鬼姫降臨
「ちょっと待って、どうして、リュカ様があんな子の心配をするのよ!」
立ち上がり抗議するシェリー。
テーブルを叩いての抗議だった。
夫人は、未だに混乱の中だった。
「と言うと?」
「リュカ様は、私の婚約者になる方よ!あんな下女以下の子には、相応しくないわ!」
役人はあくまで優しく問いかける。
「オーレリー様は、侯爵家の血筋、そして、リュカ様は、その婚約者だと届け出は出ているし、国王の許可もありますよ?」
「違うわ、私がデラージュ侯爵家の後継者よ、あの子が成人したら、後継者に私を指名することになってるのよ。後継者ではないオーレリーは平民になるのだから、リュカ様とは不釣り合いだし、私の方が可愛いし、お似合いだわ。」
平然とおかしいことを言っているのだが、本人は気付かない。
「そうなんですか、でも、侯爵家ですよ?そんな簡単に棄てられますか?」
そこでシェリーは鼻の穴を膨らませながら自慢気に言った。
「オーレリーは、私達の言うことに逆らわないわよ、そうなるよう心をへし折ってやっんだから。」
キラリと光る役人達の目。
「へし折るとは?」
「これでもかってほどに虐めたのよ、お父様なんか何回、オーレリーを殴ったか知れないし、お母様だって、何回かあの子の手を踏みつけたり、食事を抜いたり、無茶ぶりのお使いをさせて、遅刻したり、頼まれものを汚したりしたら、鞭打ちしてたわ。」
シェリーは、何でこんなに喋ってるのか、黙らないとと思いながら止まらなかった。隣に座る母親は更に顔を青くしたり、赤くなったりしているが、後ろにいる騎士がマデラインを魔術で押さえ込んでいるようだった。
「昨日だって、この真冬の吹雪ん中、夏用のワンピースでお使いに行かせて、頼まれもののショールを濡らしたって、鞭打ちしたんですって。私?私はオーレリーがお父様の前の奥さんから貰ったアクセサリーとか、ドレスとかを貰ったわ、だって、あの子は、ただでこき使える下女以下の存在をなんだもの。」
心の一部と相反する言葉が湯水のように出てきて、シェリーは自分が怖かった。言葉も体も震えてしまっている。
「正当なる後継者への虐待と言う罪も追加ですね。そこの君!」
側に青い顔して立っていたダニエルは飛び上がるほど驚いた。
「オーレリー様は、生きているんだろうね。」
物凄く威圧感のある空気が漂っていた。
「失礼しましてよ。」
緊迫感漂う部屋に朗らかかつ、凛とした少女の声が響いた。
光によっては、銀色にも見える長い灰色の髪に赤い瞳のまだ少女と言ってよい年頃の娘が見たことのない異国のドレスのようなものを纏って現れた。
「わたくし、オーヴェル帝国のロイヒシュタイン公爵が娘、ブランカ・ロイヒシュタインと申すものですわ。愛する親友を救うため国境を越えて参りました。」
唖然とする面々。
その後ろからひょっこり顔を出したのは、残バラ髪のこの季節には合わないワンピースを纏ったオーレリーだった。
「オーレリー……。」
呟く義母にオーレリーは微笑んだ。
死んでしまったかもと思っていたオーレリーが元気そうに笑っている。そのことに僅かな安堵を感じたが、今までと全く雰囲気の違うオーレリーに驚き怖くなった。
「オーレリー、何を笑っているのお父様が捕らえられたのよ!」
この状況の原因をオーレリーに押し付けようとでも思ったのかマデラインは叫ぶ。
いつもなら、マデラインの声に怯え震えるオーレリーは変わらず笑っていた。
「ちょっと、そこの女。」
ブランカが折り畳んだ扇でマデラインを指す。
「お前、平民の癖に侯爵令嬢を呼び捨てるとは何事なのかしら!」
威厳のある声に室内が震えた。
金縛りにあったかのように誰も言葉をだせないし、動けなかった。
役人と騎士は、ブランカと名乗った娘が只者ではないことを認識した。