トマスとマデライン
吹雪が止み、暖かい日の日差しの中、トマス・デラージュ侯爵家当主代理は、小さな部屋の中、青冷めていた。
目の前には王都からきた役人。
テーブルの上に広げられたのはトマスとその家族が税率を国に内緒で上げ、余分な利益を横領していた証拠の数々と、領の良識ある役人からの国への嘆願書である。
「この中には、貴方と夫人が共謀して、先々代侯爵夫妻と前侯爵を殺したとの訴えもあります。」
益々顔色が悪くなる。
「さあ、この魔術陣に手を置いてください。貴方の証言は魔術により、事実しか訴えられないことになります。取り調べでの虚偽は罪ですし、手を置くことを拒否なさってもいいですが、事件が事件ですので、裁判となるでしょう。となると、強制的に、嘘のつけない魔術陣の上での発言をすることになります。もちろん、裁判で自供するよりも、今、この時に自供する方が罪は軽くなりますよ。」
ニッコリと笑う役人。
「吹雪で、どうなるかと思いましたが、貴方を閉じ込めることが出来て良かったですよ。貴方、領地経営のこととか、領内への出入りとか無関心ですよね、お陰でこの領の私設部隊も我々を簡単に入れてくれました。部隊の人も仕事の割に給金が低いって、最近、離職者が増えてるみたいですよ。」
職を失った者が盗賊になる場合もあるのだ。
「さぁ、どうしますか?手を置きますか?止めますか?」
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マデラインの指揮の下、オーレリーの捜索が続く。
使用人は、オーレリーの小屋までの道のりを雪かきし、雪で埋もれた小屋を見て唖然とした。小屋の中にも雪が降り積もっていた。窓が雪の重みで割れたようだった。
雪で埋もれた粗末なベッドにオーレリーは居なかった。小さな暖炉はすっかり濡れていて役割は果たしていない。
どうして、彼女だけこんな小屋で過ごしていたのか。
住み込みの下女の方が余程ましな暮らしをしている。
昨日、この屋敷の主に疑問を持った使用人は尋ねずには居られなかった。
「ダニエルさん、どうして、オーレリーは、こんなところで、あんな薄着で過ごさなきゃならなかったんですか?」
まだ働き始めた一年に満たないチャーリーが尋ねる。
古くから、侯爵家の執事をしてきた訳ではないが、この家がおかしいことは分かっていた。しかし、かなり苦労して手に入れた今の職場を辞めるわけにはいかなかった。
家政婦長のクリティスは、夫人が実家の男爵家から連れてきたと言っていたから、夫人がオーレリーを特別憎んでいる理由を知っているだろうが、自分が侯爵家の執事になった時には既にオーレリーは侯爵家家族に虐待されていた。古株の使用人から去り際にオーレリーが侯爵家の正当な血筋、後継者であると聞き驚いたものだった。
いやな予感がする。
この国の貴族社会での後継についての知識をフル回転する。オーレリーはまだ成人していない。万が一、後継のオーレリーが亡くなれば、後継に相応しい者を国が選ぶことになる。残念ながら、主人であるトマス・デラージュは領地経営に関しては土素人で、前侯爵に仕えていた者達が領にある役所で経営に力を入れているが、優秀な者は軒並み去って行ったため、今のデラージュは、いつ領地を取り上げられるかわからない状態だと噂で聞いた。
夫人が、急に焦り出したのは、後継についてオーレリーの存在が必要だと思い出したからではないのだろうか。
すっかり、止んだ雪。
侯爵家の門に数台の馬車が止まった。
「ダニエルさん、お、王都から、や、役人の方々が!」
駆け込んできた使用人の声に嫌な予感が益々膨らんだ。
「お、夫が!」
マデラインは、役人を前に顔色を変えた。
「既に捕らえられ、王都での裁判のために出発されました。いやぁ、吹雪いてさえなければ、もっーと、早くことは終わっていたんですけどね。」
裁判と聞き、マデラインの隣に座るシェリーも震えた。
「因みに、当主代理と夫人には、先々代侯爵夫妻と、前侯爵殺人、もしくは、教唆の疑いが掛けられてますので、反論があるなら、裁判で、となっております。」
シェリーはなんのことかと、役人と母親の顔を見比べる。
「なので、この後、御同行願います。」
マデラインは、自身の未来が崩れていく音を聞いた。
「それと、オーレリー・デラージュ侯爵令嬢の捜索願いが、リュカ・ドラクロア殿から出されてます。」
その発言に声を上げたのはシェリーだった。