ブランカ・ロイヒシュタイン
「なっ!」
思わず声だけは出たが、室内にいる役人、そして騎士までもが動けなかった。
「お前は、侯爵家の当主代理の後家。当主代理は、あくまでも代理であって、正式にオーレリーが後を継いだ後に正式な爵位が与えられる。言ってみれば準貴族に過ぎないの。間違いないわね、役人。」
他国の公爵令嬢が法律を理解している事実に驚くが頷いた。
「実家の男爵家を出て、当主代理の後妻に過ぎないお前は何の爵位も持たない平民よ。口を慎んでいただきたいわね。」
役人が大きく息を吐き尋ねた。
「お、恐れ入りますが、どうやってここまで、オーレリー様とはいつ?」
役人ににっこりと微笑む。
「ご存じでしょうけど、オーヴェル帝国は、大穴の影響で、魔術がこの国より進んでいます。オーレリーとは、私の可愛い騎獣を通して知り合いました。侯爵令嬢なのに、赤の他人に苦しまされて、実の父親に殴られているだなんて。私の境遇にも近しいところが有りましたから、直ぐに仲良くなりましたの、そう、誰にもばれないよう魔術便による交流をしておりました。もちろん、経費は私持ちで。帝国から此方は遠いですから、直ぐには来られなかったのです。けれど、昨日の夜、オーレリーの命が一度消えたことに気付いて、居てもも立っても居られなくて、騎獣を飛ばしてやって来ました。オーレリーは、雪の中で倒れていたわ。それを救いだして、保護したの。」
優雅に微笑む令嬢は迷いなく上座に座る。そして、その傍らにはオーレリーが立っていた。
「オーレリーは、一度死にました。なので、侯爵家の後継については国にお任せします。」
オーレリーがハッキリと言った。
「この女がオーレリーに付けていた呪いのブレスレットですわ。」
オーヴェル帝国の公爵令嬢がテーブルの上に壊れたブレスレットを投げ捨てた。
マデラインは、ぎょっとした。自分が付けた呪いが外されたのだ。冷や汗を掻き始めた。
「この腕輪のせいでオーレリーは魔力、魔術を封じられていました。この国では、魔術は貴重なもの。簡単に封じたりしてはいけないと習いましたけど、間違いはありませんわね?では、その女は、また、罪を重ねたと言うことでしょうか。」
震えが止まらないマデライン。
「お母様?どうしたの?」
震えが全身に現れている。その場にいる役人も騎士もダニエルもマデラインが異質に見えた。
「呪いが掛けた本人に戻っただけですわ。」
悲鳴を上げてマデラインが倒れる。
「お母様っ!ひっ!」
シェリーが飛び退く。ゴトリとマデラインの腕が落ちたのだ。役人の一人が慌ててマデラインの腕の切断面に魔術陣が描かれた布を巻いた。 落ちた腕は黒く変色し灰のように崩れて消えた。
「魔術符ですか、素晴らしいですわね。」
ブランカが感嘆の声を上げた。
「恐れ入ります。で、貴女様は、本当にオーヴェル帝国から来られのですか?わざわざ。」
「はい。入国許可も一週間ほど前にもらってますわよ。」
「居ても立っても居られないから来たのでは?」
「外交の特使として入国いたしておりました。オーレリーに会うことも目的の一つでしたわ。けれど、先程も申し上げましたが、彼女の命が危険に晒されていると分かったので飛んできたのです。」
「分かった?」
「わたくしと、オーレリーは親友ですから。」
ニッコリ。これ以上答えるつもりはないと言う返事だった。
「この国に、私がいつ入ったのかは、国に確認してくださいませ。」
マデラインは、気を失った。
と、玄関付近が騒がしくなった。
「お待ちください!」
止める声を遮る若い男の声がした。
「待ってられるかっ!オーレリーと結んだ魔術契約が消えた!オーレリーの身に何かあったとしか思えないっ!」
入ってきたのは見目麗しい青年。彼は部屋の状況に言葉を失う。当主代理夫人と見られる女性が倒れ、豪華な異国風のドレスを纏った女性が優雅に座っている。その傍らに幼い頃会っただけだが、忘れもしない少女。
「オーレリー?」
近付いてきたリュカ。オーレリーの記憶の中に彼はいない。
「それ以上、近付いてはならぬ。」
キツイ言葉だった。