽く叩いた。不意にその声が鋭さを帯びる。


「アリア所属の衛兵が教会を襲撃。重罪も重罪。叛逆の意思ありと見なされても文句は言えねぇだろ?」

「シレイ……!」


レイヴンが思わず声を上げたが、その肩をギーグが押さえる。


「いかん。状況がさっぱり分からぬうちに無意味に飛び出しては元も子もないぞ!」

「くっ……!」


レイヴンは唇を噛みしめ、その場に踏みとどまった。

その時、教会の扉が開き一人の女性が担架で運び出される。


「マザー……!」


セレンが駆け出し、レイヴンもすぐに追う。


ギーグは頭を抱えながらも後を追った。


「やれやれ……我慢のできん種族じゃのう、ヒュムは……」


三人が駆け寄った先で黒甲冑の騎士がゆっくりと振り返る。

兜の奥から冷ややかな視線が突き刺さった。


「ほう……犯人は現場に戻ってくるってか? 初めましてだな、——アリア領主、レイヴン様」


そして兜を外し素顔を晒した。短髪の赤髪、鋭い目をしたニヒルな男。

その口元にはどこか皮肉めいた笑みが浮かんでいる。


「私、《救国の盾》第ニ位階執行官——キーラ・フォルカス。

 法と秩序をもって、この件を“処理”する任を負っています」


キーラはわざとらしく肩をすくめ、続けた。


「一通り説明させて頂くが、容疑者は君たちアリア領主とその衛兵たち。

 夜間にマザー・テレシアとシスターへの襲撃、そして礼拝堂の損壊。

 目的は知らないが、それも今から聞けるだろうさ」

「それは違う! 襲撃は女の暗殺者が——!」

「黙れ」


キーラが手を上げると同時に背後の騎士たちが一斉に動き、シレイに槍を突きつけた。

空気が一瞬で凍りつく。


「口を挟むな。すでに“証拠”は揃っている。目撃者、負傷者、そして破壊された聖堂。

 あんたらを連行する理由は、いくらでも立つ」


レイヴンが一歩踏み出した瞬間、兵たちが一斉に剣を抜く。


「マズいのう……完全に敵と見なされておる」


ギーグが小さく舌打ちする。

だが、レイヴンは剣に手をかけなかった。

その代わりに、抑えた声でキーラに問いかける。


「キーラ、聞いてくれ。俺とシスター・セレンはあの夜、礼拝堂より女刺客の襲撃にあった。

 確かにその襲撃の際に俺たちは教会から離れているが、衛兵達は夜間の間見回りをしていた。

 彼らがこの礼拝堂を破壊する道理はどこにもないはずだ!」


「だが事実、容疑はお前たち以外いるのか?ならその女刺客とやらを俺の前に出してくれよ」

「それは……」


……あの混乱の中、あの女は跡形もなく姿を消した。証拠も痕跡も、何一つ残さずに。

唯一、彼とセレンの記憶だけが真実を語っていた。


キーラが鼻で笑った。


「だろうな。いない、姿も見えない、証拠もない……便利な“幻”だ」

「見損なったぜアリアの領主様。

 話の辻褄さえ合えば罪人をかばって反逆を犯しても構わねぇってわけか?」


「……確かにその証拠はない。この場を弁解する術は持ち合わせてない。

 だが、俺の部下に手を掛けることは許さない」


レイヴンは剣の柄に手を添える。


「……おいたが過ぎるぜ領主様。のしとくか?」


刹那、キーラの足が地を蹴った。

まるで待っていたかのように黒甲冑がレイヴンに向かって突進する。


「くっ……!」


レイヴンが反射的に剣を抜き間一髪でその一撃を受け止めた。

重たい刃がぶつかり合い火花が散る。一撃。二撃。

そのたびに教会前の石畳が軋み、空気が震えた。


——だが、明らかだった。

レイヴンは防御に回りキーラは容赦なく攻め続ける。

重厚な剣筋に緩みも隙もない。


「領主にしては悪くねぇ腕だ……だが、実戦じゃ俺が一枚上だ」


キーラの刃が横一文字に振るわれた。

レイヴンは受けるが力の差が如実に現れ、体勢を崩す。

地に膝をついたその瞬間、追撃が振り下ろされる——!


「やめろおおおッ!」


シレイの叫びが響いた。それでもキーラの大剣は止まらなかった。


その時だった。

レイヴンを中心に影が沸いた。

墨を落としたような黒煙が地を這い、爆ぜ、風に乗るように教会全体を覆う。


《お前たちにこの子は殺させない》


「っ……なんだこれは……!?」

「視界が……!」


騎士たちが次々と剣を構えるが、影は見る間に霧となり、その場の空気ごと撹乱していく。

キーラが舌打ちし視界の中心を探る。だが、そこにはもうレイヴンの姿はなかった。


視界が揺れ、地面に落ちるような感覚の後——

彼らが目を覚ましたのは、崩れかけた古い聖堂だった。


ある衛兵がぽつりと呟く。


「ここは……精霊の神殿か?」


ギーグが天井の抜けた空を仰ぎ、低く唸る。


「ワシらは……ここに戻ってきたというのか……」


その時、レイヴンの胸の奥に、声なき声が届いた。


「シャドウ……今のはお前の力なのか? ……ありがとう」

《礼はいい。今は少しでも休め》


応える声はもう届かなかったが、

どこかで確かに見守られている——そんな気配だけが彼の中に残った。


仲間たちは疲れ果て、崩れた神殿の石の上に腰を下ろし始めていた。

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