あなた 寝てますか
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
なーんか、こうして腰を下ろしてみるとさ。みんなの変わり身の早さというか、寸暇の惜しまなさ具合が、ものすごいと思わない?
電車乗るたび、座るたび。みんな判で押したようにケータイいじりだすでしょ。熱心な人は乗車前からいじりつつ、入線の安全確認でちょっとだけ目を離して、すぐ復帰。降りるときも似たような感じで、足元なんかをチラ見したら、また画面にくぎづけになる。
日本人は働き過ぎっていうけど、彼らもまたとんでもなく働き者だと思うよ。なにせ下手をしたら、人が寝ている間も稼働し続けなきゃいけない。ブラック企業なんちゃらを通り越して、ダーク企業勤めな気もするよ。
そして、働きすぎっていうのは、ろくな結果をもたらしはしないもんだ。実は僕のいとこもケータイをめぐって、少しおかしな目に遭ったらしくってね。そのときのこと、聞いてみないかい?
いとこがケータイを手にしたのは、数年前のこと。
何年も欲しいと思っていた、念願のグッズのゲット。思わずウキウキして、四六時中いじり倒す経験、君にもあるんじゃないかな?
いとこもしかりだ。定額によるパケ放題にも入っていたから、バッテリーが続く限りケータイをいじり続けるなんてザラにあった。いじり過ぎでの寝落ちも、はじめて経験したらしい。
家にいる間は充電器に差しっぱなし。それで操作し続けるような経験、こーちゃんもあるんじゃない? 僕たち人間だったら、常に点滴打たれながら働かせ続けられるようなものでしょ。これはもはや拷問じゃないかと思うね。
いとこの酷使は時間が経つにつれて、エスカレートしていく。
ついには電源を切ることさえ億劫になり、外出先でバッテリーが切れない限り、常にケータイが起動し続ける事態に陥っていた。
その毎日の中、いとこは休みの日に映画を観に行った。ケータイの電源は切るようにという注意が促されたものの、いとこはマナーモードにしただけ。メールなどがあったときに、すぐ反応ができるようにだ。
振動も止めており、着信の気配は明かりのみで判断できる設定。つまらない映画だったら、周りの席に人がいないこともあり、その場でいじり出す腹積もりだったとか。
幸い、映画はものすごくとまではいかなくても、関心を失わないほどには面白かった。
エンドロールも終わり、席を立ったいとこは二時間半ぶりにケータイを握った。
だが、つかない。着信のライトはおろか、各所のボタンに触れても、ディスプレイは真っ黒のままで反応しなかった。
バッテリー切れは、少し考えづらい。出かける直前まで充電し続け、ほぼ満タンを保っていたんだ。買ってから何ヵ月も経たないうちに、ここまでぶざまな機能停止を起こすものだろうか?
久しぶりの、ケータイを持ちながら電源を入れられない状態。気持ちがそわそわする禁断症状にせかされるまま、いとこは足を自宅へ向ける。
ところが、充電器に差しかけたところでふとケータイに明かりが灯った。ぱっと明るくなったディスプレイには、四段階のうち、一段階しか消費していないことを示す、電池マークが浮かんでいる。
たいした消耗じゃない。バッテリーが熱を持ったことによる異状かとも思ったけど、触る限りではそれほどの熱さは感じない。すでに数時間が経っている以上は、さほどあてにはできないけれども……。
それからしばしば、バッテリーに余裕があるはずなのに、ケータイの電源がつかない事態がいとこを襲った。
学校での授業中など、ケータイをいじれない時間が続いたときは注意だ。つき直ったときにも、初めは消耗なし、もしくは一つ分で済んでいたバッテリーの消費が、そのうち二本、三本に及ぶ機会も増えていったとか。
普段、使っているときはさほどでもない消費量だった。バッテリーが限界を迎えているなら、こうしていじっているときに、いきなりゼロに突入。電源切れを起こしてもおかしくないはずだ。
――いったい、何が起こっている?
どうにか追求したいいとこは、あえて機会を作ることにした。
前にも訪れた映画館。例の現象が初めて見られたそこで、いとこは再び映画を観たんだ。
映画鑑賞は目的の半分でしかない。ケータイをあのときと同じ設定にし、電源を切らないままポケットへ突っ込んで、いとこはそのまま、場内が暗闇へ包まれていくのをじっと待ち受けていた。
すでに一度観た映画だ。見どころも退屈なところも、ある程度は知っている。そして、後者のタイミングが、ちょうど映画の真ん中あたりにやってくることも。
そうして中だるみに突入するや、いとこはそっとケータイをポケットから取り出した。
一時間以上前から、触らずに放っておいたディスプレイに映像が映っている。
でも、見慣れた待ち受けはそこになかった。映っていたのは、ここの映画館から少し離れた場所。駅近くの横断歩道で、ちょうど自分が映画館へ向かう道筋だった。
視点からして、自分に握られた状態だろうことは分かる。けれどいとこは、このような撮影をした覚えはなかった。思わず見入る画面の中で、前へ前へ進んでいくケータイだったけど、横断する人々の間を急に横切っていったものがある。
それは端的にいうと、龍だった。
丸太のように太く、蛇のように長い胴体が、うねりながら車道を突っ切っていく。だが、映像の中の人たちはその姿を一切気に留めていない。
その巨体にぶつかって吹っ飛ぶことはおろか、わずかにかすった様子も見せなかった。そして龍自身も、人に襲い掛かることなく、そのまま通り過ぎてしまったんだ。
シュールな光景だったが、いとこはあの龍に覚えがあった。まさか、とケータイをぐっと握りしめたところ、ディスプレイの画面はふっと消え、元の暗闇が戻ってしまう。まるで悪いことを見とがめられた、子供のような反応だったらしい。
いとこが見た龍のデザイン。あれは気に入った画像を片っ端からダウンロードしたときの一枚そのものだったとか。直後、改めて電源を入れてみると、満タンだったバッテリーはすでに最後の一本を残すのみで、ほどなく切れてしまったとか。
自分たちに許されるわずかな休憩時間。その中でケータイは、自分のメモリーという名の脳内で、彼らなりの夢を見ていたんじゃないか。いとこはそう思っているらしいんだ。




