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ベンチから喫茶店へ

空に向かって伸ばした手は、小さくて大きい。太陽の光が指に遮断されて、チラチラと緩急をつけながら目に入り込んでくる。見えたと思ったら消え、消えたと思ったらまた現れる。冷めきったコーヒーは、そこはかとなく太陽の香りがした気がした。


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「それさ昨夜も同じこと言ってなかった?」

賢一は不思議そうに僕を横目で見てくる。冬本番に差し掛かるというのに、彼は薄いパーカーの上にこれまた薄いジャージを羽織っていた。大学時代からの知り合いで、家が近いという理由で休日にもこうして暇な時に会って駄弁るのだ(休日と言っても、僕らは大学を中退したから実質毎日が休日なのだけれども)。

「他に話す話題もないだろ。」

僕がそう言うと、彼は納得がいかないのか仕切りに口をモゴモゴさせている。「同じこと」というのは特別大した内容でもないが、最近昔(特に子供の頃)のことを忘れがちなのは脳みそが働いていない証拠であるから、頭を働かせるために折角時間もあるのだし何か面白いことでもしようという話だ。

「んで、面白いことってのはなんか見つかったわけ?」

「いやぁ?特に。」

賢一は「そうですか。」と言う代わりに呆れた様子で空を見上げている。その横顔が、なんだか昔見た青春ドラマのワンシーンみたいで面白かったので僕も一緒になって顔を上げてみた。

「なぁ孝輔。俺らってなんか、あの雲みたいだよな。」

彼の悪い癖だ。自分の境遇を何時も何かと重ねている。いや、僕がそう思っているだけで、もしかしたら賢一は僕よりずっと沢山のことを考えているのかもしれない。悪い癖だと思うのは、自分達のおかれた状況を少しでも美化したいという僕の欲なのかもしれない。若い芽は膨らんで、いつか花が咲くのではないかと勝手に妄想している僕の方が彼よりよっぽど悪い癖を持っているに違いない。フワフワと浮かんでいる雲は、確かに僕らのようなプー太郎に少し似ていた。

ちょうど正午に差し掛かった頃、腹が減ったので近くの駅のロータリーにある喫茶店に僕らは入った。少し無愛想なウエイトレスの女性が小さな声で「いらっしゃいませ。」と言っていたが、席に誘導する様子でもなかったので僕らは窓際にあるテーブル席に向かい合って座った。余程お腹が空いていたのか、席に座るなり我先にと賢一がメニューを開いていた。

「俺はこれにしよっかなぁ。ナポリタン。喫茶店に入ったんだから、喫茶店らしいものを注文するのが礼節ってもんだ。」

食べたいだけだろ。そう言いたくなったが、彼の得意げな顔を見ていると急に信憑性が増してくるのが不思議である。

「ん、じゃあ俺はオムライスにしようかな。」

「邪道だねえ、孝輔くん。」

メニューに書かれているのだから邪道もクソもないとは思うが、彼の言い方が面白かったので突っ込むのはやめておいた。

それから先程のウエイトレスにメニューを告げると、平日ということもあり客が少ないのか、直ぐに料理がテーブルに運ばれてきた。僕が「いただきます。」という前に賢一は既にナポリタンを頬張っていた。


続く

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