しらゆき
吹きすさぶ吹雪の中、それは風などものともせずふわふわと浮いていた。
『ひめしゃま~どこ~、ここ、どこ~、しらゆき、さみしいよ~。』
そのふわふわとしたものは、泣いていた。暖かくて冷たい、大好きな姫の側で冬まで眠っている筈だった。冬まではまだ半年以上あったはずだ。だから、姫のそばで眠っていたのだ。自分は雪の一族とは運命を共にしない道を選んだ。
雪の季節しか姫と会話も遊ぶことも出来ない妖となることを選び里を捨てた。それほどに姫の側は心地よいものだった。
姫の周りにいる者達も、雪の子白雪には、時に厳しいが優しく、とても強かった。姫からの信頼も篤い彼らを白雪も大好きだった。彼らのように一年中、そばで笑っていたかった。
寒さを感じて目覚めると見たこともないような建物と風景に不安になった。姫を探した。けれど姫の側を離れていては、思うように動けない。動けないと余計に不安になった。そんな白雪の視界に吹雪の中動くものを見つけた。
『ねぇ、ねぇ、ひめしゃま、しらない?』
白雪は声をかける。
けれど、声に反応はない。
『あなた、なまえは?わたしはね、しらゆきっていうのよ、にんげんなのに、さむくないの?』
白雪の脳裏に姫の声、皆の声が蘇った。
ある雪解けの頃、姫とその眷族の者達が白雪をずっと側に置くにはどうすればよいのか話し合っていたことを。
「雪の中、何も体を暖める術のない部屋で一晩過ごして、雪の気配と同化出来るほどの身体機能の低下している人間なら、この子程の力でも人間の体を乗っ取ることができるかも。」
「でも、心の臓が止まる瞬間じゃなきゃ乗っ取れないんじゃない?雪の一族の結界内か!姫様の結界内だったらそんな瞬間じゃなくても大丈夫だろうけど。」
会話を思い出す。
「せめて、人の身を手に入れたならば、春も夏も秋も共に居られるのに。」
白雪は吹雪の中、粗末な小屋に向かう人間の少女の後を追う。
末席ながら妖である白雪は、この少女の命の灯火が消えかかっているのが見えた。
『ねぇ、ねぇ、あなたのからだ、しらゆきにちょうだい、あなた、とっくのむかしに、こころがおれて、たましいも、よわーくなってるわ、しらゆきに、からだくれたら、ひめしゃまのところにいけるの!』
一つの命が消えようとしている中、喜ぶ妖の姿がそこにあった。
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屋敷の勝手口から追い出された少女、オーレリーはふらふらとした足取りで自身の小屋へと向かった。雪かきのされていない小屋への道には腰までの雪が積もっていた。
「お母様のところに行きたい。」
心からの願いだった。
『ねぇ、あなたのからだ、しらゆきにちょうだい!』
聞こえてきたのは、幻聴か。
少女は嗤う。
こんか痩せ細った体を欲しがるものがいるのかと。
幻聴にオーレリーは答えた。
「いらないから、あげる。」
幻聴は嬉しそうに笑った。この幻聴に体を差し出したら、不幸ばかりだったオーレリー・デラージュの人生は幸せなものになるのだろうか。
オーレリーの足から力が抜けた。
積もった雪がオーレリーの体を包み込む。
優しいとオーレリーは思った。冷たくて、痛いばかりだった雪だけが、オーレリーに優しかった。
『そうだよ、わたしは、やさしい、いいこだって、ひめしゃまは、いってたよ、あんしんして、ねていいよ、おやすみ。』
幻聴の言うまま瞳を閉じた。
鼓動がゆっくり、ゆっくり、小さくなっていく。
《オーレリー………。》
幼い頃に聞いた母の声。起き上がり歩き出す。
真っ白な世界だった。
けれど、声の方角は暖かく感じられた。
《こっちよ、オーレリー。ごめんね、一人にして、ごめんね、》
優しい世界に優しい声が響き、涙が溢れた。
《お母様……。》
手を伸ばすと握り返してくれる。暖かいとオーレリーは思った。
《おばあさま?》
母だと思った光の隣にある光も優しかった。
《そうよ、可愛いオーレリー。おじいさまを許してね、こんな結末になるなんておもわなかったのよ。》
オーレリーは、体を捨てて、今、幸せだと感じることが出来ている。
この幸せを得るために、自分は死にたくなるような思いをしたのだと祖母に言った。
母と祖母が悲しそうに笑ったように思ったが、オーレリーは幸せに笑った。
振り替えると痩せっぽっちの自分が嬉しそうに手を振っていた。