文字を学ぼう
文字を学ぶにはどうしたら良いか。
会話はできているが絵本などの文字ですらさっぱりである。
「アイリスお嬢様。どうされました?」
頭を悩ませているとメイド服の少女に声をかけられる。
まだ少女と呼ぶにふさわしくあどけない顔立ちをした
彼女は私の専属メイドであるコーデリアだ。
伯爵家の令嬢だけあって使用人の数は多いが、その中でも彼女は1番歳若いこと、男爵家から奉公に来ている貴族ということもあり私の専属メイドに抜擢された。
彼女を見てふと名案を思いついた。
「りあ。こりぇはなんてかくの?」
「机はこう書きます。」
コーデリアの膝に乗せてもらい1つ1つ文字を書いてもらう。
それを反復して自分でも書くことで覚える作戦だ。
コーデリアは文字を学ぶ私にじっくり向き合ってくれているが、まだ2歳の幼女の手では文字を書くのは難しい。
何度も何度も練習をし、拙くではあるがある程度の読み書きができるようになった。
ここまでくるのに半年もかかってしまった。
しかしまだ足りない。
今のままでは専門的な魔法書は読めないからだ。
より高度な教育を受ける必要がある。
(今度はどうやって学ぼうかしら。コーデリアにそこまで高度な知識を要求することはできないし・・・)
またしても行き詰まったと頭を悩ませているとコーデリアのポケットからチラチラと紙が見えた。
「りあ、こりぇはなに?」
問うとコーデリアはポケットからそれを取り出した。
「これは手紙でございます。実家の父と母に向けて書きました。」
コーデリアは少し恥ずかしそうにはにかむ。
その顔を見てまたしても名案を思いついた。
ナイトレイ伯爵の現当主は氷の伯爵と呼ばれている。
それはひとえに北方の領土を統治しているからという理由だけでない。
それは彼が常に冷静沈着であり、無表情な人物だからである。
誰に対しても感情をあらわにすることがなく、状況を冷静に判断し対処できる有能な人物。
それが世間からの評価だ。
「セバスチャン。この案件はもう一度まとめ直す。」
「かしこまりました旦那様。」
執務室にはナイトレイ家現当主のウィリアム・ナイトレイが書類の山をさばいている最中であった。
そばで補佐をしているのは執事のセバスチャンだ。
そのときコンコンっと執務室のドアがノックされる。
「入れ。」
ウィリアムが短く答えると扉が遠慮がちに開かれる。
「旦那様。公務中に失礼いたします。」
視線を向けるとアイリスの専属メイドのコーデリアが立っていた。
「おとうしゃま。」
コーデリアの腕にはアイリスが抱かれている。
アイリスの姿を見るとウィリアムは大きく目を見開いた。
「アイリスちゃーん‼︎こんなところに来てどうしたんですか?お腹が空いたんですか?」
いつもの無表情はどこへやら。
駆け寄ってきたかと思ったらコーデリアからアイリスを奪い取るとその場でくるくる回り出す。
「お、おとうしゃま。おわたししたいものがあって来たの。これ、お手紙なの。」
頬擦りをする父をなんとか突っぱね下ろしてもらうと手に持っていた封筒を父へ渡す。
「・・・セバスチャン。」
「今すぐこの手紙を額縁に入れて玄関ホールに飾れ。」
手紙を受け取りしばらく固まっていた父はおかしなことを言いだす。
「旦那様。アイリス様は旦那様に読んでいただきたく手紙を書かれたのですよ。まずは手紙を読みませんと。」
父の言動に慣れているセバスチャンが冷静に答えると
そっとペーパーナイフを差し出した。
「しかし、アイリスに初めてもらった手紙だそ⁈
なんとか封筒を傷つけずに中を読めないのか?」
「無理でございます。旦那様の代わりに私が開けさせていただくこともできますが、いかがいたしましょう。」
「・・・私が開ける。」
セバスチャンに転がされている父である。
必要以上に傷つけないようにと慎重にあけ、手紙を開けた父は涙を流し始めた。
「アイリスちゃん。お手紙ありがとう。
いつの間に文字が書けるようになったんだい?」
「れんしゅうしたの。おとうしゃまによんでいただきたくて。あのね、わたくしもっともじがしりたいわ。おべんきょうがしたいの。」
「でもねアイリスちゃん。お勉強って大変なんだよ?
それに辛くなっちゃうかもしれない。かわいいアイリスちゃんが辛い思いをするのはお父様嫌なんだよ。」
「でもね、おべんきょうしたらもっとたくさんのことをつたえることができるわ。そしたらおとうさまがおしごとでとおくにいっても、たくさんおてがみでつたえられるもの。」
そう伝えると再度父の目から滝のように涙が溢れ出した。
「わかったよ。でも辛くなったらすぐにお父様に言うんだよ。」
娘を溺愛しすぎて大変な思いはさせまいとする父である。
それでもなんとか説得することに成功した。
早速次の日から家庭教師がついた。
時々扉の隙間から勉強している姿を覗きにくる父と母を尻目に勉強に励む。
魔法を学ぶ第1歩だ。
ちなみに玄関ホールに飾られていた名画が外され、
開封された手紙と封筒が額縁に入れられ飾られていたのは言うまでもない。
読んでいただきありがとうございました。