6 当たり前の幸せ
颯爽と女の人を助けたのはいいが、どうにも言葉が通じない。
相手の喋っている内容もそうだが、俺の言葉も届いていないっぽい。
そう言えばその辺何も聞かされてなかったな。てっきり弊害なく会話できるもんだと思ってたけど、異世界に日本語なんてあるわけないし、通用しないなんてことちょっと考えれば予測できることだった。あー、こんなんだったら不自由なく会話できるように神様に頼んどくべきだった……まぁ後の祭りだよな。
「Uy%#GBv※……」
女の人は俺の反応に明らかにがっかりとしていた。
相手も俺が違う言語使いだってことを理解したのだろう。
目を伏せて困り顔だ。
くそー、ここまで来てなんでこんな詰まり方しなきゃなんないんだよ。一から異世界言語を勉強しろってことか? 英語ですら対して勉強してこなかった俺が未知の言語を果たして習得できるのか? それに英語の場合はまだ日本語訳とかがあるからマシだけど、この世界に日本語の概念なんてないだろ? となると完全にゼロからの学習ということに……それにちょっと言葉を聞く限り今まで聞いたことのないような不思議な響きだし、もう無理な気しかしてこない。
俺が軽く絶望していると、女の人も変な空気になったのを察したのだろう。
浮かない顔で、俺から目を反らし、後ろを見た。
そこには未だ座り込んでいる男の人がいた。あー、もう最悪だわ。こういう時に一発逆転できるような魔法があればな、戦闘なんてどうでもいいよ、話が通じなければ自由に生きていけないよ。どうしてくれるんだ、こんなのもう異世界ハードモード劇場の開幕…………あれ、魔法?
そう言えば俺ってこの世にある全部の魔法を使えるんだったよな、周囲を偵察するみたいな戦闘に直接関係ない魔法もあるんだ、もしかするとその辺なんとかしてくれる魔法があったりするんじゃないか?
淡い希望を元に、俺は言葉を理解できるような魔法を思い描いた。一つの魔法名が浮かんできた。
え! あるのか! ホントに?
俺はウキウキ気分で魔法名を唱える。
「お、オールコミュニケート【完全翻訳】」
すると次の瞬間、俺の体がわずかに発光した。
なんだ? すごい、これで何か変わったのか……?
「あのー……すみません……」
試しに話しかけてみよう。
「……え? 言葉、わかるんですか?」
驚いた顔で女の人が答えてくる。
その口から紡がれる言葉は、紛れもない日本語だった。
す、すごい、通じてる、通じてるだろこれ! はぁ、さすがは異世界魔法様、もう言う事ないですよ。こんな完璧な魔法があるなんて。もう一生付いていきます。はぁ、ホントによかったー……これでなんとかハードモードの道は回避だな。はぁ良かった。
「すみません、ちょっともたついてました。それにしてもお怪我とか大丈夫ですか?」
「え? あ、はい、大丈夫です。あの、助けていただいたみたいで、本当にありがとうございました!」
そうお礼を言ってくる女の人。
いやー、すごく嬉しいな。言葉が伝わるってすごく幸せなことだったんだ。
「いや、全く大したことはしてないので大丈夫です。たまたま通りかかっただけですし。それにしてもあいつら何だったんですかね」
「そうなんです、急に襲われちゃって……凄くピンチで本当にもうダメかと……本当にありがとうございます」
そう言って再び頭を下げてくる女の人。
そこまでのことは……したのかな? 一応命は助けたわけだしな、でも俺の力というよりはこの魔法が凄かったというだけでイマイチ喜びきれないところはあるけどな。まぁ全部俺の成果ということにしておくか。
「ダウル、大丈夫?」
「あ、あぁ、全然平気だ」
女の人は男の人を気遣うように手を差し伸べていた。
あぁ、あのサボってた人か。
ダウルと呼ばれた男は手を取るも、顔をしかめうまく立ち上がれそうにない。因みにこの男も女の人と同じくらいで三十代後半くらいの年齢に見える。
「ちょっと何箇所か、やられちまったみたいで……」
「もう、だらしないわね。まぁよく持ち堪えた方よね」
そう言う女の人だったが、彼に向ける視線は気遣うような温かいものに感じられた。内心では心配していたのかもしれない。
「ほんと、助けが入んなかったらヤバかったな……坊主、あんがとな」
男の方は俺を見てお礼を言ってくる。
なんだか普通にいい人そうだな。
最初見た時は一人だけ戦闘をサボっていたのかと思ってたけど、そんなことはなかったのかもな。怪我をしていて戦えなかっただけか。それだったら仕方ないよね。助けられて良かったな。
「じゃあひとまず移動しないとかしら、またいつ襲ってくるとも限らないし」
「そうだな、でも俺は動けねぇから引きずっていってくれないか」
「車にのっけていけばいいでしょ。街まではあと少しだからそこまで乗り切れば……」
そう言って女の人は俺の方を見てきた。
「あ、あの……旅人さんはこの後どちらに……?」
「え?」
俺のことか? 別に予定とかはないけどな。でもいずれはどこか人のいる場所には行かないといけないか、野宿するわけにもいかないし。あれ、となると今のこの機会ってかなりラッキーなんじゃないか。この人達に付いていけば街に辿り着けるってことだろ? タダで案内して貰えるわけで、これに乗らない手はないだろ。
「そうですね、特に予定はないんで、もし良かったら俺も一緒に連れていって貰えませんか?」
「え! いいんですか!?」
何故か女の人は驚いたような顔をして喜んでいた。
あれ、そんなに嬉しいことだったのか。まぁなんだっていいか、どうやらオッケーということらしい。
ということで俺は助けた二人に街まで連れて行って貰うことにした。