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烙印の子  作者: あねむん
《第二章》
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[EP.2-5]つかの間の休息

扉を抜け塔の外で待機していた馬車へと足を向けた。

御者に軽く目配せを送りそのまま軋む座面に腰を下ろす。


扉が閉まり馬車がゆっくりと動き出すと、辺りには再び静寂が戻った。

……だが、その静けさは長くは続かなかった。


《中々の観劇だったぞ。教皇相手に言い返せるとはな。やはり君は面白い……クックックッ……》


思考の内側に響く、嗤うような声

シャドウが、思念体としての気配を濃くしながら、嘲るように笑う。


《君がもし、世界の均衡を担う者ならば……今ここで首を縦に振るのが“責務”だったのではないか?》


窓の外を眺めながら、答えずにいた。

街路の石畳を人々が行き交い、日常の営みが広がっている。


《レイヴン、君は人だ。だが同時に我らの“声”を聞く者だ。人の事情だけで答えを出していいのか?》

「だったら聞かせろ。お前たち精霊たちは何を訴えてる?」


問い返す声には、わずかに苛立ちが混じっていた。


《……それを知りたいなら、自ら向かうしかあるまい。

 精霊の意思は、風に乗って互いに届くほど安易ではない。》

「……思ったより不自由なものだな。精霊というのは」


皮肉混じりの言葉に、シャドウは楽しげに笑いを重ねる。


《曖昧な警告と、予測もできぬ異常。

 ……それを“決断”の根拠にできぬというなら、それもまた良かろう》

「それでも──俺は、“地に立つ者”としてしか、選べない」


その一言に、シャドウは満足げに気配を引いていく。


《ふむ……それも、“人らしさ”か》


やがて馬車は、先の中継地点に戻った。街路に並ぶ兵の姿。シレイの顔も見える。


「待ってたぜ坊。意外と早かったな」


軽口を叩きながら近づいてくるシレイに、レイヴンは軽く肩を竦めた。


「ああ。召集されたのは俺ひとりだった。拍子抜けするくらいにな」

「へぇ……話の内容が気になるところだけど、ここで長話するのもな。教会に戻るのか?」

「ああ、第二フィーネ教会へ向かう」

「了解。──お前ら、周囲に目を光らせておけ。行くぞ」


街のざわめきを背に、一行は再び馬を進めた。


―――


一行はエンデから離れ教会へと足を運ばせた。

しばらく進んだのちシレイがぽつりと呟く。


「アリアだけに招待状が届いてたって話、ほんとに異例だな」


シレイが馬車の外からレイヴンに問いかける。


「フィレーナの情勢が関係しているようだ。……火の精霊の力が不安定になっているらしい」

「……戦争の影響か?」

「ああ。戦火の高まりが、精霊の均衡を揺るがしている」

「……」


シレイは口を閉ざした。彼はフィレーナの出身だった。だが、すでにそこを離れて久しい。

祖国の変化を耳にしながら、それでも帰ることのなかった自分自身に、

どこか引け目を感じていたのかもしれない。


「……で、その話に絡んで、俺の左腕のことが話題に出た」


シレイは驚愕した後、声を落ち着かせた。


「……烙印のことか、また妙な話になりやがったな」

「精霊と対話できる立場として各地に赴いてほしいと。だが、断った」

「そうか……。教皇の申し出を断るって、なかなか胆力いるな」

「ただの“確認”だっただけだ。俺の意思を聞きたかっただけならそれで済む」


その声はわずかに疲れが滲んでいた。

その疲労は、教皇との対話そのものより自らの立ち位置に対する葛藤から来ているようだった。


「……いざとなったら、俺も行くよ。フィレーナに」


ぽつりと、シレイが言った。

レイヴンは一瞬だけ視線を向けたが言葉を飲み込むように目を伏せた。

その沈黙に、わずかな感謝が滲んでいた。


──風が、馬たちのたてがみを揺らす。


陽は西に傾き始め尖塔の影が地を長く伸ばしていた。

遠く、第二フィーネ教会の姿が見えてきた。


―――


茜に染まる夕暮れ、旅の疲れを連れて一行は第二フィーネ教会の門をくぐった。


衛兵たちは周囲の安全を確認したのち、手短に交代の段取りを決めそれぞれ休憩に入り始めた。

そんな彼らにレイヴンが穏やかな声をかける。


「みんなご苦労だった。しっかり体を休めてくれ」


言葉は簡素だが、その響きにねぎらいの意が込められていた。

レイヴンは馬車から降り、重厚な教会の扉を押し開ける。

中から現れたのは、白衣に身を包んだ穏やかな表情のマザーだった。


「お帰りなさいませ、レイヴン様。長旅お疲れさまでした」

「ありがとうございます、マザー」

「お食事の準備が整っております。今夜は、根菜のシチューと焼きたてのパンがございますよ」

「それはありがたい。きっと、皆も喜びます」


優しいやりとりが、教会の静けさに柔らかく溶けていく。

……しかしその静けさは、今夜訪れる嵐のほんの予兆にすぎなかった。

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