超越者の証明(ジニアス・プロトコル)
マサトの「高校中退、大学飛び級」という決断は、当然ながら学校と家庭内で大きな波紋を呼んだ。
母親は心配と戸惑いを隠せなかったが、二年間の失踪を経て帰還した息子の、あの時とは違う、強く、迷いのない瞳を見て、最終的に受け入れた。
「…わかったわ。でも、ちゃんとご飯だけは食べなさいね」
飛び級試験
マサトが目指したのは、日本最難関の国立T大学の特待生特別選抜枠だった。これは、通常の受験資格を満たさない若き天才を、既存の学問分野を超越した能力によって選抜するための、非常に狭き門である。
試験は、一般的な知識を問うものではなく、**「未解決問題に対するアプローチの独創性」と「既存理論の再構築」**を評価するものだった。
【試験内容】
1. 理論物理学: 「現在の宇宙論におけるダークマターの存在証明を、未確認の素粒子に依存せずに、一般相対性理論の新たな解釈によって証明せよ」
2. 情報科学: 「量子コンピュータ開発における、デコヒーレンス(量子状態の崩壊)問題の克服策を、現在の技術水準を超越した概念で提案せよ」
マサトは、問題用紙を受け取った瞬間、全身の血液が沸騰するような興奮を覚えた。異世界での戦闘と同じ、**「極限の最適解」**を求められる状況だったからだ。
(マルクス戦役で、俺は空間を曲げ、ねじ曲げた。あの時、魔素の配置と力のベクトルを計算した経験が、ダークマターの正体を導くヒントになる…!)
マサトの脳内では、問題文が即座にデータに変換され、彼の異世界の知識、そして現実世界の物理法則が融合し、膨大なシミュレーションが始まった。
彼は、答案用紙の余白に、一切の迷いなく、驚異的な速度で書き始めた。それは、この世界の科学者が何十年もかけて探求してきた答えへの、最短経路を示すものだった。
*ダークマターの存在証明については、宇宙の歪みを「次元間の魔素の偏り」として認識していた経験から、**「空間そのものの弾性率(伸縮性)」*のわずかな差異として表現した。
*デコヒーレンス問題については、量子状態を「魔力制御の基礎」として捉え直し、**「思考の力(観測者の意識)による極小のフィードバックループ」*を構築することで、量子状態を安定させるという、SF的ながら理論的には矛盾のない概念を提案した。
試験官の教授たちは、彼の答案を見て絶句した。それは、高校生が書いたものではなかった。複数の分野を横断し、現在の学術界の壁をあっさりと乗り越える、未来の論文そのものだった。
研究者・榊原マサト
結果は、満場一致で合格。マサトは、異例中の異例で、T大学工学部物理工学科に、17歳で飛び級入学を果たした。
しかし、彼の目的は学位ではない。すぐに大学総長に掛け合い、自分の研究テーマを提示した。
「私が研究したいのは、**『エネルギーの超効率伝送と、次世代バッテリーの開発』**です」
マサトの頭の中には、異世界で使われていた、魔素を媒介とした**「灯火」の魔法の構造**が、完璧なエネルギー伝達のモデルとして焼き付いていた。
「この世界の電気は、送電ロスが大きすぎる。もし、魔素の特性を電気信号に置き換えられれば、送電ロスゼロのシステムが構築できます」
そして、マサトが着手したのが、**「次元エネルギー蓄積理論」**に基づく、次世代バッテリーの開発だった。
彼は、物理学者、化学者、電子工学の教授たちを相手に、専門用語を駆使し、研究のロードマップ、必要な予算、そして**「成功率」**までを提示した。
「成功確率は、99.7%です。必要な基礎研究は、すでに私の頭の中で終わっています。後は、機材と検証の時間だけです」
彼の言葉には、何の根拠もない自信ではなく、**「計算によって裏付けられた確信」**が宿っていた。それは、戦場で「この一撃で敵を倒せる」という確信と同じだった。
彼の並外れた才能は、すぐに大学だけでなく、日本の産業界をも巻き込むことになる。
謎の視線
マサトの研究者としての生活が始まって数週間。彼は、自らの才能を思う存分使い、寝食を忘れて研究に没頭していた。
ある夜、研究室で唯一の休憩を取り、コーヒーを淹れている時だった。
マサトは、自分の背後にいる気配に、無意識に反応した。異世界で、敵の殺気を察知する能力は失ったはずだが、彼の**「最適解を求める知性」**が、そこに「予測不可能な変数」が存在することを警告したのだ。
振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
彼女は、30代前半に見える、知的な雰囲気を持つスーツ姿の美人だった。その目には、マサトの「天才」を観察するような、鋭い光が宿っている。
「榊原マサトくんね?話があるわ。…『君が何者であるか』、について」
マサトは警戒した。彼女の口調には、ただの大学関係者ではない、何か大きな組織の影が見えた。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
女性は、微笑みを浮かべたまま、名刺を差し出した。
「私は、**『国際科学技術戦略機構』の人間よ。…そして、『君の過去』**に、少しだけ興味があるの」
マサトの心臓が、大きく跳ねた。彼の「過去」を知る人間は、この世界にはいないはずだった。




