リュカ
「……まただ、」
送られてきた手紙を握り潰す。
リュカ・ドラクロア公爵令息は呟いた。ルームメートの侯爵家次男であるシモン・トレイユ伯爵令息が苦笑する。
「妹ちゃん?」
丸めた手紙をシモンに渡す。
内容を目に通し、シモンは笑う。
「相変わらず、頭の悪そうな文章だな。なになに?姉はペンを取れないほど病弱なので、代わりに私がお返事をしました。お姉さまは、頭も悪く、礼儀もなってないので、お父様は爵位をシャルルに変更するために、頑張ってます。リュカ様の婚約者としても相応しくないので、私がリュカ様の婚約者になる予定です。そして、ドラクロア家の持つ爵位をリュカ様が貰って、私は、その家に嫁ぎます。だって。」
本来なら公爵家の令息として個室が与えられてもよい身分でありながら、リュカはシモンと言う悪友、いや幼馴染みと同室を希望した。二人部屋だがプライベートな個室も付いており高位貴族令息に相応しいものだ。
「バカバカしい。デラージュ侯爵家の正当な血筋はオーレリーだ。後妻の息子にも娘にもましてや当主代理に過ぎない父親にも権限はない!魔術契約さえなければ、オーレリーを迎えに行くのに!」
魔術契約により縛られた契約。契約完了の時まで決められたことを履行しなくてはならない。破るとかなり、めんどくさいことになる契約。
「娘と孫が大好きだった先々代が決めた契約なんだろ?」
「そのお陰で俺はオーレリーに近付けないし、来るものを直接拒んではならないはめに合ってる。」
普段のポーカーフェイスが憎らしげに歪んでいた。
幼い頃、オーレリーに出会い、一目惚れしたリュカは親の力を借りて、名門侯爵家であるデラージュ家に婚約の打診をした。爵位が上であるドラクロア家からの打診に、当時貴族界で勢いがあったデラージュ侯爵家当主は、受けるつもりであったが、孫が可愛い先代は、ドラクロア公爵家に呆れるほどの条件を飲まなければ婚約はしないこと、公爵家とは言え、王家の威を借る行為にて婚約を認めさせようとするなら、爵位を返納し、隣国へと亡命するとまで言ってきた。デラージュ侯爵家当主であったオーレリーの母親は呆れ返り、先代の持ち掛けた条件など気にせず、婚約を成立させようとした。しかし、ここで、侯爵家の入り婿が先代の味方をする。彼には、先代とは違う思惑があったのだが、魔術契約と言う成立まで無下に出来ない法の下、婚約は結ばれてしまった。ドラクロア公爵家としては、幼い息子の思いなど、代わる可能性が高いこと、成長し、契約の内容を本当に理解出来た時にオーレリーを諦めるかもしれないと考えた。
公爵家の当主は、オーレリーの実父が嫌いだった。実母は才女で、美しく評判も良かったが、箱入り娘過ぎた。親友である現公爵夫人の言葉を信じず、あの男の手に落ちた。
オーレリーとの婚約を結ぶに辺り、あの男と縁戚となることは不本意だったのだ。現公爵夫人は、オーレリーの実母と和解し、互いに彼女を守るためにリュカとの婚約を了承していたが、祖父のちょっかいで、ややこしいことになってしまった。
契約成立後、オーレリーの祖父母が揃って事故でなくなり、母も原因不明の病により他界。当主代理の男では領地経営など満足に行えるはずもなく、デラージュ侯爵家は没落していく。当主代理はしかし、焦っていなかった。いずれは優秀と誉れ高いリュカが侯爵家を持ち直すだろうと考えていたからだ。自分が楽して暮らすためには、悪知恵の働く当主代理は、魔術契約のためにオーレリーに近付けないリュカの相手を愛娘のシェリーに変更することを思い付いた。魔術契約の効果が切れるのは、オーレリーが成人となる16歳となった時。その日までにオーレリーの心をへし折り、侯爵家当主を成人となった時にシェリーに譲ると、これこそ魔術契約により約束させればいい。貴族の婚約は家同士の約束。上手くいけば、リュカは公爵の持つ爵位も手に入れこの社交界で確固たる地位を得る。万が一デラージュ家の血筋ではないと問題視されてもリュカの持つ爵位があれば、貴族社会で生き残ることは可能だ、当主代理はそんなことを考えて、来年成人となるオーレリーを痛め付けてきたのだった。