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烙印の子  作者: あねむん
《第二章》
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[EP.2-7]追跡者の影、聖域の影

冷たい風が頬をなぞる。


乾いた土の感触とかすかな痛みとともに目を開けた。

頭の奥に鈍い重みがあり、意識がゆっくりと現実へ戻っていく。

仰向けになった彼の視界には星空が淡く瞬いていた。


——ここは……どこだ?


手足に擦り傷はあるが致命的な怪我はない。

起き上がって周囲を見渡すと、そこは夜の草原。遠くにぼんやりと町の灯りが揺れていた。

近くにあの女刺客がいないことは確認できた。


記憶が断片的に蘇る。あの女刺客との交戦、咄嗟の交差、そして突如生じた閃光と衝撃——。


「あの爆発で……飛ばされた、のか」


理屈では説明のつかない出来事を強引に納得するように自分に言い聞かせる。

目の前にある現実の方が、今はよほど重要だ。


「セレン……!」


すぐ傍で小柄な少女が静かに横たわっていた。彼女も意識を失っているようだ。

破れたローブの背中が風にめくれ、そこから微かに淡い光が漏れている。


それはまるで皮膚の下から浮かび上がるような魔力の文様だった。

複雑で、儀式的で、あまりに見覚えがある。彼の中で何かが冷たく固まる。


「……烙印、だと……?」


闇夜の冷気が一層鋭く感じられる。

セレンの体から漂うその光にレイヴンは目を凝らし、心の奥で何かが崩れる音を聞いた。

彼女の背にそれがあるという事実は、単なる偶然では済まない。

だが、考えるより先にあの声が頭に響いた。


《今は身の安全を確保せよ。魔物が来るかもしれんぞ》


シャドウの声が頭に響いた。

言葉の意味は正しい。ここはどこかも分からない夜の草原だ。魔物の徘徊も十分に考えられる。

レイヴンは深く息を吐き、気持ちを切り替えるように辺りを見渡す。

すると、近くに見えた岩山の裂け目へとセレンを抱えて移動した。


内部は広く、奥へ続く道もあるようだった。

何かの装飾が壁に刻まれ、ただの自然洞窟ではないことをうかがわせた。


入り口付近にセレンをそっと横たえると、彼女は微かに身じろぎして目を開いた。


「……ここは……レイヴン様、大丈夫ですか?」


その問いかけに応える代わりに、言葉を選びながら口を開く。


「あぁ、大丈夫だ。その……背中の……それは」


言葉を選びかけたがセレンはうっすらと笑って、指を背に添えた。


「……やっぱり、見えてしまいましたか。

 私がマザーに拾われたときから、この文様はすでにあったんです。

 多分、この文様のせいで私は両親に捨てられたんですね。」


「私はこの印が好きじゃありません。でも、だからこそ……知りたいんです。

 なぜ私に文様があるのか、知ることで少しでも“自分”に近づける気がするんです」


言葉の端々に強い意志が感じられた。過去を背負い、それでも前を見据える瞳。

その時、再びシャドウの声が鳴る。


《静まれ。……何かが来る》


再びシャドウの声が響いた瞬間、洞窟の外から風とは異なる低い唸りが聞こえてきた。

木々をかき分ける音。何か大きなものがこちらへと迫っている。


「……見つかったか。クソッ」


セレンを背負う形で立ち上がる。

洞窟の出口に目を向ければ、すでに闇の奥に複数の目が光っていた。


——あの女刺客の仲間か、それとも魔物か。


どちらにせよ戦える状態ではない。唯一の選択肢は——奥へ逃げること。


「行くぞセレン。奥に道がある」

「えっ……でも、レイヴン様……!」

「掴まってろ!」


岩の間をすり抜けるように進むうち、洞窟は次第に人工的な構造へと変わっていった。

壁には古い碑文と装飾。天井からは崩れかけた石柱の残骸が垂れている。


やがて彼らの前にひとつの影が立ちはだかった。

背丈は子供ほど。灰色がかった肌に細い体躯、長い耳、獣のような目。


レイヴンはセレンを下ろし、即座に剣の柄に手をかけた。


だが、その陰から発せられた言葉は——。


「……こらこら、その物騒なもんに手を掛けるでないわい」


レイヴンとセレンは一瞬、固まった。


「……喋った……魔物が?」

「おおっと、ワシを魔物とみなしたか!あやつらと一緒にするでない!

 偏見はいかんぞ若造。こう見えてワシ、異例の高学歴なのじゃ。

 読み書き算術に、魔法までいけるクチよ。どうじゃ、賢いじゃろう?」


満面の笑みを浮かべて自慢げに語る魔物にセレンがぽかんと口を開けた。

レイヴンは警戒を解かぬまま言った。


「……それがなんだ。こっちはさっきまで命を狙われてたんだ」


その魔物は眉をひそめたような顔で、ぶんぶんと手を振った。


「そう怒るでない。ワシにその気はないぞ」


剣に添えた手を緩めない。


「何者かも分からない奴の言葉を、しかも魔物の言葉を信じろと?」

「だから魔物じゃないと言うとろうに……。

 ふむ……何があったかは知らぬが、お主、その身に烙印を宿しておるな?」


魔物の目が細くなる。獣のような双眸がセレンの背を見据えたまま微かに光った。


「体より発せられる光、見覚えがあるのじゃ。まこと珍しいやつよ。」


セレンはうつむき、手で無意識に背中を覆った。

だがセレンの目は何かを求めるようにその魔物を見つめていた。


「あなたは……この文様のことを、知っているんですか?」

「全部とは言わぬがな。

 だが、少なくともその印がセイレイ様の“封印”と“契約”に関わるものだということは確かじゃ。

 そしてそれが胴体の烙印——“キョウの烙印”ということも知っておるぞ」


"キョウの烙印"……それがセレンの宿している烙印の名称なのか?——

レイヴンが一歩前へ出た。


「……あなたは、何者だ」

「ワシの名はギーグ。賢者ギーグじゃ。

 ワシは……セイレイ様に会いに来た、ただの老いぼれ爺じゃよ。」


「腰を落ち着かせるならこの先に“神殿跡”がある。

 今は瓦礫の山じゃが結界の残滓くらいはあるじゃろうて。休むには悪くないぞい。」


セレンが口を開いた。


「……じゃあ、一緒に来てくれますか? この印の意味を、教えてくれるなら……」

「セレン」

「だって、私たちだけじゃ手がかりもないし……この人、なんだか信用できそうな気がするんです」


ギーグが鼻を鳴らした。


「ほれ見い。若者の見る目はなかなかのもんじゃ」


レイヴンは逡巡した。だが、ギーグの言葉には裏表が感じられない。

何より——あの印について、手がかりを持つ数少ない存在であることは確かだった。


「……条件がある。俺たちの行動に従い勝手な真似はしないと約束してくれ。貴方を、信じてみる」

「よかろうよかろう! ワシ、誓うぞ! 物分かりが良い子は好きじゃ!」


異形の案内に導かれ、彼らは奥へと進んでいった。

やがて行き着いたのは、崩落した天井の隙間から月光が差し込む、朽ちた神殿跡だった——。

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