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第三十八話  王都・東安

「ここが華秦国(かしんこく)の中心……王都・東安(とうあん)か」


 俺たち3人は水連(すいれん)さんが用意してくれた馬車で東安(とうあん)辿(たど)り着くなり、皇帝の膝元(ひざもと)である王都の凄さに圧倒された。


 見渡す限りの人、人、人。


 驚くほど綺麗に整備された街路には、信じられない数の人々が行き交っている。


 香を(まと)った身なりの良い男女を始め、酒の匂いを放つ酔っ払いや、商売に精を出して健康な汗を流している商人など様々だ。


「凄いわね。何だか雰囲気が私の国の王都にも似ているわ」


 アリシアはそう言いながら、馬車の(ほろ)の隙間から周囲を見渡す。


 俺と春花(しゅんか)も同様に、(ほろ)の隙間から東安(とうあん)の街並みを(なが)めている。


 広々とした街路の左右には(のき)を連ねるほどの露店(ろてん)が並び、食用である(さば)いた鳥や動物の肉が()るされていた。


 他にも西方から持ち込まれた珍しい香辛料や乾果実(かんかじつ)、中には仁翔(じんしょう)さまも好んで飲んでいた珈琲(カフワ)の豆なども()った状態で売られている。


 それがアリシアに郷愁(きょうしゅう)(いだ)かせたのだろう。


 一方の春花(しゅんか)はというと、先ほどから薬材(やくざい)になりそうな珍しい乾物類(かんぶつるい)や植物などに目を輝かせていた。


「なあ、龍信(りゅうしん)。ここでこの薬を売ったら売れるかな?」


 そう言うと春花(しゅんか)は、(ふところ)から何かが入っている包み紙を取り出した。


 包み紙をめくると、そこには10粒以上の丸薬(がんやく)が入っている。


 この道中(どうちゅう)に俺があげた〈仙丹果(せんたんか)〉を(もと)に調薬したものらしい。


 名前は真種子(しんしゅし)


 他の薬よりも滋養強壮(じようきょうそう)の効き目が強く、それこそ新陳代謝(しんちんたいしゃ)(いちじる)しく高まる代物だという。


 俺は実験段階だったものを半粒だけ食べたが、それだけでも滋養強壮(じようきょうそう)という意味では十分に効果があったものだ。


 やはり〈仙丹果(せんたんか)〉を(もと)にしただけあって、1粒食べれば体力の回復と同時に精気もみなぎる感覚があった。


「きっと妓楼(ぎろう)なんかで売れば、助平(すけべ)な金持ちやったら高く買ってくれると思うんやけど」


 などと薬士(くすし)として期待に胸を(おど)らせている。


 東安(とうあん)の薬事情を見るに当たり、自分の作った薬も売る算段を立てているのだ。


 まあ、無理もないか。


 そう思ってしまうほど、この東安(とうあん)は人で埋め尽くされているんだから。


 などと春花(しゅんか)商魂(しょうこん)のたくましさに感心していると、やがて俺たち3人を乗せた馬車は宿屋の前に到着した。


 俺たちは馬車から外に出て、数日の旅による身体のコリを(ほぐ)していく。


孫龍信(そん・りゅうしん)さま」


 と、身体を(ほぐ)し終わったときに蒼玄(そうげん)さんが声を掛けてきた。


 ここまで俺たちを馬車で送ってくれた馭者(ぎょしゃ)の人だ。


「お荷物などは宿屋の者に運ばせますので、それが終わり次第に私は失礼させていただきます」


 俺とアリシアはそんなに荷物は多いほうではなかったが、薬士(くすし)である春花(しゅんか)は背負える類型(タイプ)の大きな行李(こうり)を持ってきている。


 中にはあらゆる怪我や病気に対処するための薬が入った薬箱があり、他にも精神的な症状に効く薬などもあるという。


 まあ、それはさておき。


 俺は姿勢を正すと、両手の指を胸の前で組み合わせる敬礼――拱手(きょうしゅ)を取りながら頭を下げる。


「ここまで送ってくださり、誠にありがとうございました。そればかりか、水連(すいれん)さんには薬草まで買い取っていただき感謝に()えません。どうか水連(すいれん)さんの元へお戻りになった際には、孫龍信(そん・りゅうしん)がいずれ(あらた)めてお礼に(うかが)うとお伝えください」


 決して社交辞令(しゃこうじれい)ではない。


 心の底から思っていた本心である。


 水連(すいれん)さんは東安(とうあん)までの旅費と馬車を出してくれただけではなく、薬家長(やくかちょう)から取り返してくれた薬草薬果(やくそうやくか)をすべて買い取ってくれたのだ。


 それだけではない。


 経済の中心地でもある東安(とうあん)に行くのならばと、水連(すいれん)さんは買い取ってくれた薬草薬果(やくそうやくか)の金額分を証文手形(しょうもんてがた)にしてくれたのである。


 これは非常にありがたかった。


 大量の銅貨や銀貨を持ち運ぶのは盗まれたりする危険性もあるのだが、それ以上に旅の道中(どうちゅう)や街に滞在しているときにはかさばるので邪魔で仕方がない。


 とはいえ、金貨などで(もら)っては普通の店では使えないのでこれまた問題だ。


 それ以外でも第5級という道士(どうし)の立場で金貨など持ち運んでいたら、それこそ盗人(ぬすっと)と役人に勘違いされて事情説明に時間を取られるのは目に見えている。


 けれども、正式な証文手形(しょうもんてがた)ならば話は別だった。


 この証文手形(しょうもんてがた)を各街に必ず1つはある商家行(しょうかこう)(西方では商人ギルドと言うらしい)に持っていけば、記載(きさい)されている金額分に換金(かんきん)できるのだ。


 もちろん証文手形(しょうもんてがた)は〈南華(なんか)十四行(じゅうよんこう)〉という大商団が発行している由緒正(ゆいしょただ)しい証文(しょうもん)であり、その大商団の大番頭を務めていた1人だったという水連(すいれん)さんの印がきっちりと入っている。


 これさえあれば、商家行(しょうかこう)でも疑われることなく換金(かんきん)できるはずだ。


 本当に水連(すいれん)さんには感謝してもしきれない。


 (いた)れり(つく)くせりとは、まさにこういうことを言うのだろう。


 蒼玄(そうげん)さんにしてもそうだ。


 この数日の間に、宿や食事の手配など色々と俺たちのために()くしてくれた。


 そんな蒼玄(そうげん)さんは「必ずお伝えいたします」と(こうべ)()れる。


「……それと、これはうちの主人からです。宿に着いたときに渡すように、と」


 蒼玄(そうげん)さんは懐から1枚の紙片(メモ)を取り出すと、俺にきちんと両手で持って差し出してくる。


「これは……」


 俺は受け取った紙片(メモ)を食い入るように見つめる。


 紙片(メモ)には4つの大きな「〇」が横一列で書かれており、その4つの「〇」の中にはそれぞれ1文字ずつ「順・天・行・商」と記されていた。


順天(じゅんてん)行商(ぎょうしょう)――天に従い、商売を行うという私たち〈南華(なんか)十四行(じゅうよんこう)〉に連なる者の思想を現した言葉です」


 蒼玄(そうげん)さんは言葉を続ける。


「そしてこの東安(とうあん)の西側には花街(はなまち)があるのですが、その花街(はなまち)の区域に入る前に「紅花茶館(こうかちゃかん)」という老舗(しにせ)茶館(ちゃかん)があります。そこで紙片(メモ)に書いてある〝順天〟を上にして〝行商〟は下にしていただければ、〈南華(なんか)十四行(じゅうよんこう)〉に連なる私たちの仲間が必ず接触(せっしょく)してきますので、あとはその者に欲しい情報を詳しく聞いて欲しいとのことです」


 もちろん、と蒼玄(そうげん)さんは俺の顔を真剣に見る。


()()()()も主人からお聞きしておりますよね?」


 俺は「一応は」と答える。


「絶対に手順や回答を間違えないでください。1つでも手順や回答が間違っていれば、2度とその者はあなた方に接触(せっしょく)してきませんので」


 やがて荷物がすべて運び終わると、蒼玄(そうげん)さんは馬車で帰っていった。


 ふむ、と俺は水連(すいれん)さんからの紙片(メモ)を見ながら(うな)る。


 俺たちは東安(とうあん)については無知も同然。


 土地勘(とちかん)も皆無だったこともあり、魔王の手がかりが(つか)めそうな場所こそ分かっているが、どうやって具体的な情報を手に入れるかという手段がなかった。


 それこそ地道に探していては時間が掛かりすぎる。


 ましてや血生臭い事件を調べるときほど、関係者でもない素人からの情報など話に尾ひれがついて当てにならない。


 だからこそ、俺は水連(すいれん)さんに相談していた。


 東安(とうあん)において正確で信用に足る情報を手に入れるにはどうしたらいいか、と。


 その返答がこの紙片(メモ)と、別に教えてくれたあの手順と回答である。


「ねえ、龍信(りゅうしん)。あの人から渡されたその紙片(メモ)は何なの?」


「うちらの欲しい情報がどうとか言うとったけど、その紙片(メモ)には変な文字が4つ書かれているだけで何にも分からんやないか」


 アリシアと春花(しゅんか)が近寄ってくると、紙片(メモ)の中身を見て小首を(かし)げる。


 そんな2人に対して俺は言った。


「これは茶碗陣(ちゃわんじん)という秘密の暗号だ」

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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