大学院卒業したての宰相候補生を励ました十二国の星芒
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
私こと楽永音、今ではこの紫禁城での出仕にも慣れて参りました。
少し前までは中華民国の台北大学で勉学に励んでいたというのに、今は中華王朝の若手官僚。
大学院の卒業直後で此程まで生きる環境が変わるとは、全く驚くばかりですよ。
何しろ現在の私は、中華王朝の政務に携わる丞相なのですから。
今は未だ相国の徐福達老師より引き継ぎも兼ねて指導を受ける身上では御座いますが、私を見い出して下さった愛新覚羅紅蘭女王陛下や老師の御期待に添えるよう、宰相として立派に御役目を果たしたい所です。
それを改めて実感したのは、十一月の或る日の事でした。
「ほう、これは…」
翌日の政務の打ち合わせを終えて執務室を辞そうとした私は、窓から見える星空に思わず驚いてしまったのです。
一年を通して温暖な台湾で育った私にとって、十一月の北京の寒さと暗さは冬のよう。
旧暦で十一月が冬に指定されていたのも、今では頷けますよ。
とはいえ寒さで空気が澄んでいる為か、星々の輝きが美しく感じられたのは僥倖でしたね。
「如何なさいましたか、丞相?おお…今宵はまた、十二国の星芒も一際美しく。」
怪訝そうに立ち上がられたのも束の間、丞相は感極まった御様子で窓へ歩み寄られたのです。
「十二国?老師、あの位置の星座は山羊座と御見受け致しましたが…」
「西洋星座なら左様で御座いますな、丞相。」
訝しがる私の問い掛けに、相国は穏やかな微笑で応じるのでした。
この父性に満ちた落ち着きこそ、相国が女王陛下から「亜父」と慕われている由縁の一つなのでしょう。
「しかし中華に伝わる二十八宿において、あの星々は女宿の十二国と申すのです。」
越に趙、周に斉、鄭に楚、秦に魏、燕に代、そして韓と晋。
戦国時代に覇を競った十二の諸侯国は、今は星となって地上を見守っているのでした。
「御覧なさい、丞相。あの一際輝く星を。あれこそ燕の星で御座います。」
「老師…それは正しく、我が先祖の楽毅が仕えた国で御座います。」
我が一族の祖である楽毅は、自身を重用してくれた燕の昭王に最後まで敬愛の念を示した忠義の人。
あの夜の燕の星が放った眩い輝きは、そんな楽毅の末裔である私への励ましなのでしょうか。
ならば私も御先祖様同様に、主君への忠義を尽くすのが筋で御座いましょう。
高祖劉邦や諸葛亮にも敬われた、我が祖霊の名に恥じぬ為にも。
そして何より、私を見い出して下さった陛下の御期待や厳しくも温かい老師の薫陶に報いる為にも。