リュカとオーレリー
「オーレリー、この男を知っていて?」
オーレリーは考える。けれどやはりオーレリーの記憶の中にもない。
「知らない。」
実際にリュカがオーレリーと会ったのは、彼女の母親が存命中の五歳頃のたった1日だ。
母親が亡くなった後は、辛い出来事ばかり起きていたので、リュカのことなど考える暇はなかった。あっけらかんと言われたリュカはもちろん、ショックを受けた。
しかし、この状況下で空気を読めないシェリーが声を上げる。
「リュカ様!あなたがリュカ様なのですね!お会いしたかった!助けて下さい!この人達が私を、お母様をっ!」
いいながらシェリーはリュカに抱き付いた。
呆然としていたリュカは突進してきたシェリーを避けきれず抱き付かれる。
リュカと同じく駆け付けたシモンが思わず自身の額を押さえた。
「なるほど、その娘の関係者なのですね。」
ブランカの言葉に我に返ったリュカがシェリーを突き放した。
「この娘とは、」
「いずれ婚姻を交わす関係です!」
シェリーが叫ぶ。
リュカは激しく顔を歪めシェリーを睨み付ける。
「お前が非常識な異母妹かっ!言っておくが、俺の婚約者は、後にも先にもオーレリーだけだっ!」
怒鳴り付けるリュカの様子にさすがのシェリーも、
「そんなっ!」
と叫ぶが次の瞬間倒れている母親の元に戻り彼女を揺さぶった。
「お母様、起きてください、リュカ様がおかしなことを言ってます。ねぇ、お母様、お母様!」
金切り声の様相を呈してきたシェリーの声に頭を痛めた役人は部下に命じて夫人とシェリーを部屋から連れ出した。
「さて、あなたは、リュカ・ドラクロア殿ですね。」
役人はリュカとシモンに座るように促す。
マデラインが座り倒れていたソファは血で汚れていたので直ちに違う椅子が用意されていた。
「オーレリー様、貴女もお掛けください。」
先程からブランカの後ろに立っていたオーレリーにも声が掛かる。しかし、オーレリーは動こうとしなかった。
「オーレリー、お掛けなさい。」
ブランカの一言でオーレリーは自分で用意された新しい椅子をブランカの真横に置いて座った。リュカの視線はものともしていない。
まず、役人はブランカにオーレリーとリュカの関係について説明した。魔術契約に従って交わされた婚約。役人はよく調べていたようで、契約を結ぶに当たった経緯等も説明した。一見無関係に思えるブランカは、他国とは言えこの中では一番位が高い。それにオーレリーの様子からリュカには部が悪いと考え、混乱の中にいるリュカに代わり、説明をかってでた。
「馬鹿馬鹿しい契約をよくもまぁ、結びましたわね。それに、接近禁止令が出されていたとしてもオーレリーの現状は掴めたでしょうに。それを怠っていたのでしょう?」
嘆息するブランカ。リュカは返す言葉もない。
「リュカ殿の言い訳をしない態度は好感がもてますが、さて、ある人物をここに招き入れましょう。」
そう言って連れてこられたのはデラージュ侯爵家の使用人の男女。彼らは二人とも顔色が悪かった。
「君達は……。」
リュカと目を合わそうとしない二人。
「どなたですの?」
ブランカの問いに役人が答える。
「リュカ殿が長年、オーレリー様のご様子を探るためにデラージュ侯爵家に潜入させていたドラクロア公爵家の使用人です。」
役人の説明。彼は、リュカが知らないことも理解しているようだ。リュカは、呆然としながら言葉を発した。
「婚約が整って暫くはオーレリーとも手紙を通して交流があった。しかし、母君……デラージュ侯爵が亡くなられてから、ぷっつり連絡が取れなくなって、母君が亡くなられたショックで、その上、当主代理である父親は、間を置くことなく再婚したと父母から聞いたから、オーレリーのことが心配になったんだ。だから、父母に頼んでオーレリーの様子を知りたいと頼み込んだ。」
まだ、リュカも幼かったが、彼は彼なりにオーレリーのことが大好きだったのだ。
「オーレリー様の様子を探って、危険がないようフォローするようにドラクロア公爵家から命じられたのが、この二人です。」
役人の言葉を受けてオーレリーは記憶を辿る。
よく自分を見ていた二人だったと思い出した。彼らは積極的にオーレリーを虐げた訳ではない。しかし、時々口角を上げてオーレリーを嘲笑していたのは覚えていた。
「この者達のことは、覚えています。時々、食事や薪を小屋に運んでくれました。」