スローモーション ~世にも奇妙なお話~
自分の書きたいときに、書きたい小説を書くをモットーにしてますので、と前置きは置いといて・・・
すいません。お腹ウワァーよりこっちが書きたくなりました。
という事で、お腹ウワァーは書くかどうか不明。
ちなみにこのお話、LOSING MY MIND と全く関係ないのでどちらから読まれてもかまいません。
人は危機的状況に陥ると、周りの景色がやけにゆったりしたように感じ、色々な事を物凄く短い時間で考える。これは、そのスローモーションを体験した男の話である。これを読めばあなた達もスローモーションが体験できるかもしれません・・・。
5月18日 △△県 上空
「―――なっ!」
驚愕の声が響いた。畑野はスカイダイビングの真っ最中である。そして、宙返りなどを堪能した後、パラシュートを開こうとした。その時だった。
マルファンクがおきたのだ。マルファンクとは、パラシュートの紐が絡まるなどの原因でパラシュートが完全に開かない事を言う。この状態はプロなら捜査して修正し、パラシュートを完全に開かせる事が出来るのだが、趣味でやっている程度の畑野にはその技術はなく、そもそもパニックに陥った畑野に正確な操作など不可能だった。畑野にできた事は役立たずのパラシュートをガッタウェイ(切り離す)する事だけだった。
このまま何もしなければ、畑野の体はあと十秒もすれば地面に新幹線と同じスピードで突っ込む事になる。
畑野には、周りの景色がゆっくりと流れている気がした。耳栓(気圧で耳がやられないように)をしているからかもしれないが、周りの音もやけに静かだ。高速なのに、歩くよりも遅いスピードで落ちている気がする。畑野は考えていた。家族の事を、友達の事を、そして彼女の事を。
彼女の顔が畑野の脳裏に焼き付いていく。彼女の事を考えるだけで、胸が苦しい。
(僕が死んだら、彼女はどう思うかな・・・?)
「ーーーッ!」
そう思った瞬間、畑野は体に電撃が走ったような気がした。
フワッと畑野の体が浮いた。予備のパラシュートがあった事を思い出したのだ。畑野の葛藤は無駄に終わった。沢山の人が、着地予定ポイントにいるのが見える。その中には、両手をあげて飛び回っている人、お互いに抱き合ってこれまた飛び跳ねながらこっちを見ている人。どうやら、畑野の事を心配していたが、安心して喜んでいるようだ。畑野は、それを嬉しく思っていた。
「はい、フレア(着地)!」
そのまま無事に着陸した畑野は、ヘルメットを脱ぎ、耳栓を外し、パラシュートを体から離す。畑野が着陸したと同時に大勢の人間が畑野を取り囲んだ。
「無事でよかったな、兄ちゃん!」
「本当、どうなるかと思ったぜ!」
そういって、三十代くらいのおっさんが話しかけてきたのをかわぎりに、いろんな人が一気に畑野に話しかける。正直うるさくて、全てを聞きとるのは不可能だった。それより、畑野は周りを見渡して自分の最愛の人を探した。
(・・・いた!)
その人は、この野次馬の後ろのほうで、こっちを愛おしそうに眺めていた。間違いない。彼女だ。他の人とは明らかに輝きが違う女性。綺麗なショートカットの黒髪。どうやら、野次馬のせいで畑野に近づけないらしい。畑野は、皆の声を無視して、野次馬をかき分け、彼女に歩み寄った。
「凛!」
「圭介!」
そう言って畑野の恋人、鈴野凛は目じりに涙をためて畑野に抱きついた。畑野は一瞬、心臓が止まるかと思うぐらい動揺したが、落ち着いた後、凛をゆっくりと抱きしめた。服に顔をうずめている彼女の嗚咽が、畑野の耳に届く。本当に心配してくれていたんだ、と畑野は思い、同時にここまで心配させた事に居心地が悪くなり、彼女を止めずに好きなだけ泣かせることにした。
しばらくすると、彼女の嗚咽が小さくなってきた。畑野は息を大きく吸った。
「御免、心配・・・かけて」
「本当よ・・・、馬鹿。グスッ、本当に、死んじゃうかと・・・」
顔を埋めたまま、凛はそう呟いた。畑野は、ゆっくり言い聞かせるように穏やかな口調で言った。
「約束したろ、来月に一緒にスカイダイビングをするって。約束は、守るさ」
「うん・・・。」
そう、彼女は最近スカイダイビングの練習をしていて、来月一緒に飛ぶ約束をしていた。彼女にとっては初めてのスカイダイビングだ。楽しいものにしようと、畑野は密かに決心した。
「大丈夫だったか?」
不意に声がしたので、畑野はそっちのほうを見た。そこには、浅黒く焼けた肌を持つ白い歯の似合う長身の男が立っていた。畑野の幼馴染の清水薫だ。ちなみにスカイダイビングのトレーナーをやっている。どうやら、今までは空気を考えて、出てくるのを控えていたらしい。
「あ、ああ。なんとかな」
畑野は無意識のうちに薫から眼をそらした。薫を見た事で、一週間前に聞いた噂を思い出したからだ。凛と薫が楽しそうにショッピングをしているのを見た、と同僚の杉坂が言っていたのだ。
最初はその事を毛ほども信じていなかった畑野だが、三日前の夜、たまには豪勢にいこうと良い感じのレストランで夕食をとっていたら、凛と薫が一緒に店に入ってきたのだ。あちらは畑野の事に気付かなかったようで美味しく料理をとって、楽しそうに会話をしていた。後で、凛にその日の夜何処にいたか聞くと「友達と遊園地に」と嘘をつかれた。
ここまでいくと、畑野も二人の仲に疑いを持った。しかし、友達と恋人を信じられなくてどうすると自分に言い聞かせた。それでも、薫を前にすると、目があわせられないし、警戒心も無意識のうちに出てしまう。
「おーい、圭介、聞いてるか~?」
「あ、うん。聞いてるよ」
薫の声に畑野は我に返った。
「全く。それにしてもとんだ災難だったな」
「まあね。でも生きてるんだし、結果オーライ」
「何言ってるのよ?」
いつの間にか、凛は顔を上げ、体を少し離し、畑野を見ていた。涙は既に乾き、嗚咽もほとんど出さずに、おどけたように言った。
「あなたは、殺しても死なないでしょう?」
「ちげぇね!ハハハ!」
「ひどいな、二人とも」
畑野達三人は笑った。ただ一人、畑野だけは、ほとんど湿っていない自分の服に疑問を持ちながら・・・。
5月30日 畑野家
この日、畑野の家に凛と薫は遊びに来ていた。そして、畑野は尿意を感じてトイレに立ち、皆のいるリビングに戻ろうと、木製の扉を開けようとした。しかし、中から二人の話し声が聞こえた。普段はしないような、ドスの利いた声で。
「あのまま死ねばよかったのにね、圭介の奴。トマトみたいに体がはじけて」
(え・・・?)
「あーあ、なんであんな奴と付き合っちゃったのかしら?最低野郎のくせして、悪運だけは強いわね~」
「まあ、後少しの辛抱さ。お前達のスカイダイビングの日、この俺がお前にとって人生最高の日にしてやるぜ!まあ、圭介の野郎にゃ悪いが、圭介にとっては人生最悪―――、いや人生最後の日・・・、かな?ハハハ」
「あーら、怖い。フフフフフ」
畑野はドアの前で長い間動けなかった・・・。信じたくなかった、この言葉を。冷や汗が背中をつたう。喉が渇く。めまいがする。耳鳴りがする。畑野は大きく息を吸い込んで、今にも破裂しそうな心臓を落ちつけてから、平然を装い、ドアを開けた。
「ふう、すっきりした。」
「長かったわね~」
「まさか、オッキイほうか?」
「やだー、ハハハ」
今は、この笑顔を信じていたくて・・・。
6月15日 △△県 上空のヘリの中
スカイダイビングの当日。雨の日が続いたが、今日は空は真っ青で絶好のスカイダイビング日和だが、畑野は複雑な心境だった。
畑野がいるのは何時ものヘリの中。何時もと違うのは、隣に凛がいる事、そして、心臓の鼓動の激しさ。感情の大部分が恐怖を占めている事。
その理由は、今日、ヘリに乗る前に薫からパラシュートと予備の分を受け取った時に言われた言葉が原因だった。
「この前みたいに、マルファンクしないよう、俺がきっちりパラシュート詰めてやったぜ」
その言葉を聞いた途端、畑野の心臓が大きく跳ねた。鼓動が速くなった。また、前日に聞いていた今日が畑野の人生最後の日という薫の言葉も相まって、畑野は恐怖におののいた。
(まさか・・・、絶対にマルファンクをするようにパラシュートを詰め込んだんじゃ・・・)
そうだとすれば、今回は予備のパラシュートまでマルファンクをおこし、畑野はトマトみたいに弾ける事となる。
(ば、馬鹿な事を考えるな!薫は僕の事を心配して、パラシュートを準備してくれたんだろ!)
そう思っても、畑野の心臓は落ち着かず、それどころかますます鼓動が早まる。
遂に、ダイビングポイントについた。ヘリの扉が開け、扉のふちにしがみついて下を見る。畑野は何時も飛んでいるとき以上に、その場所を高く感じた。足が震える。畑野は横で同じく下を覗く凛を見た。ヘルメット越しの凛の顔は笑っているようだった。とても嬉しそうに。
(そうだよ・・・。今日は凛にとって最高の日にするって決めたじゃないか!)
畑野は意を決して、ヘリから飛びたった・・・。
畑野は彼女といろいろな技をこなす。楽しかった、最高に楽しい時間だった。人生で今までで最高の・・・。
そして、ようやくパラシュートを開く時がやってきた。凛と離れて、彼女がパラシュートを開くのを確認した後、畑野もパラシュートの紐を引っ張った。
(―――ッ!)
マルファンクがおきた・・・。おきてほしくなかった現実が、畑野の前に突きつけられた。
そして、景色がゆっくりになっていく。つい最近感じた、スローモーションの中に畑野はいた。パラシュートを畑野はガッタウェイした。
(やっぱり!薫は僕の事を―――!)
畑野はそこまで考えて、頭を激しく振った。
(馬鹿な!偶然だろ!そんなの。この予備のパラシュートは絶対に開いて―――)
そう思って、畑野はがっしりと予備のパラシュートを開く紐を掴んだ。しかし、その手は動かなかった・・・。
(もし、もし・・・、これまでマルファンクをおこしたら・・・、薫が僕を殺そうとしてるって・・・、確信ができてしまう。友達に、恋人に裏切られたと知って―――死ぬ。そんな死に方は・・・、嫌だ)
そう思った、畑野の手は、紐から離れていた。
(そんな死に方するくらいなら―――!)
畑野はゆっくりと目を閉じた。数秒後・・・、畑野の体は地面に落ちていた。それはさながら、トマトが弾けたようだった・・・。
二日後、畑野の葬儀がおこなわれた。その葬儀をする場所で、畑野の母・明美と凛と薫は話をしていた。明美はハンカチを持って、目じりにたまった涙を拭っている。凛と薫も顔を歪めている。
その三人の格好も酷かった。明美も凛も薫も、畑野が死んでからろくに睡眠もとっておらず、明美の普段は美しい長い黒髪もボサボサだ。
「本当に・・・、今日は来てくれてありがとうね、二人とも」
明美はその言葉はようやく絞り出した。
「いえ、あいつとは・・・、幼馴染だったし・・・、くそ!なんで死んじまったんだよ!」
「圭介~~~!グスッ!ウワ、ウワァァァァア!」
号泣する凛と、嗚咽を漏らすまいと唇をかみしめる薫。この二人の様子を見て、明美は本当に圭介はいい友達と恋人をもったな、と思った。
「くそっ・・・、なんであいつ!予備のパラシュート開かなかったんだよ・・・!そうすりゃ助かってたってのに!」
そうなのだ。畑野には予備のパラシュートがあったはずなのだが、畑野はどういうわけかそのパラシュートを開かなかったのだ。警察の方々も、そこは疑問に思っていた。警察が調べたところによると、紐を引っ張れば、あっという間に予備のパラシュートがマルファンクすることなく開いたらしい。
「馬鹿よ!圭介は大馬鹿よ!グスッ・・・。せっかく買った誕生日プレゼントどうしてくれるのよ!」
畑野の誕生日は6月16日だ、もっとも畑野自身は忘れていたようだが。凛はその日のために、薫と一緒にプレゼントを探しに行っていたのだ。凛は新しいスカイダイビングの時の服とケーキ、薫は奮発して高性能な電子レンジを買い、そして、その日に皆で一緒に食べに行こうと良い感じのレストランを見つけ、先に二人で下見に行ったのだ。
その日の事を畑野に聞かれた時、あくまでサプライズが重要なので適当にごまかした。しかし、それが全てが無茶苦茶になった・・・。
しばらく、三人は無言で立っていたが、明美が口を開いた。
「御免なさいね、鈴野さん。来月のスカイダイビング。圭介、一緒にいけなくて」
「いいで、グスッ、すよ・・・。うぅ・・・」
「そろそろ・・・、葬式の会場に行きましょう。奴の最後をきちんと見守りましょう」
薫の言葉で、三人は葬式の会場に足を向けた。
こうして、5月20日の夜は更けていった・・・。
畑野圭一 享年26歳 命日5月18日
スローモーション、体感できましたか?
この小説は音楽聴いてるときに思いつきました。
音楽をサビで早送りしたんですよ。そして、適当なところで再生したらサビの続きが聞こえてきて、驚いたんですよ。ようは、1番のサビで切ったところと2番のサビでその切ったところと全く同じ場所で再生しただけ。
これから、端だけでも全体だと思わせる小説書けないか、ってなったんです。
だけど、これは全く思いつかなかったので、ならその逆の全体だと思わせて端だけの小説を考えたんです。そうしてスローモーションって題名を思いついて、スローモーションの時って、死にかけの時だよな?ってことでスカイダイビングの話になりました。