マデライン
デラージュ侯爵家の中に芽生えた不穏な空気は外の吹雪のように渦巻いていた。
政府からの通達も吹雪のせいで届いていない。
お気に入りのメイドに朝の支度を促しながら、マデラインはため息を吐く。
「嫌な天気。吹雪は一晩中?」
防音、防寒魔術の施された完璧な部屋では外の渦巻く風の音も聞こえない。
「あの人は、まだ帰らないの?」
「はい、この吹雪ですので。朝食の用意が出来ましたら、お声掛けいたします。」
昨日、吹雪になる前、領の警邏本部に呼び出された。領主でなければ解決しない重大な事案が起きたと言われたのだ。
ならば、領主のところに来いと言ったが、場所を動かすわけには行かない。もし、領主代理が来られないなら、隣のトレイユ領を介して、王都に連絡を入れるしかないと言われた。自領のことを地領の者に委ねるなど恥だとトマス・デラージュは考えた。自分の力量を低くされては、堪らなかったのだろう、ブツブツいいながら出掛けたが、この吹雪では警邏本部に足止めされているのだろう。
「これほどまでに、不便な領などさっさと手放して、王都に行きたいわ……シャルルは私に似て頭もいいから、こんな田舎で燻ることはしないでしょう。リュカ様に領地経営は押し付けて、公爵家の持つ爵位の領地には、もっと暖かい場所があるはずだし、そこに行って暮らしてもいいわね。」
誰もいなくなった部屋での独り言。昨日の夜遅くに執事と家政婦長が気になることを言っていたのを思い出した。
「ほんと、忌々しいわ、あの女の娘など、さっさと殺しておけば良かった。」
成人を迎える前に、後継者が亡くなった場合、国王の命で後継が決まる。デラージュ侯爵家には、親戚がほぼ存在しない。血筋はオーレリー以外いないため、後継を国が決めることになる。当主代理が選ばれることもあるが、余程問題なく領地経営を行っていない限り、大概の場合、隣接する領の領主が兼任することになる。
マデラインの夫は、領地経営のことに関心がない。だから、後継には選ばれないだろう。だから、シャルルへの教育が必要だと思った、王立学園への入学を許した。すると、シャルルは一向に領地に帰ってこなくなった。実の母を疎んでいるのが分かった時、オーレリーの婚約者リュカの存在を思い出した。
名門公爵家の三男。頭の良さは有名だった。公爵家を継げないため、デラージュ侯爵家に婿入りすることになっていた。オーレリーが成人したら後継をシェリーに譲るよう言えば、あの子は逆らわないはずだ。あの女の子供より、自分に似たシェリーの方が愛らしく、愛嬌もある。オーレリーの祖父の施した魔術契約のお陰で大した交流もないまま今に至っている。シェリーの頑張りさえあれば大丈夫だ。
だから、今。オーレリーに死なれる訳には行かないのに死んでもおかしくない仕打ちをしてしまった。
ここにきてマデラインは、自分の行いを悔いた。
「大丈夫、死にはしないわよ、いくらなんでも、あの小屋にだって、暖炉くらいあるわ。」
大きな窓の開けられたカーテンから外を覗く。
少しだけ太陽の影が見えた。
吹雪は、止もうとしているようだった。
マデラインは、雪で覆われて屋根しか見えていない小屋にゾッとした。細い煙突から煙は上がっていなかった。
「ダニエル!ダニエル!」
執事の名前を叫ぶ。
慌てた様子で駆けつけた執事にマデラインは言った。
「アレを連れてきてちょうだい!」
「……あ、はい!」
マデラインの胸中に嫌な予感が過っていた。