表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/67

第八話    誤解ゆえに

 野狗子やくしを倒したあと、俺とアリシアさんは村長(むらおさ)から「どうか、この村に泊まっていってくだされ」と大いに感謝された。


 村長(むらおさ)は悩みの種だった野狗子やくしを倒してくれた礼として、村を()げて俺たちを(ねぎら)いたいのだと言う。


 しかし、その村長(むらおさ)の申し出を俺は丁重(ていちょう)に断った。


 アリシアさんは一刻も早く道士(どうし)の資格が欲しかったようで、そのまま俺たちは村人たちの盛大な見送りを受けて村を出発したのだ。


 それから数刻後(すうこくご)(数時間後)――。


 俺とアリシアさんは、焚火(たきび)(かこ)いながら座っている。


 これから西京(さいきょう)の街へ戻るため、開けた森の中で野営をしている最中だった。


 すでに日は落ちて、周囲は闇に包まれている。


 焚火(たきび)を起こしてから、どれぐらい経ったときだろうか。


「これで私は道士(どうし)になれるのですよね?」


 ずっと無言だったアリシアさんが(たず)ねてきた。


 俺は焚火(たきび)からアリシアさんに顔を向ける。


 そうです、と笑顔で答えるのは簡単だった。


 現にアリシアさんは標的の野狗子やくしを倒したのだから、俺が道家行(どうかこう)に詳細を報告すればアリシアさんは道士(どうし)の資格を得られるだろう。


 しかし――。


「今のあなたには無理です」


 俺は建前(たてまえ)とは裏腹に本音(ほんね)を口にした。


「なっ!」


 アリシアさんはガバッと立ち上がり、信じられないといった表情を浮かべる。


「そ、それは一体どういうことですか! 私は試験の合否(ごうひ)を決める魔物を1人で倒したのですよ!」


 このとき、俺はアリシアさんが少し言い(よど)んだのを聞き逃さなかった。


 正直なところ、アリシアさん自身も気づいていたのだろう。


 野狗子やくしを倒せたのは、完全に自分1人の力ではなかったことに。


 とはいえ、俺のアリシアさんに対する意見は変わらない。


「そのままの意味です。アリシアさん、今のあなたの実力では道士(どうし)としてやっていくのは無理です」


 俺はアリシアさんの視線を受け止めながら言った。


「だから、それはどうしてだと()いているんです!」


 今にも飛び掛かってきそうな勢いのアリシアさんに対して、俺は冷静な口調で「今のあなたは弱いからです」と答える。


「……あなたも他の道士(どうし)たちと同じだったのですね」


 一拍(いっぱく)()を空けたあと、アリシアさんは俺を(にら)みつけながら(つぶや)いた。


「いいえ、急に本性を出すなんて他の道士(どうし)たちよりも性質(たち)が悪い。あなたも異国人の私が道士(どうし)になるのが気に食わないのでしょう? だから、私のことを弱いなんて決めつけて魔物を倒した実績をなかったことにする気なんですね?」


「それは違います。道家行(どうかこう)には、標的だった妖魔をあなたが倒したことはきちんと報告するつもりですよ」


 嘘をつかないで下さい、とアリシアさんは高らかに()えた。


「そう言いながら、実際は適当な嘘を並べ立てて私の試験を不合格にするつもりなんでしょう!」


 アリシアさんは(くや)しそうに歯噛(はが)みする。


「あなたが道家行(どうかこう)で私に協力してくれると言ってくれたとき、私は心の底から嬉しかったんですよ。私だって世間知らずの馬鹿じゃない。この国の人々が――特に道士(どうし)と呼ばれる人たちが異国人を(こころよ)く思っていないことは知っていました」


 だからこそ、とアリシアさんは力強く言葉を続けた。


「あなたの優しさが本当に身に()みたんです。この人は他の道士(どうし)たちのように、異国人だからといって差別したりしない真っ当な人だ、と……でも、それは間違いだったようですね」


 そう言うとアリシアさんは、自身の長剣の(つか)にそっと手を()える。


「俺を斬るつもりですか?」


「それは、あなたの返答次第です」


 アリシアさんはゆっくりと躊躇(ためら)うように長剣を抜いた。


「私だってこんな真似はしたくありません。ですが、私はこの国でやらなければならないことがある。そして、その目的を果たすためには道士(どうし)になるのが一番の近道なんです」


 だから、とアリシアさんは長剣の切っ先を俺に突きつける。


道家行(どうかこう)には嘘偽(うそいつわ)りなく報告してください。異国人の私でも道士(どうし)としてこの国でやっていけると正直にです……もし、それが約束できないのであれば、こちらとしても実力行使(じつりょくこうし)をせざるを()ません」


 バチバチと生木(なまき)()ぜる音が響く中、俺はアリシアさんの険しい顔から俺に切っ先を向けている長剣へと視線を移した。


 長剣の切っ先が微妙(びみょう)に揺れ動いている。


 それを確認するだけで十分だった。


 アリシアさんは俺を斬るつもりなど毛頭(もうとう)ない。


 だが、表向きでもこうしなければならないほど追い詰められているのだろう。


 それほどアリシアさんは何か大きな目的のために動いているようだ。


 だとすると、アリシアさんが道士(どうし)の資格を強く欲する理由も分かる。


 単なる腕を(みが)きたい武芸者ならば、わざわざ道士(どうし)になる必要なんてない。


 それこそ自分の命を担保(たんぽ)に、道場破りや名の知れた武人に立ち合いを(いど)めばいいだけの話だった。


 だが道家行(どうかこう)に認められた正式な道士(どうし)になりたいということは、日々の(かて)を得るための仕事の他に欲しいモノがあるのだろう。


 すなわち情報だ。


 それも一般人には知ることができない裏の情報に違いない。


 このとき、俺の頭の中に怨恨(えんこん)復讐(ふくしゅう)といった言葉が浮かんだ。


 アリシアさんがこの国に来た理由で妥当(だとう)な線はこの2つだったが、もしかすると常人には理解できないもっと特別な理由があるかもしれない。


 けれども、何にせよアリシアさんが道士(どうし)になることは反対だった。


 少なくとも肉体が壊れている、今のアリシアさんが道士(どうし)になるのは無謀(むぼう)すぎる。


 今の状態のアリシアさんならば、近い将来において妖魔に返り討ちに遭って殺されのがオチだからだ。


 ただし、もしもアリシアさんの肉体が特別な事情で壊れているのなら話は別だ。


 駄目元でアリシアさんに()()()を使ってみるか?


 俺が精気を応用したあの力――〈精気練武(せいきれんぶ)〉の1つを使えばアリシアさんの壊れている肉体を元の健常(けんじょう)な状態に戻せるかもしれない。


 ただ、そのためにはアリシアさんの肉体を詳しく()る必要があった。


 では、それを今のアリシアさんに伝えて受け入れてくれるだろうか?


 俺は心中で頭を左右に振った。


 答えは(いな)である。


 いきなり赤の他人から「今のあなたの身体は壊れています。なので俺が治るかどうか()てあげますよ」と言われ、「はい、お願いします」と当たり前のように承諾(しょうだく)する人間などいない。


 もしも承諾(しょうだく)するのであれば、その()る人間の確固(かっこ)とした実力と説明がなければ無理だろう。


 それに俺自身も、誰に対してでもそんな考えに(いた)るわけではなかった。


 大恩(たいおん)と興味があったアリシアさんだからである。


 店の修理代に()てられた大金を(もら)った恩義と、どうして異国人である彼女がこの華秦国(かしんこく)道士(どうし)になりたいのかという興味があった。


 そんなことを考えていると、アリシアさんは「なぜ、ずっと黙っているのですか!」と声を荒げた。


「もしかして、私が斬らないと(たか)(くく)っているつもりですか? だとしたら見当違いです! 私が斬ると言えば本当に斬りますよ!」


 などと言い放ったアリシアさんを見て、ふと俺の脳裏に名案(めいあん)が浮かんだ。


 同時に俺はゆっくりと立ち上がる。


 そして――。


 分かりました、と俺は落ち着いた声で伝えた。


「俺を斬れるのなら、どうぞ斬ってみてください。たとえ身体が無理でも服を斬ることができたならば、道家行(どうかこう)には嘘偽(うそいつわ)りなくあなたの活躍を報告しますよ」


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


読んでみて「面白そう!」「続きがきになる!」と思っていただけましたら、ブックマークや広告の下にある★★★★★の評価を入れていただけますと嬉しいです!


どうか応援のほど宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ