警備員と悪質な同僚
夜の日本酒とともに、俺の心の癒しになっているのは、晴れた日にする洗濯だ。
飲み過ぎて頭が重くても、スカッと晴れた空を見ると気持ちも晴れやかになる。
洗濯機を回している時は、ちょっと微睡みながら終わるのを待つ。
年期が入った洗濯機は、全自動だと柔軟剤の効き目が薄いので、洗濯で一回、柔軟剤を入れてすすぎと脱水でもう一回と二段階で洗うようにしてる。
手間に思えるようだが、こっちの方が仕上がった時の香りがいい。
角ハンガーや衣紋掛けに、どうやって干していったらキレイにかつ効率的にできるかを考えながら進めるのが楽しい。
ここでの思考は普段の仕事とは違って、苦悩や苦痛から逃れるためのものではないから、考えること自体が楽しいのだ。
あ・・・
アイツ、こんな服持ってたっけ・・・?
一緒になって20年余り。
お互いがお互いに興味がなくなり、もはや形だけになった夫婦。
アイツが夜遅くや泊まりで帰って来る時は、決まって俺が見たことのない服や下着が洗濯物になって出てくる。
艶やかな色づかいでやや過激なデザインの下着を、アイツはどんな奴の前で見せ、素肌をさらしているのだろうか・・・?
おっと、せっかくの癒しの時間なのに、悶々としていてはもったいない。
さっさと片付けて本題に入ろう。
ある意味、身の潔白を証明して入社するものの、警備員だってひとりの人間だ。
魔が差せば法を犯すことだってある。
なまじ、建物のことに詳しくなるから、どこに何があってとか、どこが死角になってというのも熟知している。
ぶっちゃけ、誰もいない深夜なんて、やりたい放題なのかもしれない。
で、実際に犯罪に手を染めてしまった同僚もいたんだ。
ある時、管理していた鍵がなくなっていた。
前日泊まり勤務だった奴らに聞いても、「知らない」の一点張り。
誰かが持ち出さない限り、無くなることはないので、ほぼ間違いなくそいつらのうちの誰かがやっているにも関わらず、だ。
数日後無事鍵は見つかったが、普段管理している状態とはほど遠い形で見つかった。
本来なら、鍵がなくなった時点で、契約先や本部に報告をして、場合によっては何らかの処分を受けるのが誠意というものだが、その時は隊長がうまくごまかした。
どうにも納得がいかなかった俺は、普段働いている詰所にあるカメラを再生した。
・・・残念ながら、当日の泊まり勤務のひとりが、鍵を抜き出しているのがバッチリと映っていたんだ。
その映像を隊長に見せ、後は判断を委ねた。
3日もしないうちに、鍵を持ち出した奴は職場から去っていったよ。
いい人だったんだけどな・・・
実は、俺がカメラを見ようと提案した時も、隊長は渋ってたんだ。
今にして思えば、自分の管理下で重大な事件が起きるのを避けたかったのかも?と勘繰ってしまう。
というのも、この隊長もおよそ誉められた人物ではないから。
配属された当初はいつも身なりをキチンとして、誰に対しても優しく、時に厳しく接する隊長に憧れてもいた。
ただ気になっていたのは、詰所にいるとひっきりなしにかかってくる携帯電話。
相手は昔の職場の元部下だったり、時には芸能人の名前が出たこともあったな。
何も知らなかった当時は、職場が変わっても、慕われ頼りにされている隊長に更なるリスペクトを覚えていたよ。
でも、その思いが見事に崩れ去る出来事があったんだ。
たまたま新人で、昔の隊長のことを知る人が配属された。
その人が「あの人の電話、全部嘘っぱちですよ」と言ってきたんだ。
その話を聞いてから、よくよく隊長の携帯を見てみると、通話中なのに、ホーム画面のままだったり、着信音もタイマーやダミーで鳴らしていたことが分かった。
一部始終を見ていくと、なんとも滑稽なひとり芝居だ。
見栄っ張りで虚言癖のある隊長。
残念ながら、俺のリスペクトの気持ちは一気に冷めていったよ。
そんなことしなくても、普段の姿で十分すごいのに・・・
わざわざ嘘をついてまで、彼が見せたかった、守りたかったものってなんだったんだろう。
あぁ、俺は「嘘も方便」タイプなので、警備員は品行方正でなければいけないと思ってないけどな。
さて、昼になった。
休みの日は昼から飲めるからいいよな。
イカの塩辛をつまみにして、あの日本酒から始めるとしよう。