表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/67

第七話    妖魔討伐

 この試験はアリシアさんには少し荷が重いかもな。


 孫龍信(そんりゅうしん)こと俺は、妖魔と闘っている金毛剣女(きんもうけんにょ)――アリシアさんを遠巻きに見つめながら思った。


「ハアアアアアアア――ッ!」


 そんなアリシアさんは腹の底から気合を発すると、妖魔に向かって大上段(だいじょうだん)に構えた長剣を振り下ろす。


 だが、妖魔にはアリシアさんの斬撃は当たらない。


 妖魔はアリシアさんの斬撃を余裕で(かわ)し、そのまま筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした肉体を最大限に活用した反撃を繰り出してくる。


 左右の手を交互に振り回すような挟撃(きょうげき)だ。


「くッ!」


 アリシアさんは何とか紙一重(かみひとえ)で妖魔の挟撃(きょうげき)を避け、一定の距離を保つために妖魔の(わき)をかいくぐって地面を転がった。


 直後、アリシアさんは立ち上がって妖魔と対峙(たいじ)する。


 先ほどからこんな攻防(こうぼう)がずっと続いていた。


 アリシアさんが攻撃して妖魔が避ける。


 続いて妖魔が反撃してアリシアさんも避けるのだ。


 一見すると互角のような闘いに見えるが、俺の目からはとても互角とは言い切れなかった。


 九分九厘(くぶくりん)、アリシアさんのほうが不利だ。


 相手が見た目よりもすばしっこいこともあったが、それ以上にこのまま闘いが長引けばアリシアさんの体力が持たない。


 さて、どうなるかな。


 俺は両腕を(ゆる)く組んでアリシアさんを見守る。


 現在、俺たちは西京(さいきょう)の街から離れた小さな村に来ていた。


 もちろん、アリシアさんの道士(どうし)の資格を得る条件の妖魔討伐(とうばつ)をするためだ。


 そして西京(さいきょう)の街から道中で1泊だけ野宿してこの村に来た俺たちは、早速とばかりに最近になって村に出没(しゅつぼつ)するという妖魔を討伐(とうばつ)するために動いた。


 その妖魔が出没(しゅつぼつ)するというのが、村の外れにあった墓地であるこの場所だ。


 妖魔の名前は野狗子(やくし)


 野狗(やく)とは野良犬のことで、アリシアさんと闘っている野狗子(やくし)は犬の顔と額から1本の(つの)を生やし、7(しゃく)(約2メートル強)の人型の肉体を持った妖魔だった。


 そんな野狗子(やくし)は、死んだ人間の脳みそが好物だと言われている。


 なので死体が多くある戦場や墓場などに現れると言われていたが、中には生きた人間の脳みそも好物な野狗子(やくし)もいるという。


 アリシアさんと闘っている野狗子(やくし)がそうだ。


 生きた人間も容赦(ようしゃ)なく襲うため、道家行(どうかこう)討伐(とうばつ)依頼があったのだろう。


 それにしても、と俺は思う。


 前もって聞いてはいたが、道士(どうし)の資格試験で討伐(とうばつ)するような妖魔ではない。


 もしかすると、最悪な場合もあり得るかもしれなかった。


 すなわち、アリシアさんが逆に野狗子(やくし)に殺されることだ。


 まあ、そんなことは絶対にさせないんだが……。


 本来、目付け役の道士(どうし)の仕事は査定(さてい)だ。


 資格試験を受けた道士(どうし)志望者が、たった1人でも凶悪な妖魔に立ち向かえる勇気と気概(きがい)があるかどうか。


 それを見極めるために目付け役としての仕事がある。


 だが、目付け役には密かに道士(どうし)志望者の援護(えんご)をするという仕事もあった。


 けれども、目付け役の道士(どうし)が妖魔と闘ったりするのは駄目だ。


 あくまでも道士(どうし)志望者が妖魔と闘わないといけないため、目付け役は効率的な闘い方や妖魔の弱点を教えるなどして援護(えんご)するのみ。


 そんなことを考えていると、野狗子やくしは両目を血走らせて高らかに()えた。


「ガアアアアアアアアアアアアア――――ッ!」


 野狗子やくし苛立(いらだ)ちが頂点に達したのか、肩で必死に息をしていたアリシアさんに怒涛(どとう)のような猛撃(もうげき)を繰り出す。


 先ほどよりも数倍は力強く速い攻撃だ。


 俺は思わず身を乗り出した。


 やられる!


 と、俺がアリシアさんの最悪な状況を脳裏(のうり)に思い浮かべたときだ。


 アリシアさんはカッと目を見開くと、長剣を瞬時に逆手(さかて)に持ち替えて全身を脱力(だつりょく)させた。


 攻撃よりも防御に専念する作戦に切り替えたのだろう。


 アリシアさんは強風に逆らわない(やなぎ)の葉のように身体を柔らかく使い、野狗子やくし連打必倒(れんだひっとう)の攻撃を次々と(かわ)していく。


 だが、全部の連撃を綺麗に(かわ)せたわけではない。


 何か所かは肉体に(かす)っていたものの、アリシアさんは顔色をまったく変えずに野狗子やくしの攻撃を(かわ)すことに全神経を集中させている。


 このとき、俺は奇妙な違和感を覚えた。


 違和感の原因はアリシアさんだ。


 アリシアさんが異国の剣士なのは見てよく分かる。


 我流ではなく、きちんとした師の元で修練を積んできたのだろう。


 だからこそ、俺はアリシアさんに違和感を覚えたのだ。


 1つ1つの技には剣の(ことわり)(もと)づいた色が見えるのに、肉体のほうがその技にまったく追いついていない。


 普通ならばそんなことは絶対になかった。


 武術というのは白打(はくだ)(拳術)や器械(きかい)(武器術)に関係なく、技を身に付ける過程で自然と肉体も鍛えられるものだ。


 しかし、アリシアさんは技が身に付いているのに肉体が鍛えられていない。


 いや、鍛えられていないというのは語弊(ごへい)があった。


 どちらかと言えば、()()()()()()()()()()が掛かっているような感じがする。

 

 なぜなら、今のアリシアさんが使っている体術は回避(かいひ)するだけの技ではない。


 西方ではどんな名前なのかは知らないが、あの技は華秦国(かしんこく)に伝わる体術の1つで柳葉(りゅうよう)と呼ばれている。


 そして本来は相手の攻撃を(かわ)してすぐに交差撃(カウンター)に転じる技なのだが、アリシアさんは交差撃(カウンター)に転じず回避(かいひ)行動に専念していた。


 間違いなく、交差撃(カウンター)に移れないほど身体を使えないのだ。


 だとすると、このままではアリシアさんの身が危うい。


 とはいえ、直接手を出すのは目付け役としてご法度(はっと)である。


 だったら、()()()()()()()()()()しかないな。


 などと俺がその時期(タイミング)を慎重に見計らっていたときであった。


 バアンッ!


 何かが破裂(はれつ)するような衝撃音が周囲に響き渡った。


 野狗子やくしの一打がアリシアさんに的中したのだ。


 アリシアさんは小さな悲鳴を上げて大きく吹き飛ばされる。


 何度も地面を転がった末に、アリシアさんの身体はようやく止まった。

 

「くっ……まだまだよ」


 致命傷だけは必死に()けたのだろう。


 アリシアさんは長剣を(つえ)代わりに立ち上がると、身体を小刻みに震わせながら長剣を中段(ちゅうだん)に構える。


 一方、余力が残っている野狗子やくしはニヤリと笑った。


 弱った獲物(えもの)を前にした、獰猛(どうもう)な野獣の笑みだ。


 野狗子やくしは確信したに違いない。


 次の一撃で目の前の獲物(えもの)を仕留められる、と。


 そして、それはアリシアさんにも分かったのだろう。


 ゆえにアリシアさんは余計な小細工を捨て、捨て身の一撃に賭けることにしたらしい。


 全身から凄まじい闘気を放出させたアリシアさんは、中段から下段に剣を構え直して疾駆(しっく)する。


 すると野狗子やくしも地面を蹴ってアリシアさんに襲い掛かっていく。


 ここだ、と俺は先ほどから(うかが)っていた時機(タイミング)を得た。


 手を出さずに手を出す時機(タイミング)はここしかない。


 俺は瞬時に下丹田(げたんでん)に力と意識を集中させ、練り上げた精気を全身へと一気に(めぐ)らせる。


 精気(せいき)


 それは人間の体内に循環(じゅんかん)している不可視の生命力のことだ。


 けれども、道士(どうし)はこの不可視の精気を力として表に発揮(はっき)できる。


 直後、俺は野狗子やくしに向かって「動くな!」と精気の念を飛ばした。


 ビクンッ!


 次の瞬間、野狗子やくしは一瞬だけ金縛(かなしば)りにあったように動きを止める。


 俺の精気の念を不意に受けて、あまりにも激しく動揺(どうよう)したのだ。


「セヤアアアアアアアアア――――ッ!」


 その一瞬をアリシアさんは見逃さなかった。


 アリシアさんは両手で握っていた長剣を、野狗子やくしの上半身目掛けて(なな)め下から斬り上げた。


 それだけではない。


 アリシアさんはすぐに()()()()()()()で脇腹も斬り裂き、野狗子やくしの反撃を食らわない場所まで走り抜ける。


 そして――。


 野狗子やくし鼓膜(こまく)を刺激するほど絶叫(ぜっきょう)すると、傷口から大量の鮮血と臓腑(ぞうふ)をまき散らせながら地面に崩れた。


 やがて闘いに何とか勝利したアリシアさんは、武人らしく残心(ざんしん)を解かずに野狗子やくし見据(みす)える。


 そんなアリシアさんを見つめながら俺は思った。


 今のままでは道士(どうし)としてこの国で生きていくのは無理だ、と。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


読んでみて「面白そう!」「続きがきになる!」と思っていただけましたら、ブックマークや広告の下にある★★★★★の評価を入れていただけますと嬉しいです!


どうか応援のほど宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ