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Tune the Rainbow  作者: 媛貴
11/11

2026ホワイトデーSS「虹を灯す」

「さて、どうしたものか」


珍しく蔵人は考え込む。


零韻からもらったバレンタインのお返しをずっと返しそびれていたのだ。

なんとなく足を運んだショッピングモールだが、

ギフトショップの女性向けコーナーで1人しかめっ面で佇んでいた。

目の前にはキラキラと煌びやかに輝くゴールドやシルバーのアクセサリーが

燦然と並べられている。

綺麗だなと思ってなんとなく立ち寄ってしまったが、よくよく考えると

彼の妹はあまりこういったアクセサリーが好きではない。

無頓着というか、興味がないというか。

人工的な輝きよりも、ありのままの、自然体そのものの輝きを好むような娘だ。

かといって妹にアクセサリーでお返しをするのも。

(なんだか特別感マシマシすぎんか??)

自分で考えて一人で噴き出してしまった。

チョコレートをもらったのだから食べ物で返せばいいではないか。

何をトチ狂ってこんな眩しい売り場などに来てしまったのだろう。


ふと。


学生時代の自分を思い出す。

当時、付き合っていた女の子の事が頭を過ぎる。

スッと、無意識のうちの蔵人の目が細くなった。


好き、だったんだと思う。

告白されて、嬉しかったんだと思う。

手を繋いでのデートは気恥ずかしかった気がする。

初めて触れた女の子の体は、汗と熱気で暗い部屋でもぼんやりと白く光りを帯びていた。


その子はこんな感じのアクセサリーが好きだったっけ。


もう一度アクセサリーに視線を戻すが、次の瞬間にはウソのように

白々としたただの金属の塊にしか見えなくなっていた。

ジャケットのポケットに両手を突っ込み、蔵人は踵を返して売り場から離れる。


特定の女の子との付き合いを止めたのはいつだっただろう。

芸能界での活動のことがあり、そこまで考えが回らなくなったのがある。

最近では子供向けの特撮番組の主演にCM、バラエティ番組の出演など、

仕事が増えてきていて大抵の日は日付が変わってからの帰宅になる。

癒しといえば、自力で稼いだ金に物を言わせて改造した自宅のシステムバスと母の作る手料理、先輩であり父代わりの愛之丞と一緒に飲む酒、

俳優仲間たちや幼馴染とたまに出かけるツーリングやグランピングといったアウトドアな趣味。

(25歳の健全な日本男子の生活にしては華がないですネー)

内心自嘲しながらショッピングモールを散策する。


画家志望の妹に、いつぞやは絵の具をプレゼントしたっけ。

「ウィンザー&ニュートンの絵の具が欲しい」と言っていたのを覚えていたので107色セットを渡したら「ホワイトデーのお返しにしていい金額じゃない」と怯えた目で見られた。

絵の具のことはよく分からなかったが、聞けば英国王室御用達の最高級水彩絵具だという。

それなりの金額がしたが、画家であった祖母・菖蒲の背中を見て育った蔵人にしてみたら「画材ってそういうもんでしょ」で済む。


妹はあの絵の具を使ってくれているだろうか。

そういえば最近妹はあまり絵を見せたがらない。

課題の作品作りで煮詰まっているのもあるのだろうが、以前ほど伸び伸びと絵を描いていないように思う。

いつだったろうか。

深夜、夜遅く呻き声とともにビリビリと紙を引き裂くような音が聞こえた日があった。

妹も、思い悩んでいるのだろう。

祖母もそうだった。

「産みの苦しみ」に苛まれていた。

そして「常人ならざる己の感覚と美意識」にも。


妹の視覚は他人のそれとはやや異なる。

「視えなくていいものが視える目」だ。

自分とよく似たアジュールブルーの目には、一体何が視えているのか。

視えているだけではない。

それを如実に表現しようとしている。

真っ白いキャンバスに向かって、涙を零しながら。

それでも絵筆を握り、色を重ねていた小さな背中を、蔵人は知っている。


そういう血筋なのだろう。


ふっと蔵人の口元が緩む。

何かと祖母と自分を重ね、苦しんでいる妹だ。

(もっと自由になっていいのになぁ…)

そんな妹に、自分は何がしてやれるだろうか。


「間違った音を奏でることは取るに足りないが、情熱を持たずに演奏することは言語道断だ。」

そう言ったのはかの有名なベートーヴェンだ。


今の妹は「何か怯えている」ように感じる。

「留年したらどうしよう」というよりは、「評価されなかったらどうしよう」という恐怖に怯えているように思う。


画家とは孤独な闘いだ。

特に美大とは「正解がない場所」で「才能を可視化される場所」。

普通の大学では勉強すれば点が上がるが、美大では努力しても「センス」で殴られるという。

役者稼業も似たようなものだ。

俳優も、画家も、自分の感性が商品だと思う。


己と向き合い、熟考し、研鑽し、時に衝突し、切り捨て、引き出し、たった一輪の花を咲かせる。


文字通り、心身が削られる職業だ。

すり減り、消耗し、辞めていった人間を、何人も見ている。

高校の頃、雑誌のスカウトからこの業界に足を入れた蔵人だが、そろそろ10年になる。

長いのか短いのか。

自分でもよく分からない。

元タカラジェンヌの母譲りの美貌と、好奇心から得た数々のスキルのおかけで切り抜けて来た感が大きい。


演技をするのは好きだった。

自分以外の誰かになれる経験は楽しかったし、現実では味わえない非日常はとてもスリリングで退屈しなかった。

妹も、「絵を描くのは好きだ」と言っていた。

筆を走らせ、一本一本の線で「自分の世界を描く」のが何よりも楽しいという。

その「楽しい」を継続させていくのはなかなか難しい。

どんな人間であろうと、必ず負の感情がつきまとい、向き合わなくてはならない。

他人からの怨嗟然り、己自身の嫌悪感然り。

だが、そこを乗り越えなければ芸術は生まれない。

心を耕さなければ、根は張らず、花は芽吹かないのだ。


今、妹はその渦中にいる。


再び蔵人ははぁっと息を吐く。

その目の端で、キラリと光ったディスプレイがあった。






コンコンコン。

自室のドアをノックする音で零韻は我に返った。

眠っていたのだろうか。

それてもただ茫然としていただけだろうか。

意識があやふやで何が起こったのか分からず惚けてしまう。

「零韻?」

今度は兄の声とともにドアがノックされた。

「あ、はーい。いるよ、起きてる」

返事をしながら時計を確認すると18時を回ったところだった。

いけない、晩ご飯の準備手伝わないと。

ふらつく頭に喝を入れながら零韻はドアを開ける。

帰宅したばかりだろうか、兄は左手にいつもの黒いジャケットを抱えていた。

いつもと違うのは右手にちいさな紙袋を持っていたこと。

差し出された紙袋に、零韻は目を丸くする。

「これ、ホワイトデーのお返し」

「えっ」

ホワイトデー?

もうそんな時期なのか。

絵のことばかり考えていてそれさえもすっかり忘れていた。

両手にすっぽり入るような紙袋だが、やや重量がある。

大きさや紙袋の傾向からしたら…アクセサリー?

「…開けてみていい?」

「ん」

紙袋を探ると、中から何やらキューブが出てきた。


「うわ、あ…!」


親指と人差し指でつまめるほどの大きさのそれは、レジンでできた小サイズのキューブだった。

もちろんただのキューブではない。

まるでキューブの中に青空と白い雲、そして虹が閉じ込められているかのような、青空に架かった虹を描いたアートキューブだった。

「これ、レジン…?!すごい…かなりの透明度だ…」

零韻が口にしたように、まるで突き抜けるかのような透明感。

熟練の作家が丁寧に丁寧に磨いたもので、一日にいくつも量産できないほど時間をかけて制作されたものだった。

360度、どの角度から見てもその透明度は変わることなく、あらゆる角度から空をのぞき込んでいるかのような。

そんな不思議な感覚に陥り、零韻は言葉を失った。

「…綺麗…」

やっとの思いでそう呟いたとたん、何かがカタンと音を立てて外れたような気がした。

熱い。

そう感じた時には、目から止めどなく涙が溢れていた。

「きれい…うん…すごく、綺麗だ…」

嬉しそうに泣く妹を、蔵人は何も言わずにしばらく見つめていた。

零韻は気が済むだけ泣いたのか、ぐいっと乱暴に腕で涙を拭う。

「…ははっ…やっぱり兄さんには敵わないなぁ…

私の事、何でもお見通しだ…」

自嘲ぎみに笑い、零韻はゆっくりと顔を上げた。

「ありがとう、兄さん。ちょっと楽になったかも」

「何がちょっとだよ、ピィピイ泣いたくせに」

「確かに」

2人で顔を見合わせて笑い合う。

ひとしきり笑ったあと、蔵人がふっと真面目な顔になる。

「…できそうか?」


他に助けはいらないか。

ひとりで立ち上がれそうか。


そう兄は問いかけてくれている。

手を差し出すことはしない。

もうそんな年齢の子供ではない。

兄は、暗に「自力で立て」と言ってくれている。


「…やれるだけやってみる。

ちょっとまだ怖いけど…光が視えたような気がする」

キューブを握りしめ、少し震える声で零韻は応える。

声は震えているが、瞳には確かな光が宿っている。

それを確認し、蔵人は力が抜けたように笑って見せる。

「そうか」

とだけ言い、軽く零韻の頭を撫でてやると、何もなかったかのように自室に戻っていく。

「に、兄さん!」

呼び止める妹に、蔵人は顔だけで小さく振り返る。

「これ…ありがとう」

「ん」

目を細めて笑い、ひらひらと手を振って蔵人は自室へと消えるのだった。

◆あとがき。

2021年のバレンタインのアンサーがようやくできました。

アンサーというよりは蔵人目線の話がようやく書けたというか。

バレンタインはこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8675gp/4

空のレジンキューブは偶然検索でみかけたこちらのサイトさまを参考にさせていただきました。

https://annie0937712606.shop-inframe.jp/

作品の中にどうしても「虹」を入れたくて色々調べたのですが、虹に似た現象でハローやらアークやら色々あるんですね…勉強になった…!!

皆さまにも素敵なホワイトデーが訪れますように!!

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