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君色に染まった日

作者: 彩情一式

 私には昔からの幼馴染がいる。その幼馴染は一言で言えば真っ白だ。彼はアルビノ、と言われる遺伝病らしい。小学校の頃、それが原因でいじめられていたところを助けたのが彼との出会いだった。


「怖くないの?」


 私に向かって最初に投げかけられた言葉だ。それはいじめっ子達のことを言っているのか、自身のことを言っているのか、当時の私にはわからなかった。だから少し微笑んで誤魔化したのを覚えている。

 中学校、高校と同じ学校に通っていたが、彼へのいじめは絶えなかった。陰で上履きを隠されたり、表立って悪口を言われたりしていたというのに先生は知らないフリをする。彼の整った顔立ちも相まって嫉妬や恨みを大勢から向けられていた。私は何色にも染まっていない、そんな真っ白な彼に濁って欲しくなかった。だから、彼の目につかないところで隠された上履きを戻したり、悪口を言ってくる人間を遠ざけるように毎日を過ごしていた。卒業を迎える時、まだ真っ白な彼を見て私は安堵した。そして、私は地元の一番近い大学に進学し、彼は隣県の大学に進学した。


 大学が始まる前に一度遊びに行こうと誘われた時は素直に嬉しかった。長い間一緒にいたが、一度も遊びに行ったことがない。そんな彼と遊びに行く当日になってもその嬉しさがずっと心の中で踊っていた。


「ごめん待たせちゃった?」


 彼は私服も真っ白だった。白のズボンに白のシャツ。触れることができるかわからない不安定さが感じられ、まるで空に浮かぶ雲のようだ。そんな彼とは対照的に私は全身真っ黒な服装だった。狙ってきてきた訳ではない。透き通った白が何かに汚され濁らないようにと、私は何色にも染まらない黒色がいつの間にか好きになっていた。

 その日は一緒にご飯を食べながら他愛のない話をしたり、大学に行ってもまた遊びに行こうという約束をして帰路についた。これから離れ離れになる幼馴染に寂しさを感じたが、彼の白も見納めかもしれないという悲しさもある。自分勝手な思いかもしれないが、そこは長い付き合いで多めに見てほしい。


 そして、大学生としての生活が始まった。彼のいない生活には物足りなさを感じたが、新しい友人ができたりと新鮮で楽しかった。

 しばらくして、彼が帰省するタイミングで遊びに行くことになり、その日もまた全身真っ黒の服を着て集合場所へ向かった。そこに現れた彼は、相変わらず真っ白な服を着ていたが、赤色のブレスレッドをつけており、それがずっと心に引っかかる。鮮やかな赤色だとはいえ、彼が少しでも他の色に染まってしまった気がしたからだ。彼がこれからいろんな色に染まり混ざってしまうと酷く濁ってしまう。そんなことを考える自分が嫌だった。彼は私のものじゃないし、真っ白なままで生きて行くのは無理だ。だって彼をいじめから遠ざけるために黒く染まってしまった私が一番濁っているからだ。この黒は純粋な黒ではない。私は彼がいじめられないよう、いじめっ子達の負の感情を一身に受けたからこんな黒色になってしまった。だから、純粋な黒色が好き。周りが髪を染めても私は染めない。どれだけ染めたい色に染めても濁った黒色にしかならない気がするからだ。

 彼が染まるのが嫌だった。私のようになって欲しくないという願望を彼にぶつけるのはお門違いだとはわかっている。それでも心を落ち着かせることができなかった。もう彼に関わらない方がいいかもしれない。自分勝手な私はそう考えることしかできなかった。


 そして半年ほど経ち、再び彼から連絡があった。内容は「文化祭で受付をすることになったけど、その時間帯にステージでライブやってて人が来ないかもしれないから話し相手になってくれ」とのことだった。

 嬉しかった。それでも最後まで会うかどうか悩んでしまう。彼を濁らせるのは私かもしれない。そうなってしまうのが怖かった。

 結局、私は文化祭に行くことにした。そこでこれから忙しくなるから会えなくなるかもと伝えようと決めたからだ。これは逃げでもある。自分の気持ちから、そして彼からの。

文化祭での彼は相変わらず白かった。そして私も相変わらず黒い。彼ははシルバーのリングをつけており、それにすぐ目が行ってしまう私自身に嫌気が差す。彼の言っていた通りほとんどがステージを見に行ってるため、受付に人が来ることはなかった。文化祭ということもあって受付の後ろの方には色んな小道具が置いてある。やり場のなくなった目がそれらを見つめていた。そんな無言の時間を過ごしていたら、疲れが溜まっていたのか彼は寝てしまった。ほんの出来心ではあったが寝てる彼に黒髪のカツラを被せてしまった。

 純粋な黒色。私の好きな色。

 ふと、何をやっているのだろうと思い、また自分のことが嫌いになる。カツラをとろうとした時、彼は起きてしまった。まぁ、気づかないだろうと思っていたが、彼はたまたま近くにあった窓に反射していた自身の姿を見て、黒髪のカツラを被せられていることに気づいた。

 彼から向けられる視線が怖かった。なんて言われるんだろうか。私が彼を濁らせてしまったのだろうか。

そんな心配をしていると、彼は寝ぼけた目を擦りながら私を見つめて言った。


「君色に染まっちゃったね」


 その言葉を聞いて、私は彼と初めて出会った時のことを思い出した。私は今、彼の白を濁したのではなく否定してしまったのではないかと。すぐに謝罪しようとしたが、彼は構わず続ける。


「僕の方が先に染まっちゃった」


 照れくさそうに彼は笑っていた。

 私はこの状況を、頭の中で整理することができなかった。


 染めるも描くもいつも真っ白な状態から始まるのが普通であると知っている。それは、高校を卒業するまでの美術の授業や落書きをする際にも白い紙に描いていたからだ。彼の白を私が染めてしまった。私の薄汚れ濁った黒で。だというのに彼は嬉しそうにしていた。それでいて、先に染まってしまったと言っている。つまりは私を彼の白に染めたかったということだろうか。とにかく混乱して、思考が膿を彷徨っている。


「嫌じゃないの?」


 振り絞って出てきた言葉がこれだ。彼はゆっくりと首を横に振ってみせ、嫌じゃないという意志を示す。まるで、私の次の言葉を待っているみたいだ。沈黙の時間が過ぎていく。彼はそれを気にしないように、ただ、私を見つめていた。


「私の黒は、純粋な黒じゃないよ?」


 自分でも何を言っているのか分からない。これは私の思いをそのまま言葉にしただけで、彼に伝わるはずがない。彼から視線を外して窓を見つめる。


 彼も窓を見て、窓越しに目が合う形になってしまった。


「その黒が好きなんだ。君の黒が」


 気づいたら、頬に温かい雫がつたっていた。今まだ考えていたことが全てバカみたいに思える。


「君が好きだ。」


 彼はストレートに想いを言葉にした。

 溢れた涙を拭うのが精一杯で、私は言葉が出てこなかった。どうにか意思を伝えようと必死に頷いていたが、伝わっているかわからない。それでも、彼は応えるように私をゆっくり撫でてくれた。

 その日から私は彼と付き合うことになった。

 まさか、とまだ現実を受け入れきれない私もいるが、それは幸せな悩みだ。私はこれからの人生を彼と歩むことにしたから。

 彼の色についてもこだわらないように努力したが、やっぱり気になってしまう。それに気を遣ってか、彼は白か黒のモノしか身につけたりしなくなった。それでも私はずっと黒だけだった。


 何年経っただろうか。彼が倒れと連絡が入った時から。お見舞いにはいつも白色の花を買って行っていた。担当医によると目を覚ますことはもうないらしい。

 それでも私は時間を見つけてはお見舞いに行った。お見舞いに行った回数と私の顔の皺が同じくらいになる頃にも、彼は目を覚さなかった。髪も白く染まり、杖をついてお見舞いに向かう。その足取りもおぼつかない。


「結局、私たちは何色になったのかな」


 あの文化祭の日のように、窓に映った彼を見つめる。何色、彼は君色に染まったと言っていた。なら、今の私は何色なのだろうか。ただ歳をとっただけの老人に、色はあるのだろうか。深く考えるのは疲れる。また明日来ると寝ている彼に行ってから病室を出ようとした時だった。


「やっと、僕の色に染まってくれたね」


 しわがれた声が、私の足を止めた。振り返ると、彼は目を閉じたままゆっくりと微笑んでいる。それが、彼の最後であり、私が初めて白く染まった瞬間だった。

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