表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

あなた 寝てますか 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 なーんか、こうして腰を下ろしてみるとさ。みんなの変わり身の早さというか、寸暇の惜しまなさ具合が、ものすごいと思わない? 

 電車乗るたび、座るたび。みんな判で押したようにケータイいじりだすでしょ。熱心な人は乗車前からいじりつつ、入線の安全確認でちょっとだけ目を離して、すぐ復帰。降りるときも似たような感じで、足元なんかをチラ見したら、また画面にくぎづけになる。

 日本人は働き過ぎっていうけど、彼らもまたとんでもなく働き者だと思うよ。なにせ下手をしたら、人が寝ている間も稼働し続けなきゃいけない。ブラック企業なんちゃらを通り越して、ダーク企業勤めな気もするよ。

 そして、働きすぎっていうのは、ろくな結果をもたらしはしないもんだ。実は僕のいとこもケータイをめぐって、少しおかしな目に遭ったらしくってね。そのときのこと、聞いてみないかい?



 いとこがケータイを手にしたのは、数年前のこと。

 何年も欲しいと思っていた、念願のグッズのゲット。思わずウキウキして、四六時中いじり倒す経験、君にもあるんじゃないかな?

 いとこもしかりだ。定額によるパケ放題にも入っていたから、バッテリーが続く限りケータイをいじり続けるなんてザラにあった。いじり過ぎでの寝落ちも、はじめて経験したらしい。

 家にいる間は充電器に差しっぱなし。それで操作し続けるような経験、こーちゃんもあるんじゃない? 僕たち人間だったら、常に点滴打たれながら働かせ続けられるようなものでしょ。これはもはや拷問じゃないかと思うね。


 いとこの酷使は時間が経つにつれて、エスカレートしていく。

 ついには電源を切ることさえ億劫になり、外出先でバッテリーが切れない限り、常にケータイが起動し続ける事態に陥っていた。

 その毎日の中、いとこは休みの日に映画を観に行った。ケータイの電源は切るようにという注意が促されたものの、いとこはマナーモードにしただけ。メールなどがあったときに、すぐ反応ができるようにだ。

 振動も止めており、着信の気配は明かりのみで判断できる設定。つまらない映画だったら、周りの席に人がいないこともあり、その場でいじり出す腹積もりだったとか。


 幸い、映画はものすごくとまではいかなくても、関心を失わないほどには面白かった。

 エンドロールも終わり、席を立ったいとこは二時間半ぶりにケータイを握った。


 だが、つかない。着信のライトはおろか、各所のボタンに触れても、ディスプレイは真っ黒のままで反応しなかった。

 バッテリー切れは、少し考えづらい。出かける直前まで充電し続け、ほぼ満タンを保っていたんだ。買ってから何ヵ月も経たないうちに、ここまでぶざまな機能停止を起こすものだろうか?

 久しぶりの、ケータイを持ちながら電源を入れられない状態。気持ちがそわそわする禁断症状にせかされるまま、いとこは足を自宅へ向ける。

 ところが、充電器に差しかけたところでふとケータイに明かりが灯った。ぱっと明るくなったディスプレイには、四段階のうち、一段階しか消費していないことを示す、電池マークが浮かんでいる。

 たいした消耗じゃない。バッテリーが熱を持ったことによる異状かとも思ったけど、触る限りではそれほどの熱さは感じない。すでに数時間が経っている以上は、さほどあてにはできないけれども……。



 それからしばしば、バッテリーに余裕があるはずなのに、ケータイの電源がつかない事態がいとこを襲った。

 学校での授業中など、ケータイをいじれない時間が続いたときは注意だ。つき直ったときにも、初めは消耗なし、もしくは一つ分で済んでいたバッテリーの消費が、そのうち二本、三本に及ぶ機会も増えていったとか。

 普段、使っているときはさほどでもない消費量だった。バッテリーが限界を迎えているなら、こうしていじっているときに、いきなりゼロに突入。電源切れを起こしてもおかしくないはずだ。


 ――いったい、何が起こっている?



 どうにか追求したいいとこは、あえて機会を作ることにした。



 前にも訪れた映画館。例の現象が初めて見られたそこで、いとこは再び映画を観たんだ。

 映画鑑賞は目的の半分でしかない。ケータイをあのときと同じ設定にし、電源を切らないままポケットへ突っ込んで、いとこはそのまま、場内が暗闇へ包まれていくのをじっと待ち受けていた。

 すでに一度観た映画だ。見どころも退屈なところも、ある程度は知っている。そして、後者のタイミングが、ちょうど映画の真ん中あたりにやってくることも。

 そうして中だるみに突入するや、いとこはそっとケータイをポケットから取り出した。


 一時間以上前から、触らずに放っておいたディスプレイに映像が映っている。

 でも、見慣れた待ち受けはそこになかった。映っていたのは、ここの映画館から少し離れた場所。駅近くの横断歩道で、ちょうど自分が映画館へ向かう道筋だった。

 視点からして、自分に握られた状態だろうことは分かる。けれどいとこは、このような撮影をした覚えはなかった。思わず見入る画面の中で、前へ前へ進んでいくケータイだったけど、横断する人々の間を急に横切っていったものがある。


 それは端的にいうと、龍だった。

 丸太のように太く、蛇のように長い胴体が、うねりながら車道を突っ切っていく。だが、映像の中の人たちはその姿を一切気に留めていない。

 その巨体にぶつかって吹っ飛ぶことはおろか、わずかにかすった様子も見せなかった。そして龍自身も、人に襲い掛かることなく、そのまま通り過ぎてしまったんだ。

 シュールな光景だったが、いとこはあの龍に覚えがあった。まさか、とケータイをぐっと握りしめたところ、ディスプレイの画面はふっと消え、元の暗闇が戻ってしまう。まるで悪いことを見とがめられた、子供のような反応だったらしい。


 いとこが見た龍のデザイン。あれは気に入った画像を片っ端からダウンロードしたときの一枚そのものだったとか。直後、改めて電源を入れてみると、満タンだったバッテリーはすでに最後の一本を残すのみで、ほどなく切れてしまったとか。

 自分たちに許されるわずかな休憩時間。その中でケータイは、自分のメモリーという名の脳内で、彼らなりの夢を見ていたんじゃないか。いとこはそう思っているらしいんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[気になる点] ケータイではないけれど、つぶらやさん家のパソコンくんもちょっと心配かも……。(笑) [一言] あ〜、この点滴を打ちながらという例えにはまさにと思わされました……。 そりゃ、それだけ働い…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ