少女②
「何か、探し物ですか、姫様。」
屋敷の中を隅の方を見ながら歩く姫と呼ばれる娘が振り返る。
「あの子の魂を封じた玉よ。」
姫の言葉に尋ねた者が悲しい表情を見せた。
「此方に来るときに消滅したのではと思います。」
「そうよね……。貴方達のように私の中に避難させた訳じゃないもの。それに、あれは魂と言うより、私の一冬の思い出だものね……。」
淋しそうに笑う姫の顔に胸が締め付けられた。
「此方の世界にも雪の一族がいるかもしれません。」
内心、世界が違うのだから雪の一族など存在しないだろう。けれど、姫の悲しそうな顔は見たくなかった。
「そ、そそそそうううででですっ!また、あの子のののよよよような雪の子はいままままますよ!」
何処からか、姫を慰める言葉が増えた。
「私を覚えていてくれるあの子との思い出をまた玉に詰めてみるわ、ありがとう、みんな。」
ふと見上げた空は、もうすぐ冬の訪れを告げているように思えた。
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その日から、少女の扱いは給金のいらない下女となった。
掃除、洗濯を中心にさせられた。生活魔術を使えるようになる十歳を過ぎても、少女は魔術の一つすら使えず、一瞬で終わるはずの掃除も洗濯も時間がかかり、食事を抜かれるのも頻繁にあった。父母に似て背丈は高く育ったが栄養が足らず、腕も足もガリガリで、目は落ち窪み、腹は妊婦のように膨らんで重たかった。余りの身窄らしさに使用人の誰かが食べ物を差し入れてくれることもあったが、多くの食事を受け付けることが出来ず吐くこともあった。
とうとう起き上がることが出来なくなったある日、父親が魔術師を連れて小屋までやってきて少女に回復の魔術を施した。しかし、魔術は怪我は治せても病は治せない。魔術師は、医者の診察を勧めた。父は非常に忌々しいと言いたげな表情で少女を見ると使用人に少女を運ばせた。少女は屋敷の客間に運ばれ隣接した浴室で体を洗われた。ガリガリの体に対する労りなど全くない強さで磨かれた肌は赤く擦れ痛々しいものだった。立つことも出来ない少女を無理に立たせ寝衣に着替えさせるとナイトキャップを被せ、幸せだった頃に使っていたような柔らかいマットレスのベッドに入れられた。
「よいか、余計なことは話すな。」
父親の言葉に頷いた少女は部屋に入って来た白髪でヒゲの紳士に目を丸くした。
「怖がらなくても大丈夫ですよ、レディ・デラージュ。」
久々に耳にした自分の名字は自分のものとは思えなかった。
紳士は医者だと言った。それも普段は王城で働いている程の名医で、偶々立ち寄った隣街で少女の噂を聞き付け、善意で訪れたのだと言った。
「噂……。」
ふと漏らした言葉に父から鋭い視線が飛んだ。
「デラージュ家の令嬢は、母君を亡くされて以来、食事を取ることもままならず、ほぼ寝たきりと言う噂です。魔力保有量も少なく、魔術も使えない故に表に出ることが出来ずにいると。」
少女は、自分が魔術を使えないのは、義母が付けた腕輪が原因だと義妹から聞かされたことがある。付けた本人にしか外せない、関係者にしか見えない腕輪だそうだ。
念のため少女を締め付けている腕輪の腕には包帯が巻かれ、分厚い長袖で覆われている。
「私はね、魔術医だ。普通の魔術師は怪我などの体の損傷は治せるが、病は治せない。私はね、魔術を使って病を軽くすることが出来る医者なんだよ。さぁ、ちょっと痛いが我慢しておくれ。」
腕の血管に細い針が刺され、固定されると温かい液体の入った瓶と針が繋がり、液体が入ってきた。
「これは、特別な魔術で作り上げた薬だ。これを三日間行って、消化の良い柔らかいものから、食べてみよう。」
少女は、この行為がとても高価であると悟り、頭を横に振った。
「お医者様、よいのです。私は、もう……死にたいのです。」
弱々しく言う少女の言葉に被せるように父親が叫んだ。
「何を言うんだ!お前はこの家の大切な後継者だ!お前がよくなるために出来ることをするのが父の義務だろう!」
そんなことを父親が言うはずはない。これは演技だと少女は悟った。
「貴方の婚約者である、リュカ殿も貴方が健康になることを祈っておられる。私が貴方を診ようと思ったのは、親友の息子の婚約者だからだ。」
自分に婚約者がいるなど初耳だった。
あの日から自分は家の令嬢ではなく、下女となったのだと思っていた。
明日、また来ると言って医者は引き上げていった。
部屋に残された少女は父親を見た。
「くそっ!ドラクロアのガキめっ!いいか!図に乗るなよ!お前の命など二十歳までだ!治療の間だけ、この部屋にいることを許してやる!だが、あの医者が街にいる間だけだ!」